涙をそそぐ君へ

花栗綾乃

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4話 

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トラーメスの肩書きは“選択屋”。天国か地獄かを決める前に、じっくりと思案する場でもあり、決められない人のための空間でもあるからだ。切り盛りしているのは市名京介。駿から見たら40代の穏やかなおじさん、といった具合だ。いつもお客さんこと、幽霊と話し、選択をするお手伝いをしている。無念を聞いてあげることでも、ある。

が、選択できない人は、どちらへ行くこともできず、ただ、魂の消滅を待つしかなくなる。それを回避するために“調魂師”という役目がつくられた。
だいたいはピアノの調律師と同じである。哀しみや苦しみに囚われてしまったうつつの人々の魂を正常な状態に戻す。ピアノの音程をととのえるように、調魂師は人々の魂をととのえるのだ。

調魂師となった幽霊は、特別なことがない限り、狭間やうつつで、幽霊として存在し続けられる。自分の身の振り方が決まるまで働き、迷いがなくなれば、それぞれ天国・地獄へ向かう。

トラーメスのような役割の店は世界にいくつもあり、調魂師も数多くいるらしい。人々か感じ取れていないだけだ。
市名京介も、調魂師となることでかれこれ20年以上も店を切り盛りしているらしい。

なにより、市名京介は幽霊へ調魂師のなんたるかを教える師としても優れている。調魂師としての仕事を行うよりも、駿などの見習いに教えている時間の方がはるかに長い。店に飾られている写真は、巣立ちしていった教え子だそうだ。

そして今、市名京介は珍しくトラーメスを早く閉め、店内の椅子に腰掛け、駿の帰りを待っていた。さながら子を心配する親である。
市名京介の手元にコーヒーを置いたのは、20歳前後の女性。駿と比べると若干年上だが、彼は敬語もなしに会話をしている。それは、彼女の持つ雰囲気があまりに幼く、明るいからだろう。

「京介さん。顔が怖いですよ。そんなんじゃ、駿が帰ってきたときビビっちゃいます」
「そうか?意識しているわけではないんだが」
「意識してやっている方が怖いです。ほら、もっとリラーックス」

花のような笑みをこぼす彼女は、駿が来てから3年目に弟子入りした朱宮あけみや茉夕まゆうだ。
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