自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
上 下
8 / 30

遊亀の怪我は思ったよりもひどかったのでした。

しおりを挟む
 薬師くすしに再び診て貰った遊亀ゆうきは、腕の痛み以外にあった違和感を説明する。



「あの……足の甲が、ずきずきしています。普通に打ったのよりも痛いです。倒れた時に、何かバキッて……そんな感じがしました」
「どちらの足ですか?」
「こちらです」



 示すと、数ヵ所触る。



「いたたた!」
「……ここも骨折ですね。腫れてますし……」
「ガーン! 骨が弱っている……もう三十路のせいですか!」



 必死に訴える童顔の遊亀に、傍に控えていたさきと安成やすなりと3人が噴き出す。



「な、なぁぁー! 皆笑うけど、骨に必要な物ってあるんだよ~! 魚の骨とか!」
「魚の骨?」
「そうそう。うちは魚好きやけど、大きな魚は独り暮らしやけん買わん。けど、ヤズとかな~。大好物やけんうて、半身は刺身。半身はこってりやけん、あっさりと醤油で煮付けや。生姜しょうがで臭い消したらおいしいし。他にも~! ホウタレイワシの骨なんか、網に干して、火で炙ってボリボリとか、魚はさばの味噌煮、醤油煮。いわしも~! 魚好きや~!」
「……?」
「あ、違う違う。魚嫌いが多いんよ。うちの回り。鯛は骨が多くて嫌い。他にも野菜嫌い、肉嫌い。我が儘いっとっても、意味ないのになぁ。折角、命を戴くんやけん……ヤズや大きくなったハマチやぶりなんか身だけじゃなくあらを、大根と炊いて食べな……お魚さんに悪いわ」



 にっこり笑う。



「余ったら塩漬け。れ……むろがあって、その間は魚尽くしやけど、戴けるだけありがたい……って、イタイイタイ!」
「足の固定です。ご注意を」



 再びぐるぐるまきにされた遊亀は、休ませられる。



「今度はちゃんと傍におりますので、ご安心下さい」
「えぇぇ~? 安成君と? うーん。さきちゃんとがいいなぁ」
「我が儘言わないで下さい。大祝職様おおほうりしょくさま……お父上の安用やすもち様と、上の兄上の安舍やすおく様からのご命令です。体を休められますようにと」
「えっと……鶴姫のお父さんとお兄ちゃんか! 年は……近いんかな……」



 ビクビクしている遊亀に、



「いえ、安舍様は鶴姫様よりも17……程でしょうか、年が上ですわ。大祝職様は、もうすぐ職を辞されると」
「え? お年?」
「いえ……」
「酷いね。鶴は。父を年寄扱いするのかな?」



 姿を見せたのは、16、7の娘を持っているには、少々おじさまの男性と、三十路半ばの青年。



「大祝職様……」



 さきと安成が頭を下げる。



「大丈夫だったかな?」



 顔を寄せる安用。

 青い顔の女性が身を起こしている。
 しかし、ニッコリと、



「大丈夫ですわ。父上。鶴は、負けません」
「強がりを。安舍、さき、安成以外は下がりなさい」
「はい」



医師たちも下がっていく。



「本当に……安房やすふさは、女子のそなたにここまで……むごいことを……」



 安用の声に、



「ありがとうございます。父上。でも……弱虫な……私が……情けないです。ご存知なのでしょう? 父上も、兄上も」



遊亀は二人を見つめる。

 何かを全て拒絶され、奪い取られた……残骸。
 哀しげで淋しげで、虚しさと苦しみとに満ちていた。



「……本当の鶴姫は、強く父上に武術と兵法を習っていたと……私はそんな力はありません。ただ……」



 涙が伝う。



「あるのは……中途半端です。学問も裁縫も。武術は全くできません。ただ……私は、働いて働いて……働いて得た物を、家にいれて、親に言われて借りたお金を返す為に、バイト……幾つも仕事を掛け持ちして……離れた場所にあった仕事場に移動する為に、あちこちあの乗り物で移動して、食事のお店や市場のような所で売り子をして、必死に……生きてきただけです。兄弟たちには算術でお金の貸し借りをするお店に、大工と言った仕事を専門に……それもできない」



 涙を、さきがぬぐう。



「こんな私に、父上と兄上は……何をお望みですか? 安成君やさきちゃんに聞いたと思いますが、私は本当の年は29です。兄上とさほど変わられていないのではありませんか?」
「……では、鶴……確か、名前は……」
「遊亀、遊ぶ亀と書きます」
「では、遊亀」



 安用は頭を撫でる。



「そなたは見つけるが良い。何も出来ない、中途半端だと嘆くなら、楽しみなさい」
「まぁ、兄さんもいるから、気にせずにいなさい」
「……楽しむ……?」



 考え込む遊亀に、くすっと笑う。



「名前は遊ぶ亀と言うのんびりしたものなのに、生真面目な子だね。君は。ここにいて、皆といてご覧。それだけで良いと思うよ?」
「一緒にいて?」



 う~ん……

考えて、



「元気になったら着物の仕立てとか、手伝えることがあれば。お手伝いします……」



その一言に、ぷっと噴き出す。



「な、何ですか?」
「それじゃぁ『遊ぶ』じゃなくて『生真面目』だよ」



 クスクス笑う安舍は、



「亀みたいに日差しでのんびりまどろむ姿じゃないね。忙しなく動き回る鶴だ。今日から『真鶴まつる』とでも呼びましょうか、父上」
「それも良いね。表では『真鶴』と呼ぼう。良いかい? 真鶴? ここの屋敷では遊亀。お前は私の娘、安舍の妹だよ。それなりに……元気になり次第努力をしなさい。聞いていたけれど、中途半端ではなく、出来ない子でもない。賢い子だ」



帰っていった二人を見送り……、



「……鶴姫、怒らないかな……?」



呟きつつ、目を閉じて眠り始めた遊亀に、さきと安成は、



「『真鶴』さま……」
「……『たてまつる』……という意味ですよね……」



目を伏せる。



「つまり……」



 言葉を失う安成に、



「何を言っているのかなぁ?」
「安舍様!」
「しー! 安心して眠ってるんだから……」



嗜める。



「小さい声で。真鶴は、奉る意味だけれど、手出しをするなと言う牽制だよ。手出しをしてみろ。後ろには私と父がいるという意味。それに……」



 にやっと安舍は安成を見る。



「大丈夫かねぇ……安成? 真鶴に『安成君』……お子さま扱いだよ?」
「安舍様!」



 何でばれた!

と言いたげに、振り返る。



「大丈夫? 真鶴に振られたら、相手見つかるのかい?」
「安舍様!」
「君の両親も、孫の顔はみたいだろうに……」
「諦めてます!」
「それもそれで不憫だね……」



 心底不憫がられ、悔しげに言い返した。



「努力します!」
「頼むよ。父も孫が見たいだろうからね」



 ニッと笑いながら、今度こそ去っていったのだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...