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わたしの長い苦しみの果てのダンザイ

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 貴方に滴り落ちるのは、雨でもない、水でもない……私の涙と血。

 貴方は、引きずり寄せた私を盾にして、自分の身を守った。

 貴方は……私を裏切ったのだ。

 心だけでなく、死出の旅を求める程、憎まれているなんて思ってもいなかった。

 何本ものの矢が、私の背や足に突き刺さり、私の体は重くなり貴方にもたれかかるしかなかった。

 でも、貴方は持っていた小剣で、重みを使って深々と私の腹部を刺した。



「……馬鹿ね……」



 私は、痛みを堪え何とか動いて貴方を押すと、小剣を持ったまま血塗れの手を見て震える貴方の手をゆっくりと握り、そして私の首に押し当てた。



「こんなにも私が憎いなら……殺したいなら、こうするのよ……お姉さまと、お幸せに……お義兄さま」



 目を見開いた貴方に、ザマァと内心思いながら、微笑みを作り私は貴方の手を動かした。

 痛みと共に、血が噴き出した気はしたが、そのまま意識を失った。






 ……私は死んだはずだった。



 次に目を開けると、薄ぼんやりとした景色の中、耳に聞こえて来たのは、



「あぁ、どうしてかしら? 貴方に似たら黒い髪、私に似たら赤い髪なのに……この子は金髪……あの子に似ているわ、気味が悪い」

「何を……髪の色なんて気にしないことだよ。顔立ちは君にそっくりだ」



 ……ゾッとした。

 私は、私を殺した男と、私を殺すように唆した異母姉の子供として生まれてしまったのだ。



「貴方……この子、じっと私たちを見ているわ。まだ生まれて間もないのに、私たちの言葉がわかるのかしら……やっぱり気味が悪いわ」


「そんなはずはないよ」



 男は笑ったが、声は上ずっていた。





 長女として生まれた私は、二人のことを侯爵、侯爵夫人と呼んだ。

 決して父、母と呼ばなかった……呼ばせて貰えなくても、呼ぶ気もなかった。

 そして、小さい頃から剣術と、毒に耐性を持つ為に、集められるだけの毒を二人に隠れて集め、薄めて毎日口にした。

 それだけでなくただ数少ないものの可愛がってくれた父方の祖父母と、侯爵の弟である叔父にお願いして優秀な家庭教師を呼んでもらい、勉強をした。

 仕事をせず、後に生まれた妹達と共にドレスなどを浪費する夫人や侯爵を尻目に、屋敷の者達に丁寧に声をかけ、何か困ったことはないか尋ね、領地のことも執事達に教わった。

 執事や侍女頭、そしてその二人を頂点とした屋敷の使用人の心を掴み、侯爵家の闇を調べ尽くした私は、10歳の時初めて王宮に向かい、侯爵家の後継者として、侯爵と夫人と共に国王陛下、妃殿下、王子、王女達に挨拶に出向いたその場で、侯爵夫婦を断罪したのだった。



 国王には当時は一人息子だった第一王子がいた。

 少女より2歳上で、こちらも天才児と言われていた。



 第一王子が初めて見た彼女は、10歳にしては、大人びた少女だと思った。

 両親とは全く似ていない、キラキラと輝く金の髪と、緑と青のオッドアイ。

 これは、少女が生まれる前、不幸にも暗殺者に襲われた婚約者を庇い死んだ、公爵家の次女……彼女の母親の妹にそっくりだった。

 母親はきつい顔だが、絵姿しか見たことはないが、叔母だった少女は本当に美しかった。

 可哀想に、背中を幾つもの矢が刺さり、腹部に刺された跡、そしてこれだけでも痛かっただろうに、致命傷は首を切られたことによる失血死。

 彼女に庇われていた現在の侯爵は、元婚約者の血に塗れ、持っていた剣から血が自分の腕に流れて気絶していた。

 その剣の血の多さに検証人も、令嬢の死因を調べた医師も険しい顔をした。



 そして、幼かった第一王子は、小声で喋る二人の声を聞いてしまった。



「……死因は首の傷だが、その前に、腹部を刺したのは誰かになると思う?」

「矢から彼を守ったのに、真正面から刺された……そして、彼女は自分を殺したがっていた彼に、彼が握る剣をその上から包み、こうさせたんだ……」



 二人の言葉は余り解らなかったが、医師が首に手を真っ直ぐにして、上から下に走らせる姿にゾッとした。



 彼女の死が、侯爵令息に殺されたと言うことを理解したのだ。

 何て残酷なことを……。



 幼いながら、第一王子は侯爵令息が許せなかった。



 医師達の検死の内容を聞いた国王は、当時の侯爵である少女の祖父母と、その次男を呼び問い質した。

 3人は知っていたようで、ただ愚息の悪行より、可愛がっていた、愛していた少女の死因に泣き崩れた。

 その姿に第一王子は、やりきれない思いを持った。



 そして、侯爵が婚約者の喪に服すことなく、すぐに結婚したことも怒りが増した。





 その為、侯爵家を潰そうと色々策略を巡らせようとしたのだが、10歳の侯爵家の長女が挨拶に来ると聞き、その時は断ったのだが、母の王妃の言葉に心が揺れた。



「ねぇ。侯爵家の一番上の令嬢は、両親に全く似ていないのですって」

「全く似ていないのですか?」

「えぇ。夫人の異母妹、侯爵の前の婚約者にそっくりですって。その叔母上もそうだったけれど、とても賢くて美しいと評判よ。でも、二人は可愛がらないらしくて、祖父にあたる先代侯爵夫妻と、その次男である子爵が引き取りたいと言っているそうね。会ってご覧なさい」

「……分かりました」



 あの美しい人に似ている姪……会ってみたいと思った。

 大きな瞳は凛としているが、顔立ちは幼い。
 でも……。



「申し訳ございません。国王陛下、妃殿下、お願いがございます」

「な、何を……」

「やめなさい!」



 父親が娘の腕を掴み、母親が手を振り上げる……慣れた様子のそれに、



「お前達こそやめろ! ここは王宮。国王陛下の御前だ! 陛下。お願いでございます。少女の願いを叶えて差し上げてください」



走り寄り、少女を救い出す。

 侯爵達から離し、肩を抱いて守るようにして国王陛下の側に連れて行くと、少女は優雅にカーテシーをすると、涙を浮かべ口を開いた。



「国王陛下、妃殿下……私の母方の叔母は、穢れたあの男に殺されました。叔母が死ぬ前から、あの男と女にはすでに男女の関係があり、邪魔だった叔母を殺したかったのです。最初は、暗殺者に襲われたように見せかけ、矢が飛ぶ前に叔母を押し出し、その隙に男は逃げました」

「なっ! お前! 何故父に見たこともないはずの罪を着せる!」

「父と呼ぶなと言っていた癖に……私がよろけた時に、貴方は私の腹部に剣を刺しました。でも死なない私に焦る貴方に私は、血塗れの剣を握る貴方の手を包み『こんなにも私が憎いなら……殺したいなら、こうするのよ……お姉さまとお幸せに……お義兄さま』そう言って首を切って貰ったんです」



 少女は思い出したのか悲しそうに、自分を産んだ両親を見る。



「夫人は生まれてすぐの私に『気味が悪い』と言い続けましたよね? それに侯爵は可愛がっているフリをして、毒を盛りました。そして、誰もいない所で私に殴る蹴るをしましたよね? 見ますか? 私の背中の鞭の跡、お腹のあざ……そんなに私が嫌いだったのですね? 前世の私も、今の私も……」

「……前世……」



 青ざめる夫婦に、少女は国王夫妻の許可を得てドレスの背中のボタンを外した。

 普通は美しい肌のはずのそこには、血が滲む傷に、あざとして残ったそれらが数限りなく残されていた。



「な、なんてこと……まだ、こんなに幼い娘に、なんて残酷な……あぁ……」



 気丈な王妃が青ざめ、気絶するのを、慌てて国王が抱きしめる。

 王妃は年下の公爵家の金髪の少女を、友としてだけでなく妹のように可愛がっていたのだ。

 その死を悲しみ、生まれた娘の名前に彼女の名前をつけるほど……。

 第一王子はマントを外し、少女を包んだ。



「大丈夫だよ。君は私たちが守るから……本当に、今まで守れなくてごめんね。辛かったね。痛かったね……前世の貴方にも謝りたい。そんな苦痛を覚えながら、死んでいった。それなのに、殺した相手の子供として生まれてくるなんて、どれ程の苦しみだったか……」

「……っ……」



 目を見開いた少女はボロボロと涙を流した。

 そして、ガクンっと力を失い、第一王子の腕の中で意識を失ったのだった。



 国王の処断は、少女の前世の父であり、現在の母の父でもある公爵を問い詰め、次女を殺したことを知っていた……長女の母である後妻に聞いていた……ことを知り、公爵夫妻を処刑。

 その息子で前妻の息子でもある、少女の叔父は何も知らなかったこともありそのまま公爵となった。

 当然、侯爵夫妻も処刑。

 しかし、少女やその前世の公爵令嬢の苦しみと同等の痛みと恐怖を与え、10年後、公爵令嬢が殺された方法と同じ方法で処刑。

 先代侯爵夫妻は、息子の悪行に、自分たちも同じようにと懇願したものの、



「そなたらには、この子がいるであろう」



国王が示したのは、その側で記憶の全てを失い、あどけない笑みを浮かべ指しゃぶりをし、お人形を抱っこしている孫娘。

 次男の娘として育つことになるが、次男の嫁も事情を知っている上に昔から可愛がって来たので、拒否どころか、



「本当ですか? 私の娘として? ありがとうございます!」



と喜んだ。

 ちなみに次男の嫁は王妃の妹である。

 そして……、



「ねぇ、クッキー食べる? それともプチケーキ? マカロンかな?」



王子はお菓子を示す。

 侯爵令嬢は、首を傾げ考える素振りをして、おずおず、可愛い色のマカロンを示す。



「マカロンだね。じゃぁ、ドレスと同じピンクかな。はい、どうぞ」

「……あう……あ、あい……」

「大丈夫だよ? お兄ちゃんは分かってるからね」



 婚約者となった少女がニコッと笑う姿に、第一王子は頬をうっすら赤くして、絶対に幸せにしてあげようと思ったのだった。
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