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第一話 「忘れる者と、拒むもの」
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探偵に名指しされた容疑者は、固まった。その顔は石のように感情が削げ落ちていた。十葉の顔と違うのは、翳った瞳は怯えていたこと。瞳孔は揺れ、テーブル下の貧乏ゆすりがひどくなっている。ただ、つぐみからしてみれば怯えはどうでもよく、真実を確かめたかった。そのため呼んだのだから。
「最初に違和感を持ったのは、叔母として35HRにお邪魔したとき。あたしは“十葉のバッグの中身が擦られて、頭を打った”って言ったわよね?あのとき生徒の多くは、不審者のせいだ、と考えたはずよ」
だって近頃、不審者が出没していたのでしょ?と念を押す。未来の反応はなかった。少女はこの話を聞かざるおえないはずだ。彼女には聞いてもらわねば困る。
というか、せっかく探偵が推理を披露しているのだから、聞いてくれなければ面白くない。幾分口調を砕けさせる。
「みんなジェスチャーをしていたけれど、そのとき多くの人は額を押さえていた。そりゃ、当然よね。堂々と前方から襲ってくる不審者なんて、いないもの。顔を覚えられてしまったら困るから。でも君だけが、後頭部を押さえていた。後頭部に怪我を負うのは、どんなとき?大概の場合、胸など上半身を押されたとき。つまり、面と向かい合っているってこと」
こんな感じに。とつぐみは目の前に直立していたメニュー表立てを、両手でカトンと押し倒す。
「、、、だからって、どうして私なんです?十葉には他にも友達はいますよ」
「ねぇ未来ちゃんさ、中学に入ってから、伴奏やれてないんだってね」
つぐみの言葉に何もかも察したらしい。全く、近頃の若者はよく気がつくらしい。結構なことだ。つぐみは満足しながら、それでも会話を止める予定はない。
「高瀬先生に聞いただけなんだけどね、、、。普通の人は、伴奏なんてどうでもいいって言うよね。でも、伴奏やピアノに命をかけ、熱を持っている人物だったら?小学校のときに伴奏しかやったことなくて、みんなの先入観があったら?その先入観を恐れていたら?また、行動も違ってくるんじゃないかな」
「、、、なにを、おっしゃるつもりですか」
「十葉ちゃんもピアノ奏者。あなたも。でも1、2年のときは十葉ちゃんが伴奏をやっていた。選ばれたのは、二学年とも同じクラスだったあなたではなく、ね」
バン!と乾いた音が響く。周りの客が驚いたようにこちらを見る。店長は素知らぬ顔で皿を洗っていた。彼女はこの状況を目に穴が開くほど見てきているから。
未来はテーブルに両の手をつけたまま、叫ぶ。
「だとしても!私がやったっていう証拠は?あるんですか」
「ピアノの伴奏譜」
七文字の単語。つぐみはあくまで穏便な態度を崩さず、促す。
「持ってきて、と頼んでおいたはずなんだけど、ある?」
「、、、っ」
「あるんだったら、出したほうがいいよ」
そうしないと、あなたは一生後悔する。
つぐみの確信じみた声に気押されてか、操られるようにして未来は、スクールバッグのなかからファイルを取り出し、伴奏譜をだした。
その伴奏譜は、以前見たときと変わらず、空色の表紙がついていた。右隅に「蒼穹」と書かれていて、四隅は相変わらずくしゃくしゃだ。
「十葉ちゃんの親御さんに確認したのだけど、その楽譜、バックにも家の中にもなかったの。つまり、盗まれたのは楽譜。だとしたらちょっと疑問が残る。なぜ、楽譜?」
不審者は、そんなものに価値は見出せないはずだよねぇ、とピンと立てた人差し指を揺らす。
「もう一つはね、君のその楽譜。この前も今も、あなたのファイルのプリントはしっかり伸ばされていて、しわひとつついてない。つまり、あなたは細かいことを気にするような人であることが分かる。ま、簡単にいうと、神経質ってことだけどさ。だとしたらおかしい。どうして大切なものであるはずの楽譜の四隅が折れているの?何よりもピアノを愛しているというのに」
「それは」
「それとも、あなたのピアノへの愛情は、その程度?」
「違うっ!」
「、、、あなたの今、持っている楽譜は、十葉ちゃんのもの。、、、そうでしょう?」
君は、十葉ちゃんにピアノを弾かせたくなかったんじゃない?
「最初に違和感を持ったのは、叔母として35HRにお邪魔したとき。あたしは“十葉のバッグの中身が擦られて、頭を打った”って言ったわよね?あのとき生徒の多くは、不審者のせいだ、と考えたはずよ」
だって近頃、不審者が出没していたのでしょ?と念を押す。未来の反応はなかった。少女はこの話を聞かざるおえないはずだ。彼女には聞いてもらわねば困る。
というか、せっかく探偵が推理を披露しているのだから、聞いてくれなければ面白くない。幾分口調を砕けさせる。
「みんなジェスチャーをしていたけれど、そのとき多くの人は額を押さえていた。そりゃ、当然よね。堂々と前方から襲ってくる不審者なんて、いないもの。顔を覚えられてしまったら困るから。でも君だけが、後頭部を押さえていた。後頭部に怪我を負うのは、どんなとき?大概の場合、胸など上半身を押されたとき。つまり、面と向かい合っているってこと」
こんな感じに。とつぐみは目の前に直立していたメニュー表立てを、両手でカトンと押し倒す。
「、、、だからって、どうして私なんです?十葉には他にも友達はいますよ」
「ねぇ未来ちゃんさ、中学に入ってから、伴奏やれてないんだってね」
つぐみの言葉に何もかも察したらしい。全く、近頃の若者はよく気がつくらしい。結構なことだ。つぐみは満足しながら、それでも会話を止める予定はない。
「高瀬先生に聞いただけなんだけどね、、、。普通の人は、伴奏なんてどうでもいいって言うよね。でも、伴奏やピアノに命をかけ、熱を持っている人物だったら?小学校のときに伴奏しかやったことなくて、みんなの先入観があったら?その先入観を恐れていたら?また、行動も違ってくるんじゃないかな」
「、、、なにを、おっしゃるつもりですか」
「十葉ちゃんもピアノ奏者。あなたも。でも1、2年のときは十葉ちゃんが伴奏をやっていた。選ばれたのは、二学年とも同じクラスだったあなたではなく、ね」
バン!と乾いた音が響く。周りの客が驚いたようにこちらを見る。店長は素知らぬ顔で皿を洗っていた。彼女はこの状況を目に穴が開くほど見てきているから。
未来はテーブルに両の手をつけたまま、叫ぶ。
「だとしても!私がやったっていう証拠は?あるんですか」
「ピアノの伴奏譜」
七文字の単語。つぐみはあくまで穏便な態度を崩さず、促す。
「持ってきて、と頼んでおいたはずなんだけど、ある?」
「、、、っ」
「あるんだったら、出したほうがいいよ」
そうしないと、あなたは一生後悔する。
つぐみの確信じみた声に気押されてか、操られるようにして未来は、スクールバッグのなかからファイルを取り出し、伴奏譜をだした。
その伴奏譜は、以前見たときと変わらず、空色の表紙がついていた。右隅に「蒼穹」と書かれていて、四隅は相変わらずくしゃくしゃだ。
「十葉ちゃんの親御さんに確認したのだけど、その楽譜、バックにも家の中にもなかったの。つまり、盗まれたのは楽譜。だとしたらちょっと疑問が残る。なぜ、楽譜?」
不審者は、そんなものに価値は見出せないはずだよねぇ、とピンと立てた人差し指を揺らす。
「もう一つはね、君のその楽譜。この前も今も、あなたのファイルのプリントはしっかり伸ばされていて、しわひとつついてない。つまり、あなたは細かいことを気にするような人であることが分かる。ま、簡単にいうと、神経質ってことだけどさ。だとしたらおかしい。どうして大切なものであるはずの楽譜の四隅が折れているの?何よりもピアノを愛しているというのに」
「それは」
「それとも、あなたのピアノへの愛情は、その程度?」
「違うっ!」
「、、、あなたの今、持っている楽譜は、十葉ちゃんのもの。、、、そうでしょう?」
君は、十葉ちゃんにピアノを弾かせたくなかったんじゃない?
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