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繭竜の卵
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「なぁ、琴葉。このお店の名前の【玉響】ってどういう意味なんだ?」
ヴァーロの後ろから、読み終わった本を戻しにきたラインが尋ねてきた。
この方は見た目が男装の麗人で、ストイックに自分の技術を高める潔癖なイメージ。
高いところを飛び、そして獲物に一直線に飛びかかる。
でも、血生臭さとは遠く、とても静謐で清廉な印象を纏い、俗世と離れたイメージもある。
「あ、この言葉は、【宝玉の響き】と書くのですが、玉……昔の人が神聖な石と言っていた翡翠という石同士がぶつかると音を出します。とても小さな音です。でもすぐに消えてしまう……という意味からしばらくの間とか一瞬という意味なのです。一瞬でも偶然でも出会えたその時に感謝をという意味です」
「ふーん……一瞬か……」
「はい。ラインさん、そういえば、さっきの気功の本やヨガの呼吸法はどうでしたか? 私にはイメージが難しかったのですが、ラインさんならもしかしたらわかるかもと思って。そして、太極拳ですが、気功と太極拳は同じ地域発祥の武術なので……と思ったのですが」
太極拳は一つの技をゆっくり行いつつ呼吸を整え、静と動の変化としなやかな動きが似合いそうな気がしたのだ。
あとは空手の形だろうか。こちらは全く型を覚えていないので……。
「うん、結構面白いと思った。練習前に身体動かす時にこの動きもいいかもしれないな。剣を握っている時の動きでは、使わない筋肉を動かしている気がしたし、一通り動いたら、ゆっくりの動きだというのに、息があがったよ。でも、これって初級編だけど、まだ続きがあったり……」
「実はあります。でも、ここでは読むだけで、練習できないと思いますので、お貸ししましょうか? また後日お返しくださったら結構ですので」
「えっ! い、いいのか?」
目を輝かせるラインに、頷く。
「はい。太極拳には素手だけじゃなく、剣もつかうこともあります、きっとラインさまはすぐに習得されますよ」
「ありがとう! 楽しみだ!」
段ボールの中から見つけて手渡すと、満面の笑みを琴葉に向けてくれた。
ヴィルナにはない左上の八重歯が可愛い。
「あ、そうだ! コトハ。押し付けるようになるかもしれないが、貰ってくれないか?」
「えっ?」
「えっとだな……いつ生まれるかわからない、繭竜と呼ばれる、糸を吐く手のひらサイズの生き物だという。竜という名前だが、誰もみたことがないので、姿ははっきりとわからない。でも、世話をすれば美しい声で唄い、繭の糸は最高級のシルク以上の価値があるそうだ」
「えぇぇ! そんな凄いものを? いいんですか?」
「あぁ、実はこの繭竜はカズールで当たり前にいたもので、ヴァーロが生まれる前……この国の戦乱で世界が破壊され、その時に生き残った卵というか繭なんだ。私ではどうしようもできなくてな……」
寂しそうに笑う。
「オレの姉……のように慕っていた人なら知っていたかもしれないが、その人ももう亡くなり、歴史資料もない。オレも見つけられないかと探し歩いているが……もしよければ。コトハはとても母性というか、女性らしい人だから、これも居心地がいいと思うんだ」
本を一旦そばのテーブルに置き、そして首にかけていた布袋……お守り袋のような袋の中に、うずら卵より少し小さい卵が二つ入っていた。
一つ一つ別の布に包まれていたが、とても美しい紅茶色の中にクリーム色の渦のような模様が踊る卵と、もう一つは淡いブルー色の中に白い星が散らばった模様の卵。
「可愛くて綺麗な子ですね。この渦の子がミルクティみたいで、この子は宇宙ですね」
「面白いことを考えるな。ミルクティなんて。まぁ、オレもあれは美味しいと思った」
紅茶にミルクを入れるという考えの無かった世界に、琴葉はミルクを入れ、甘い砂糖を足した。
「美味しいですよね。砂糖の代わりにハチミツとか、木の甘い樹液もいいんですよ。それに、ミルクは、豆を使って色などが近いものも作れるんです。手間はかかるんですが、体にいいのと、今日お出ししたスープに豆のミルクを入れるとコクが出て旨味も強くなります。牛の乳を使うこともできますが手に入れられる手間を考えると、豆のミルクの方がいいかもしれませんね」
「ふーん……豆ってどの豆だ?」
「えと、植物事典のこの豆ですね。この豆ミルクのものは」
事典を広げ、説明する。
「こっちの蔓のある豆とこの長い莢の豆は、どちらも莢ごと食べられるもので、こちらは、中の豆を若い時に収穫することもできますし、黄色くなるまで育てて乾燥させて、それを調理に使う方法もあります」
「ふんふん……面白いな! オレはあまり料理っていうのがわかんなかったが、琴葉に種類によって料理に使う部分が違うなんて言われるまでわからなかった……教えてくれてありがたい。あ、もう一つ。この豆ってなんの豆かわかるかな?」
バッグから出てきた豆というよりタネに、琴葉は目を丸くする。
「えっ? これは……豆というよりも木の実というか……もしかしたらコーヒーの実じゃないでしょうか? 生の実ですから種として植えて、育てるとコーヒーという飲み物に加工できる実が収穫できます。この辺りなら数年育てたら大きくなるかもしれません」
「そうなのか……実は、ちょっと山奥一帯に育ってて、タネをよく拾うんだが何かと思っていてな。勉強になったよ」
「こ、こちらこそ、ありがとうございます! ラインさまはとても優しくてそっと寄り添ってくれる感じがします。それにこんなに素敵なものをありがとうございます!」
「いいんだ。こちらこそありがとう。またここに遊びに来る。その時には色々教えてくれ」
「はい!」
その後ラインは借りる本以外に、身体の仕組み図鑑を読み耽り、他のみんなも満足するまで遊び読み、昼寝をし……ゆったりとした時間を過ごしたのだった。
そして、不思議な卵か繭が新メンバーとなり、コーヒーの実を植える前段階である水に浸けて芽吹きの準備を始めることにした。
後日アルスに相談することにする。
ヴァーロの後ろから、読み終わった本を戻しにきたラインが尋ねてきた。
この方は見た目が男装の麗人で、ストイックに自分の技術を高める潔癖なイメージ。
高いところを飛び、そして獲物に一直線に飛びかかる。
でも、血生臭さとは遠く、とても静謐で清廉な印象を纏い、俗世と離れたイメージもある。
「あ、この言葉は、【宝玉の響き】と書くのですが、玉……昔の人が神聖な石と言っていた翡翠という石同士がぶつかると音を出します。とても小さな音です。でもすぐに消えてしまう……という意味からしばらくの間とか一瞬という意味なのです。一瞬でも偶然でも出会えたその時に感謝をという意味です」
「ふーん……一瞬か……」
「はい。ラインさん、そういえば、さっきの気功の本やヨガの呼吸法はどうでしたか? 私にはイメージが難しかったのですが、ラインさんならもしかしたらわかるかもと思って。そして、太極拳ですが、気功と太極拳は同じ地域発祥の武術なので……と思ったのですが」
太極拳は一つの技をゆっくり行いつつ呼吸を整え、静と動の変化としなやかな動きが似合いそうな気がしたのだ。
あとは空手の形だろうか。こちらは全く型を覚えていないので……。
「うん、結構面白いと思った。練習前に身体動かす時にこの動きもいいかもしれないな。剣を握っている時の動きでは、使わない筋肉を動かしている気がしたし、一通り動いたら、ゆっくりの動きだというのに、息があがったよ。でも、これって初級編だけど、まだ続きがあったり……」
「実はあります。でも、ここでは読むだけで、練習できないと思いますので、お貸ししましょうか? また後日お返しくださったら結構ですので」
「えっ! い、いいのか?」
目を輝かせるラインに、頷く。
「はい。太極拳には素手だけじゃなく、剣もつかうこともあります、きっとラインさまはすぐに習得されますよ」
「ありがとう! 楽しみだ!」
段ボールの中から見つけて手渡すと、満面の笑みを琴葉に向けてくれた。
ヴィルナにはない左上の八重歯が可愛い。
「あ、そうだ! コトハ。押し付けるようになるかもしれないが、貰ってくれないか?」
「えっ?」
「えっとだな……いつ生まれるかわからない、繭竜と呼ばれる、糸を吐く手のひらサイズの生き物だという。竜という名前だが、誰もみたことがないので、姿ははっきりとわからない。でも、世話をすれば美しい声で唄い、繭の糸は最高級のシルク以上の価値があるそうだ」
「えぇぇ! そんな凄いものを? いいんですか?」
「あぁ、実はこの繭竜はカズールで当たり前にいたもので、ヴァーロが生まれる前……この国の戦乱で世界が破壊され、その時に生き残った卵というか繭なんだ。私ではどうしようもできなくてな……」
寂しそうに笑う。
「オレの姉……のように慕っていた人なら知っていたかもしれないが、その人ももう亡くなり、歴史資料もない。オレも見つけられないかと探し歩いているが……もしよければ。コトハはとても母性というか、女性らしい人だから、これも居心地がいいと思うんだ」
本を一旦そばのテーブルに置き、そして首にかけていた布袋……お守り袋のような袋の中に、うずら卵より少し小さい卵が二つ入っていた。
一つ一つ別の布に包まれていたが、とても美しい紅茶色の中にクリーム色の渦のような模様が踊る卵と、もう一つは淡いブルー色の中に白い星が散らばった模様の卵。
「可愛くて綺麗な子ですね。この渦の子がミルクティみたいで、この子は宇宙ですね」
「面白いことを考えるな。ミルクティなんて。まぁ、オレもあれは美味しいと思った」
紅茶にミルクを入れるという考えの無かった世界に、琴葉はミルクを入れ、甘い砂糖を足した。
「美味しいですよね。砂糖の代わりにハチミツとか、木の甘い樹液もいいんですよ。それに、ミルクは、豆を使って色などが近いものも作れるんです。手間はかかるんですが、体にいいのと、今日お出ししたスープに豆のミルクを入れるとコクが出て旨味も強くなります。牛の乳を使うこともできますが手に入れられる手間を考えると、豆のミルクの方がいいかもしれませんね」
「ふーん……豆ってどの豆だ?」
「えと、植物事典のこの豆ですね。この豆ミルクのものは」
事典を広げ、説明する。
「こっちの蔓のある豆とこの長い莢の豆は、どちらも莢ごと食べられるもので、こちらは、中の豆を若い時に収穫することもできますし、黄色くなるまで育てて乾燥させて、それを調理に使う方法もあります」
「ふんふん……面白いな! オレはあまり料理っていうのがわかんなかったが、琴葉に種類によって料理に使う部分が違うなんて言われるまでわからなかった……教えてくれてありがたい。あ、もう一つ。この豆ってなんの豆かわかるかな?」
バッグから出てきた豆というよりタネに、琴葉は目を丸くする。
「えっ? これは……豆というよりも木の実というか……もしかしたらコーヒーの実じゃないでしょうか? 生の実ですから種として植えて、育てるとコーヒーという飲み物に加工できる実が収穫できます。この辺りなら数年育てたら大きくなるかもしれません」
「そうなのか……実は、ちょっと山奥一帯に育ってて、タネをよく拾うんだが何かと思っていてな。勉強になったよ」
「こ、こちらこそ、ありがとうございます! ラインさまはとても優しくてそっと寄り添ってくれる感じがします。それにこんなに素敵なものをありがとうございます!」
「いいんだ。こちらこそありがとう。またここに遊びに来る。その時には色々教えてくれ」
「はい!」
その後ラインは借りる本以外に、身体の仕組み図鑑を読み耽り、他のみんなも満足するまで遊び読み、昼寝をし……ゆったりとした時間を過ごしたのだった。
そして、不思議な卵か繭が新メンバーとなり、コーヒーの実を植える前段階である水に浸けて芽吹きの準備を始めることにした。
後日アルスに相談することにする。
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