涙をそそぐ君へ

3話

その一言の後も男性は説明を続けていたが、駿は金縛りにあっているように動けなくなった。どことなく違和感のあるこの感覚は、自らの死をボカしていたからか。と悟った。

脳裏に、映像が流れ込んでくる。

倒れる直前、自転車のタイヤが空回りしているのが目に入っていた。稲浦いなうら中学校というステッカーが、かろうじて判別できた。稲浦中学校というのは、近隣の中学校の一つだ。
今更、自分が自転車に撥ねられたのだと理解する。

感覚のなくなった体を揺さぶる誰か。
大人びた制服を着ている。そして、駿に何かを言っている。半透明になった視界。
「死なないで」と、少女のすすり泣く声。
染み付いて離れないこの声は、駿が中学校に入学してから何度も耳にしていた。

「柚っ！」

勢い余って椅子を蹴飛ばした。隣の席でコーヒーを飲んでいた老人が、迷惑そうに眉をひそめた。
机に目を戻すと、紙が光に包まれていた。
青白い線が次々と焼きつき、文章を成していく。何かに操られているかのように。
全ての空欄が埋まると、光は消え、ビリリと冊子から切り取られる。

男性は慣れた手つきで封筒を取り出し、誓約書(の、ように駿は見えた)を収める。思い出した衝撃でボンヤリしていた駿だが、一連の光景は鮮やかだった。
男性は次の瞬間、人のいい笑みを浮かべた。

「では、はじめまして。わたしは市名いちな京介きょうすけ。人々を哀しみから救い、喜びを伝える調魂師ちょうこんしの一人。今から君の師となるでしょう。､､､よろしくお願いしますね」
「､､､はい？」