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アルスとソフィア
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「申し訳ない。挨拶もしないまま、貸していただいた」
「いいえ。あ、そうでした。私はコトハ・シュピーゲルと申します。そして、この子がチャチャです」
「あ、コトハどのか。俺はアルス。アルス・ローラン・フェルプスという。一応薬学をかじっている。彼女が妻のソフィアだ。ソフィアも薬学を学んでいた。元々俺の姉弟子のようなものだ」
「そうだったのですね。あの……少し何か召し上がりますか? ソフィアさんにはチップスとジャムとクラッカーをお出ししたのですが……」
「申し訳ない。気を遣っていただいて……」
見た目は少々強面だが、大変丁寧に頭を下げるアルスは、かなり端正な青年だった。
ゆるくウェーブのかかった髪の色はどことなく青みがかった金……亜麻色の髪に、濃い青の目。
手は大きく働き者の手だ。
妻に手渡された膝掛けとストールをいそいそと着せて、そして少し赤みを帯びてきた頬にホッとする。
「ちょっと無理させたか、すまない」
「いいえ。大丈夫よ。ずっと抱いてくれてありがとう。いつも重いでしょ?」
「あぁ……これくらいは大丈夫だ」
妻の横に座ったアルスは、チラッとヴァーロを見る。
「兄貴? また急に、何をしようとしてるんだ? 突拍子もねえこと考えてんじゃないよな?」
「何さ~ボクがそんなに信用できない? アルス、イジワルだよね~」
「こないだ、自分の部下である金融部署の部下に、自分の小遣いを一気に出せとか無茶言ったんだろ? ギルドの金庫の金って兄貴の金で運用してるの忘れてるのかよ! ギルドの金庫一箇所に兄貴の金があるわけないだろ! しかも、言った額のコインがないから出せないって断られたからって、俺の隠してた貯金箱を壊してごっそりとっていったとか……しんじらんねぇ! 俺の小遣い返せよ!」
アルスは文句を言う。
アルスの言い分だと、ヴァーロはギルドの金融部門のトップで、ヴァーロの個人資産を投資して運営に回している……らしい。
そして、琴葉たちに先日渡してきたコインは、ギルドの支部のその日にあったお金を貰えなかったので、コツコツ貯めていた弟だと言うアルスの貯金箱を壊して抜き取ってきたらしい。
アルスは大人だが、貯金箱という言い方が可愛いと思うのは琴葉だけだろうか?
「いいじゃんいいじゃん! 使ってこそお金だよ? アルス。代わりにボクと前に狩りに行った時の獲物、まだ売ってないから、全部あげるからさ! ほら、毒龍の心臓と内臓とか、たてがみとか、鱗とか、牙に骨も欲しがってたでしょ? アレ、時間停止してるマジックバッグごとあげるよ」
ケラケラと笑いながら、琴葉の横で、自分用のお菓子缶を抱いてポリポリ食べながら答えるヴァーロ。
しかもヴァーロの缶は特大缶で、今日はキャラメルポップコーン入りである。
「……兄貴。そんなにバリボリ食べながら言うな! 俺の小遣いって、どんだけあったと思うんだ!」
「うーん、千ルードちょい超えてた」
「大金じゃねえか! あの時の毒龍でそれだけになるかよ!」
「やっぱり騙されなかったか……」
チッ!
舌打ちをするヴァーロ。
「あの時は無理だったけど、その後遭遇した時に俺が倒したけど、引き取ってもらったら、400だったぞ!」
「えぇぇ? そんなに安かったの? もしかして首スパーンってできなかったとか? 暴れて傷つけたの? ボクのは傷なしだよ? 見る? 父さんは傷なし、一閃絶命なら、500ルードは超えるって言ってたよ?」
「……見たいけど、ここでは見たくない。今度鑑定買取部門で見せてくれ」
「よっしゃ! ねぇねぇ、ソフィア。どう? このお菓子美味しくない?」
にっこり笑い問いかける。
少し前までジャムを乗せたクラッカーを食べながら目を輝かせていたソフィアは、今はマグカップを手にして、ミルクココアを飲んでいる。
「美味しいです……この温かい甘い飲み物もホッとします。それにこのジャムは……」
「えっへん! コトハとボクが作ったジャムだよ。野菜の」
「兄貴が作った? しかも野菜!」
「コトハが教えてくれて一緒に作ったり食べてるよ。そっちのアルスの前にあるお茶菓子も、自然の甘みだけの、野菜チップスだよ。ニガウリとかイモとか、ピーマン、カボチャ、レンコン、ニンジン、ゴボウ……それだけじゃなくて、ソフィアのジャムは赤いのがトマト、黄色いのがカボチャ、オレンジがニンジン、他にもあるよ。全部は食べられないけど、少しずつ食べてるもん。これもとうもろこしのお菓子だよ」
「野菜嫌いの兄貴をこんなに食べる子にできるなんて! コトハ! 君は天才だよ! ありがとう! うちの父ですら手こずり、治せなかったのに!」
なぜか両手を合わせ拝まれる琴葉。
「いえっ……野菜って火を通すと甘くなるのと味が変化するので……うまくできたジャムを勧めたんです」
「もしよければレシピを教えてくれないか。父にぜひ教えたいから! 実はうちの実家には兄貴以外にも食わず嫌いが多くて……父が苦心してるんだ。例えばハンバーグに人参やピーマンを刻んで混ぜたり……」
「あぁ……もしできたらお肉そのものより、ハンバーグにかけるソースに野菜を煮込んだピューレを使うといいかもしれませんね。それか煮込みハンバーグにして……えっと、例えば、ひき肉と玉ねぎの他に、レンコンのようなシャキシャキの根菜を刻んだものを入れて団子にしてスープに入れるとかもいいと思いますよ?」
「……今度、俺にも教えてほしい……よかったら父にここに修行に来させたい。迷惑じゃなければ!」
「いいですよ? お父様にお伝えください」
にっこり笑う。
アルスのお父さんというのはどんな人だろうと興味もある。
が、ポップコーンを鷲掴みにしていたヴァーロの手が止まり、ざっと青ざめるとアルスを見る。
「アルス……父さん呼ぶと、必然的に母さんとじいさまと師匠がくるんだけど……」
「あっ……それはヤバい! ナシ! 俺が頑張ってレシピ覚える!」
必死にブンブンと首を振ったアルスは、ハーブティーをのんだのだった。
「いいえ。あ、そうでした。私はコトハ・シュピーゲルと申します。そして、この子がチャチャです」
「あ、コトハどのか。俺はアルス。アルス・ローラン・フェルプスという。一応薬学をかじっている。彼女が妻のソフィアだ。ソフィアも薬学を学んでいた。元々俺の姉弟子のようなものだ」
「そうだったのですね。あの……少し何か召し上がりますか? ソフィアさんにはチップスとジャムとクラッカーをお出ししたのですが……」
「申し訳ない。気を遣っていただいて……」
見た目は少々強面だが、大変丁寧に頭を下げるアルスは、かなり端正な青年だった。
ゆるくウェーブのかかった髪の色はどことなく青みがかった金……亜麻色の髪に、濃い青の目。
手は大きく働き者の手だ。
妻に手渡された膝掛けとストールをいそいそと着せて、そして少し赤みを帯びてきた頬にホッとする。
「ちょっと無理させたか、すまない」
「いいえ。大丈夫よ。ずっと抱いてくれてありがとう。いつも重いでしょ?」
「あぁ……これくらいは大丈夫だ」
妻の横に座ったアルスは、チラッとヴァーロを見る。
「兄貴? また急に、何をしようとしてるんだ? 突拍子もねえこと考えてんじゃないよな?」
「何さ~ボクがそんなに信用できない? アルス、イジワルだよね~」
「こないだ、自分の部下である金融部署の部下に、自分の小遣いを一気に出せとか無茶言ったんだろ? ギルドの金庫の金って兄貴の金で運用してるの忘れてるのかよ! ギルドの金庫一箇所に兄貴の金があるわけないだろ! しかも、言った額のコインがないから出せないって断られたからって、俺の隠してた貯金箱を壊してごっそりとっていったとか……しんじらんねぇ! 俺の小遣い返せよ!」
アルスは文句を言う。
アルスの言い分だと、ヴァーロはギルドの金融部門のトップで、ヴァーロの個人資産を投資して運営に回している……らしい。
そして、琴葉たちに先日渡してきたコインは、ギルドの支部のその日にあったお金を貰えなかったので、コツコツ貯めていた弟だと言うアルスの貯金箱を壊して抜き取ってきたらしい。
アルスは大人だが、貯金箱という言い方が可愛いと思うのは琴葉だけだろうか?
「いいじゃんいいじゃん! 使ってこそお金だよ? アルス。代わりにボクと前に狩りに行った時の獲物、まだ売ってないから、全部あげるからさ! ほら、毒龍の心臓と内臓とか、たてがみとか、鱗とか、牙に骨も欲しがってたでしょ? アレ、時間停止してるマジックバッグごとあげるよ」
ケラケラと笑いながら、琴葉の横で、自分用のお菓子缶を抱いてポリポリ食べながら答えるヴァーロ。
しかもヴァーロの缶は特大缶で、今日はキャラメルポップコーン入りである。
「……兄貴。そんなにバリボリ食べながら言うな! 俺の小遣いって、どんだけあったと思うんだ!」
「うーん、千ルードちょい超えてた」
「大金じゃねえか! あの時の毒龍でそれだけになるかよ!」
「やっぱり騙されなかったか……」
チッ!
舌打ちをするヴァーロ。
「あの時は無理だったけど、その後遭遇した時に俺が倒したけど、引き取ってもらったら、400だったぞ!」
「えぇぇ? そんなに安かったの? もしかして首スパーンってできなかったとか? 暴れて傷つけたの? ボクのは傷なしだよ? 見る? 父さんは傷なし、一閃絶命なら、500ルードは超えるって言ってたよ?」
「……見たいけど、ここでは見たくない。今度鑑定買取部門で見せてくれ」
「よっしゃ! ねぇねぇ、ソフィア。どう? このお菓子美味しくない?」
にっこり笑い問いかける。
少し前までジャムを乗せたクラッカーを食べながら目を輝かせていたソフィアは、今はマグカップを手にして、ミルクココアを飲んでいる。
「美味しいです……この温かい甘い飲み物もホッとします。それにこのジャムは……」
「えっへん! コトハとボクが作ったジャムだよ。野菜の」
「兄貴が作った? しかも野菜!」
「コトハが教えてくれて一緒に作ったり食べてるよ。そっちのアルスの前にあるお茶菓子も、自然の甘みだけの、野菜チップスだよ。ニガウリとかイモとか、ピーマン、カボチャ、レンコン、ニンジン、ゴボウ……それだけじゃなくて、ソフィアのジャムは赤いのがトマト、黄色いのがカボチャ、オレンジがニンジン、他にもあるよ。全部は食べられないけど、少しずつ食べてるもん。これもとうもろこしのお菓子だよ」
「野菜嫌いの兄貴をこんなに食べる子にできるなんて! コトハ! 君は天才だよ! ありがとう! うちの父ですら手こずり、治せなかったのに!」
なぜか両手を合わせ拝まれる琴葉。
「いえっ……野菜って火を通すと甘くなるのと味が変化するので……うまくできたジャムを勧めたんです」
「もしよければレシピを教えてくれないか。父にぜひ教えたいから! 実はうちの実家には兄貴以外にも食わず嫌いが多くて……父が苦心してるんだ。例えばハンバーグに人参やピーマンを刻んで混ぜたり……」
「あぁ……もしできたらお肉そのものより、ハンバーグにかけるソースに野菜を煮込んだピューレを使うといいかもしれませんね。それか煮込みハンバーグにして……えっと、例えば、ひき肉と玉ねぎの他に、レンコンのようなシャキシャキの根菜を刻んだものを入れて団子にしてスープに入れるとかもいいと思いますよ?」
「……今度、俺にも教えてほしい……よかったら父にここに修行に来させたい。迷惑じゃなければ!」
「いいですよ? お父様にお伝えください」
にっこり笑う。
アルスのお父さんというのはどんな人だろうと興味もある。
が、ポップコーンを鷲掴みにしていたヴァーロの手が止まり、ざっと青ざめるとアルスを見る。
「アルス……父さん呼ぶと、必然的に母さんとじいさまと師匠がくるんだけど……」
「あっ……それはヤバい! ナシ! 俺が頑張ってレシピ覚える!」
必死にブンブンと首を振ったアルスは、ハーブティーをのんだのだった。
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