涙をそそぐ君へ

花栗綾乃

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1話 

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駿が次に目を覚ましたのは、どこかの店内だった。どことなく、駅前のレトロな喫茶店に似ていた。
が、全く同じというわけではない。つまり、記憶にあるものではなく、初見ということだ。

おもむろに、目の前のテーブルに置かれていた冊子を手に取る。その表紙の端のほうに“トラーメス”と書いてあった。

「トラーメス?」
「ラテン語で、分岐点という意味ですよ。まぁ、店名にはあまり意味はありませんが」

テーブルに置かれたのは、小ぶりな湯呑み。中は緑茶。駿家でもよく緑茶が出てくる。しかし、喫茶店で緑茶とは珍しい。
飲むとつい、その味に懐かしさを覚えた。あまりにも似すぎていた。驚いて運んできた人を見ると、すでに向かいの椅子腰掛けていた。

「それは、君が生きている間に飲んでいたものです」
男性は柔らかな笑みのまま続ける。
「とは言っても、君の記憶に残っている味を再現したに過ぎません。飲み慣れている味の方が、落ち着くでしょう?」
「それはそうですけど、、、。いや、ここはどこですか」
「ここですか?ここは死後の世界と、うつつの世界の、ちょうど真ん中、、、ですけど」
「は?」

男性の言葉を噛み砕くのには、数秒必要だった。店に漂っている空気のせいでもあるかもしれない。

「つまり、俺は死んだんですか?」
「はい。そうです」

駿は比較的深刻な問いをしたはずなのに、向かいの人はあっさりと返答してくる。駿の動揺にも目を止めず、駿が次に口を開くのを待っているようだった。

「幽霊ってことですか?」
「では、試しに自分の腕に触れてみてください」
「自分の?」

恐る恐る右手を左腕に近づける。が、無情にも左腕のシャツをすり抜ける右手。
半透明なシャツには、真下のテーブルの木目が透けて見えた。駿はそっと自分の頬にも、手を当てる。
当たった感覚はなく、むしろどこか冷たかった。金属に触れているのに、近い。というか、既に駿は幽霊なのだから、実体もなくなっているのだろうが。
事実をどう受け止めればいいのか分からず、ただ、呆然とするしかなかった。
「安心してください。ここに来るお客さんは、皆さん幽霊ですから」
「そういう問題ではないんです。どうして天国へ行かないんですか。よく、天国とか地獄とか、生まれ変わりとか言うじゃないですか」


「、、、では、逆に問いますが、自分が天国に行くべきか、地獄に行くべきか、判断つくほど生きてきました?」
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