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第一話 「忘れる者と、拒むもの」
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「十葉ちゃんの中学校は、公立?」
「はい。家の近くの、、、」
「じゃあ電車とかの公共交通機関は、記憶喪失になってからも使っていない?」
「はい。、、、あの、本当に私の記憶を?」
「そりゃあね。、、、十葉ちゃんは多分、駅に来たことあるよね。記憶喪失になる、直前まで」
「、、、そうでしょうか」
つぐみは言ってから、しまったと思った。
記憶がないのに、確認しても仕方がないではないか。
「ついさっき、十葉ちゃんは駅の中を比較的自由に歩けていたよね。つまり、知識的なことは覚えているってことじゃない?方程式や、足し算、地名なんかは、覚えているんじゃない?」
「当たり前です」
「じゃあ、十葉ちゃんが忘れてきたのは、日常生活に支障が出るような知識ではなく、思い出や感じていたことなどの感情の部分ってことになる。ここで注目なのが、なぜ、駅の中を自由に歩けていたのか。この駅は大きくて地下鉄も通っている中々複雑な構造なのに、、、。でも、通学で来る必要はなかった、、、考えられることは、ここに交通以外の、何かをしにきていたってこと」
「はぁ、、、すごい、、、論破されている気分です」
「、、、うん。そりゃ、こう見えてもあたしも一探偵だからね」
「あの男性が探偵かと、、、」
十葉の素直な返答に、引きつった笑いを返すしかない。が、そもそも二人は探偵だと名乗ってもいないし、社員とも名乗っていないから、正確にいうとどちらでもあるのだが。
それにつぐみからしてみれば、探偵であろうがなかろうが、真実を見つけることができれば何でもいい。
「まあ、二人で仕事をすることもあるし、単独のときもあるよ。前は相方が一人で解決したから、今回はあたし一人ってわけ」
十葉は呆けているような、信じられないとでも言っているような、間抜けな表情をしている。つぐみは思わず、本来の十葉は意外に素直で普通の子なのかもしれない、と感じた。
甘いココアの匂いに誘われてか、十葉の腹の虫が鳴った。ポッと年頃の少女特有の、花弁が咲ききった瞬間のような笑みが、彼女の顔に広がる。生理現象からとはいえ、十葉の笑顔である。それを見てつぐみは、涙腺が緩みそうになるのに耐えながら、そっと十葉にメニュー表を差し出す。
「好きなの食べな。ーうん。うん。いいよ。食べな食べな。え?代金?安心して。全部終わったら十葉ちゃんのお母さんに経費として請求するから」
結局、十葉はホットサンド半分とココア、小さなモンブランを腹に収めた。なかなかの量を食べたものだ。つぐみは今日一番驚いたかもしれない。
会計のためにレジへ向かうと、同級生の店長が待っていた。
「今日はありがとう」
「そんな、いいよー。、、、あの子、依頼人?」
「うーん。まぁ、そんなとこ」
「、、、ふーん。、、、あの子、見たことがあるような気がするんだよね」
「え?どこで」と食い気味に訊ねる。
店長はドアの外を指差し、「そこの前を通っていくのをね。いつもセーラー服だったかなあ」と答えた。
「いつから?」
「うーん。今年の夏からかな。夏のときはシャツだったんだけど、ネクタイはつけてたかな。はい、3100円だよ」
最後のは代金のことだ。
「3000⁉︎なんで?カフェってそんなに高いの?」
「うちは安い方だって。二人分のココアは半値にして、クッキーをオマケにしてるんだから。無茶言わないでよ。こっちは利益を考えて営業してるんだから。探偵さん」
「あの財布のなかに、ほかのカフェのポイントカード入ってたのバラしてやろうか」
「悪いけどポイント貯まっちゃってエコバックと交換したよ。そのバッグも家だし。物的証拠はないね」
「あー分かりましたっ。それで?あの道はどこへ続いているの?駅のホーム?」
「ううん。南口だよ。こっちは北口だからね。南口の方が大きな建物も多いし、学生向けの店も建っているから、そのために行ってたんじゃないの?」
「はい。家の近くの、、、」
「じゃあ電車とかの公共交通機関は、記憶喪失になってからも使っていない?」
「はい。、、、あの、本当に私の記憶を?」
「そりゃあね。、、、十葉ちゃんは多分、駅に来たことあるよね。記憶喪失になる、直前まで」
「、、、そうでしょうか」
つぐみは言ってから、しまったと思った。
記憶がないのに、確認しても仕方がないではないか。
「ついさっき、十葉ちゃんは駅の中を比較的自由に歩けていたよね。つまり、知識的なことは覚えているってことじゃない?方程式や、足し算、地名なんかは、覚えているんじゃない?」
「当たり前です」
「じゃあ、十葉ちゃんが忘れてきたのは、日常生活に支障が出るような知識ではなく、思い出や感じていたことなどの感情の部分ってことになる。ここで注目なのが、なぜ、駅の中を自由に歩けていたのか。この駅は大きくて地下鉄も通っている中々複雑な構造なのに、、、。でも、通学で来る必要はなかった、、、考えられることは、ここに交通以外の、何かをしにきていたってこと」
「はぁ、、、すごい、、、論破されている気分です」
「、、、うん。そりゃ、こう見えてもあたしも一探偵だからね」
「あの男性が探偵かと、、、」
十葉の素直な返答に、引きつった笑いを返すしかない。が、そもそも二人は探偵だと名乗ってもいないし、社員とも名乗っていないから、正確にいうとどちらでもあるのだが。
それにつぐみからしてみれば、探偵であろうがなかろうが、真実を見つけることができれば何でもいい。
「まあ、二人で仕事をすることもあるし、単独のときもあるよ。前は相方が一人で解決したから、今回はあたし一人ってわけ」
十葉は呆けているような、信じられないとでも言っているような、間抜けな表情をしている。つぐみは思わず、本来の十葉は意外に素直で普通の子なのかもしれない、と感じた。
甘いココアの匂いに誘われてか、十葉の腹の虫が鳴った。ポッと年頃の少女特有の、花弁が咲ききった瞬間のような笑みが、彼女の顔に広がる。生理現象からとはいえ、十葉の笑顔である。それを見てつぐみは、涙腺が緩みそうになるのに耐えながら、そっと十葉にメニュー表を差し出す。
「好きなの食べな。ーうん。うん。いいよ。食べな食べな。え?代金?安心して。全部終わったら十葉ちゃんのお母さんに経費として請求するから」
結局、十葉はホットサンド半分とココア、小さなモンブランを腹に収めた。なかなかの量を食べたものだ。つぐみは今日一番驚いたかもしれない。
会計のためにレジへ向かうと、同級生の店長が待っていた。
「今日はありがとう」
「そんな、いいよー。、、、あの子、依頼人?」
「うーん。まぁ、そんなとこ」
「、、、ふーん。、、、あの子、見たことがあるような気がするんだよね」
「え?どこで」と食い気味に訊ねる。
店長はドアの外を指差し、「そこの前を通っていくのをね。いつもセーラー服だったかなあ」と答えた。
「いつから?」
「うーん。今年の夏からかな。夏のときはシャツだったんだけど、ネクタイはつけてたかな。はい、3100円だよ」
最後のは代金のことだ。
「3000⁉︎なんで?カフェってそんなに高いの?」
「うちは安い方だって。二人分のココアは半値にして、クッキーをオマケにしてるんだから。無茶言わないでよ。こっちは利益を考えて営業してるんだから。探偵さん」
「あの財布のなかに、ほかのカフェのポイントカード入ってたのバラしてやろうか」
「悪いけどポイント貯まっちゃってエコバックと交換したよ。そのバッグも家だし。物的証拠はないね」
「あー分かりましたっ。それで?あの道はどこへ続いているの?駅のホーム?」
「ううん。南口だよ。こっちは北口だからね。南口の方が大きな建物も多いし、学生向けの店も建っているから、そのために行ってたんじゃないの?」
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