上 下
45 / 52

43話:伝承されるもの

しおりを挟む
 山本の思いが届いたのか、雲ひとつ無い快晴だ。この先に待っている体育祭応援演舞本番が…と思うと怖さの反面、今までの事を乗り越えれたからには全て出来ると思っていた。

 練習の最中に男子を見ると、大山はキレッキレの演舞を披露。

「おい、三國!これが団長だ。よく目に焼き付けておけよ。次期団長」

「ウィッス」

 なんか見覚えのあるような場面だったが、大山の思いや男気が全て伝わっているようにも見える。

 女子応援団も次期団長予定の嘉藤は守山の意志を引き継ごうと必死になっていた。

「まだ…ここはこうじゃなくて守山先輩はこうしていたはず」

「ん?教えようか、手の動きをよく見てて!その動きはダメだから私の後についてくるようにして舞ってみて」

 伝承の瞬間を目の当たりにしていた。山本には、黒岩桐乃を中心に自身の覚えている技術とその継続を伝える。

「先輩…一つ聞いても良いですか?終わった後で構いませんか?」

「桐乃ちゃんどうしたの?でも、とりあえず今は技の伝承時間だからそうだね。分かった」

 放課後の練習が終わると黒岩は山本と2人で話をした。

「前宮先輩死んでしまってからあの後どうだったのか心配で…それで今はどうなのかなと思って聞きたかったのです。もしあれなら、私たち後輩でケアできたらと…」

「なるほどね…桐乃ちゃん優しいや。あの後本当に病んで大変だったけどなみから怒られて今は涼太の為に演舞を捧げようかなって決めたの。このネックレス見るとわかるけど飾りが2つあるの分かるかな…?これ、涼太君が付けてたネックレスの飾りを受け取って形見としてこの胸に肌身離さず着用してるの。これ付けてるだけで、何故かとても落ち着くの…」

「なるほど…。前宮先輩って何か私の感じ方が間違ってなければなのですが、大山先輩と同じものを感じます。漢気があるけどその分優しさがあるというか…」

 2人は話をしながら駅でそれぞれの家へ帰宅する。山本も少しだけ大山と前宮が似てると黒岩の話を聞いて感じていた。

「確かに言われてみれば、大山君と涼太君似てたな…。涼太君天から見守ってると思うけど、君のネックレスの飾りを受け取って私のネックレスに通したよ。その飾りはとても心が熱くなるというか、臆病な私の心を鼓舞してくれるようなそんな気分だよ。君の心と熱意、確かに受け取ったよ」

 列車内で山本は音楽を聴きながら心の中で呟く。その音楽は、一緒に聴いていた心の支えでもあったので隣にいるようなそんな感覚があった。

 帰宅した後、山本は一つの考えが生まれる。それはあの時のクッキーを再現しようというものだ、

「結構前の味だけど、確か…バターの風味も出してたから…そうだったよね。あのお菓子を再現してるんだわ。あいつすげぇな…」

 キッチンにはココアパウダー、抹茶の粉末と牛乳にホットケーキミックス、バターを用意した。一つ一つ丁寧に型抜きした後、予熱したオーブンで心を込める。

「涼太君の味になってるかな…間違ってたらごめんね」

 出来上がりを見て焼き立てを1個試食する。病んでた時に食べたあの素朴で美味しい味に仕上がっていた。

「これが、私なりに考えたものだよ。この文書と共に持参して本番の応援演舞に費やした、私たちの努力を見届けてほしい」

 袋に一つずつ入れた後、いつものように動きや体の柔らかさを確認する。

 昔のように負荷をかけたりする事なく、伸び伸びとした体のメンテナンスに彼女の心のどこか余裕があるように見えた。その夜は何事もなくぐっすり眠ることができた。

 体育祭まであと5日となり、山本は自分で焼いたクッキーを応援団員分プレゼントした。分かる人は分かったのか、嬉し涙を流して食べた。

「この味懐かしい…。直接本人に聞いてレシピを知ったの?」

「違うよなみ、私がこうだろうと思って思い出しながら作ったの。これ食べて応援演舞、最後まで頑張ろう」

 山本の粋な計いで男子女子共に士気が上がる。最後の演舞となる5人と、その気合と熱意を伝える後輩らの心は一つになった瞬間だった。

 しかし、今まで妨害をしてきた4人の先生のうちの1人である三武がとある計画を起こそうとしていた。彼は、教育委員会から除名されて逮捕される前の一嶋と全ての作戦が失敗した時のために予備の作戦を企てる。

「とりあえず、こういう感じで様子を見ましょう。あいつが死んだ時のためにとっておけば成功率はぐーんと上がりますよ」

「間違いないな。準備する分に越した事はない。この作戦は三武に任せとくぞ」

 体育祭当日には闇に染まりつつなのに、団員は山本が作ったお菓子で絆が深まりつつでそのことを知る由も無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の部活に乗っ取り嫌われ目当てのキモ女が現れたから退治してやった

紫音
青春
あの、嫌われクラッシュからまだ半年も経っていない頃。 生徒会の引き継ぎで、新生徒会メンバーを決めることになった。 当然私は立候補しないし、彩珠や真波、桜花達も立候補しない。 そう、私は、女子テニス部部長、というレッテルだけで生きてる、普通の女でいるべきだった。 推薦で生徒会副会長になった私の元に舞い降りた案件は、それはそれは、私から見たら、どんな喜劇な映画よりも、どんな喜劇な御身でも、叶わぬほどに、面白おかしい、自爆撃の案件だった。

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

アサシンズハイスクール

鹿島 新春
青春
法では裁けぬ悪を陰で裁く者ーーー暗殺者 とある島に政府公認の暗殺者などを育成する特殊な場所「クロノス学園」と言う学校がある。 その学園の授業で単位を修得し卒業するための単位数を手に入れ、卒業する事で卒業後に人を殺すことが許されるライセンス「殺人許可証」を手にする事が出来る 命がけの学科……命を落とす者も少なくない 苦楽を共に過ごした仲間達が死んでいく中、それでも暗殺者を目指す者達がいた 「あるモノ」を奪われ奪った者を殺害するため暗殺者を目指す者 悪を根絶やしにし、「大切なモノ」を守るため暗殺者を目指す者 「愛するモノ」を奪われ、その復讐に命を賭け暗殺者を目指す者 これは暗殺あり!ラブコメあり!笑いあり!ちょっと変わった学園ストーリーである

咲き乱れろスターチス

シュレッダーにかけるはずだった
青春
自堕落に人生を浪費し、何となく社会人となったハルは、彼女との待ち合わせによく使った公園へむかった。陽炎揺らめく炎天下の中、何をするでもなく座り込んでいると、次第に暑さにやられて気が遠のいてゆく。  彼は最後の青春の記憶に微睡み、自身の罪と弱さに向き合うこととなる。 「ちゃんと生きなよ、逃げないで。」  朦朧とした意識の中、彼女の最後の言葉が脳裏で反芻する。

処理中です...