懐かしい初期作品

刹那玻璃

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覚悟を決めた刻

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 今日は、前住んでいた家の近く……と言っても、元の家から電車の駅二つ向こうにある病院に行った。
 今住んでいる家からは、20分ほど散歩をして、駅から5つめの駅で降りる。
 そこまで遠くにいくのか?
 電車代はかかるが、首の歪みに腰や背中、膝、足首まで痛むので、電気治療に行ったのだ。
 本当は、家の近くに赤十字病院があり、診て貰えると紹介状を準備してもらっていたのだが、激痛と、そして慣れた先生とのやり取りで、気が楽になる。

 人見知りが激しいので、怖くて外に出られない。
 掃除も上手く出来なくなった。
 しまったものの場所が解らなくなり、家中ひっくり返し、見つけたときには家の中はガタガタ……。
 大事なテディベアも棚に並べた子達は大丈夫だが、大きくて、最近本体が40センチのうさみみシリーズを作っているので、それはクッションを並べた布団の回りに、座らせる。
 刹那は、ぬいぐるみがいないと眠れない。
 クッションでは無理なのだ。
 綿の問題はあるが、大きな子を作るのがいい。

 何時もは大きいテディベアをだっこして参上する刹那の軽装に、お話しするようになった、父よりも少し年上のご夫婦が、

「おぉ?今日は軽装やねぇ?刹那ちゃん」
「それに久しぶりやなぁ?元気やったかいな?」
「おはようございます。最近天候が荒れて、私も調子を崩しましたが大丈夫でしたか?叔父さん。靴下大丈夫ですか?カイロも、足りなかったら探しにいきましょうか?」

 待合室のソファーに正座されている旦那さんは、あまり詳しくは聞いていないが、全身が年中冷えて、夏でも夏用のズボンのしたに、起毛の冬用のズボンをはき、靴下を二重三重にはき、夏でも貼るカイロを肩や、背中、腰や脚の裏に貼っている。

「あぁ、刹那ちゃんに比べたら大丈夫やけんな。まぁ、慢性の病気やけんなぁ……夏でもさむぅて、布団かけるのに、嫁さんが……」
「私は暑がりやもん。エアコンないと困るんよ。ねぇ?汗っかきはうちと一緒やもんねぇ?刹那ちゃん」

 優しい方言が素敵だ。

「本当に、私は全身から汗が吹き出るので、夏は苦手で、冬は前の家は寒すぎて……。今度の家は暖かそうで嬉しいです」
「そらえぇわ。良かったなぁ」
「そうそう」

 受付で名前を呼ばれ、お二人は、

「きをつけなさいや?刹那ちゃんは、すぐ熱出すんやけんね?」
「また今度。梅雨が開けても夏やけん。無理せられんで?ほんなら」
「さようなら。まだ天気は大丈夫ですから」

 お二人は笑って手を振ってくれた。
 他にも数人の顔見知りの方や、看護師さんに、

「刹那さんの苦手な季節が来たねぇ……」
「ふなっしーの『なし汁ブシャー!!』みたいです」

 と言うと、ふなっしーを知らない方はキョトンとし、知っている看護師さんが笑う。

「アハハ……刹那さんの汗?ブシャー!!って言うのも……」
「汗よりも痛みが出ていってくれたらなぁと思います」

 真顔で答えた。

 治療に診察、薬を受け取ってから、左足の痛みをこらえて歩き出した。
 病院ではひとつの治療しかしてもらえない。
 腰痛と背中の痛みの方がひどく、治療で一時的に楽になるのだ。
 で、左足の痛みは、雨に濡れて乾かしたのだが、まだ湿気(しっけ)ていたギプスを装着すると、左の親指の付け根の外側と、脚の裏に大きな靴擦れでマメが潰れたのだ。
 膝や腰がいたいので我慢したが、絆創膏を持ってくればよかったと後悔する。

 前の家の方に入る道を抜け、車の往来の激しい旧国道を歩く。
 途中で薬局があったはずだと、そこで購入しようと思っていたが、建物がガレキとなっていてショックを受け、気がついたらコンビニも通り抜けていた。

 仕方がない。我慢、我慢。

 言い聞かせ、大通りと繋がった道を左に曲がる。
 そして、少し歩いて、目的のペットショップに到着した。

 ここのお店は、ゲージを積み上げてひょろひょろとした子犬が寝転がっていたりするような店ではなく、ゲージほどの大きさの、透明なプラスチック板に仕切られていて、手前は入荷したばかりの小さい子犬が二三匹ずつ仕切りの中で遊び回る。
 チワワやダックスフント、ミニチュアピンシャーなども、遊び回っていて、写真撮影も自由だと言う。
 時々、食事をして昼寝をして、ちょっとぼんやりしている子を店員さんが連れてきてくれて抱かせてくれる。
 天国である。

 そして今日は、目的が、ハムスターの子竜ちゃんと、もう一人、おかしな動きをしていると妹が教えてくれて観察していた麗珠(れいしゅ)ちゃんこと通称、姫ちゃんのことを相談したかったからだ。

 このお店には獣医が在中したり、もうひとつの店舗にいたりする。
 今日は運良く、小動物コーナーの担当の店員さんと先生に相談したのだ。
 子竜の腫れと、姫ちゃんの瞳が真っ白だったことを。

「あの、2才になったばかりのハムスターが3人いて、その内一人の脇腹に二センチくらいのボコッとした腫瘍のようなものがあって、何時も注意して見ていたのですが……」
「2才ですか?」
「はい。もう一匹も、最近動きがおかしくて、目が開いているのに白くなって見えていないみたいで……ご飯の匂いは分かるようなんですが、食べてないようで……二人とも、パールホワイトのこで、もう一人ブルーサファイアの子は、元気ですけど。前に、病気になったときには、動物病院ではハムスターを診てくれなくて……何とか、出来ないんでしょうか?」

 必死にたどたどしく様子を説明する私に、店員さんが、

「手術は難しいでしょう」
「何でですか?」

 先生が丁寧に説明して下さった。

「ハムスターの寿命は2、3歳です。2歳は人間で言うと70才のおじいちゃん、おばあちゃんです。そんなお年のハムスターに手術をすることは、命を縮めます。もう一匹のハムスターは、白内障です。同じく手術は無理です」
「そんな……!!」

 わかっていたけれど、3匹のための、砂や綿にマット、暑さに負けないよう気化熱を利用したマットを購入しようと、大きなかごに詰め込んでいた……カートがなければ、しゃがみこんでいたと思う。
 すると、店員さんがかごの中を見て、優しく言ってくれた。

「先程から、おうちの子、可愛い息子、娘と一所懸命伝えている言葉だけでも、ハムスターちゃん達は本当に、可愛がられているのですね。本当に幸せだと思いますよ」
「でも、何も出来ません……」
「肌の弱いハムちゃんには、竹綿のお部屋用に、紙マット(ゲージに敷き詰める普通は木のチップが多い)……竹綿も紙マットも安い松のマットや綿にだってできるのに、それに、餌も、普通の3倍の値段の良いものですよ。遊び用の砂に、トイレ砂、いいものばかり揃えて、おやつのひまわりの種も」

 いくら、お金がかかろうが、子供達には安心できる環境に、体に良いものをと選んだ。
 本当はひまわりは食べさせすぎは良くないらしい。
 それを聞いて、数を減らして、ハムスターの為の最も栄養バランスのいい餌を店員さんに訊ねて購入した。
 今回の金額も4000円を越える。
 月に一度、買いだめをするのだ。
 それなのに……。

「お客様のハムスター達は、もし病院に行っても、きっと良くなるとか私たちには言えません。それよりも、大好きなお母さんと一緒にいたいと思いますよ。なので、一日でも一緒にいてあげてください」
「その方が、ハムスター達はとても喜びますよ」

 私は涙をこらえ頷いた。

 命の大切さを知っていても、別れが早いと理解していても……それでも、覚悟を決める日が必ず来る。
 いまだに、祖母の位牌に手を合わせていない、お墓参りに行っていない。
 今度は新盆(にいぼん)で、お寺にいくことになるだろう。
 いくら生前は色々あったにせよ、水に流せと兄と弟は言う。
 妹は、

「兄ちゃんらの言うことなんてほっとき。どうせ、勝手に決めて勝手に命令するんやけん。無視や無視!!」

 と言って、仕事で新しい部署に当てられたこともあり、仕事を休めないから行かない、と言っていた。

 私は、迷う……それでも願うのは、決断は早くすること。
 私は、迷いが多すぎて、躊躇(ちゅうちょ)しすぎて失敗する。
 今度こそ、迷わず正しい道に修正したいと思う。



 脚の裏のつぶれたマメは、10円玉ほどあった。
 消毒をして絆創膏を貼って、立ち上がり、前に進むつもりだ。
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