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秋から冬へ変化していくなかでも、宰はやはり、枝垂れ桜の根元で物思いにふけっていた。
やや肌寒い風。ついこの前まで、秋雨前線が停滞していたようだが、今はすっかり秋晴れだ。
宰は、背後に気配を感じた。
緋花は、春と同じようにブレザー姿だった。秋の哀愁にも似た、寂しげな雰囲気も、そのままだ。
「ひさしぶり、、、だね。宰さん」
「こちらこそ。緋花さん」
春のあの日のように、隣同士に腰掛ける。
「それで、、、わたしの生きた証は、ありましたか」
「勿論。えー。まず、一つ目ですね」
宰が持ってきたのは、桜色の封筒だ。緋花に、封筒を手渡す。枝垂れ桜の樹の力なのか、緋花はしっかり封筒を掴んでいた。
のりをはがし、出てきたのは、
「絵?、、、わたしの?」
そう。宰にこの封筒を託したのは、沙和子さんだった。あのときでも既に完成しているように宰は思えたが、一ヶ月後、「手直しを終えた」ということで、宰に渡してくれたのだ。
“緋花によろしくって伝えてね”
宰に渡したっきり、沙和子さんは宰の前に現れていない。
「それ、沙和子さんが、見てきた緋花さんを描いているんだそうです。沙和子さんと仲が良かった、緋花さんを」
「つまりこれが、沙和子のなかのわたしってことね」
「はい。沙和子さんのなかにはちゃんと残っているんだそうです。楽しく笑っていた緋花さんのことが。、、今の緋花さんも、それを望んでいるんでしょう?」
「そうね。下手に落ち込んでいるものを覚えられて、残されても、、、ねぇ」
冗談を言いつつも、まだ、心の奥からの笑みではない。仕方ない。これは、最後の手段だ。
「もう一つ、証はあります。沙和子さんの頭のなかだけじゃない、もっと大きくて、、、それこそ、緋花さんの名前がずっと残り続けるような」
「へぇ、、、」
「この枝垂れ桜の名前です」
木枯らしが吹きつけた。桜の葉が次々と舞っていく。橙、黄、茶の色彩が視界を彩る。
「この桜の名前、緋花さんが自殺してから、そのことを忘れないように名前がついたそうなんです」
宰も、沙和子さんに言われるまでは知らなかった。
「この枝垂れ桜、“緋け桜”って名前がついているんです」
沙和子さん曰く、緋花の名前を残すために生徒が頭をひねって、考え出した名前らしい。すこしこじつけ感はあるが、洒落た名前ではある。
「この桜がある限り、緋花さんの名前は残ります。いいえ、名前は消えても、思いはきっと残るんです。だから、もう心配しなくて大丈夫なんです」
宰は、緋花の手を握る。五年間も一人で、こう告げられることを待っていたのだろう。
「あなたは生きた。そのことは絶対に色褪せたりなんか、しない」
相好が崩れた瞬間に、ポロリと涙が伝う。
「宰さんも、忘れないで」
かすかにそう声がした後、二人の間を一枚の枯葉が横切った。再び目を開いたときには、緋花の姿はなくなっていた。
宰の手には、ただ一枚の花弁。
季節外れの、桃色の花びらが一枚。
ただ、在った。
やや肌寒い風。ついこの前まで、秋雨前線が停滞していたようだが、今はすっかり秋晴れだ。
宰は、背後に気配を感じた。
緋花は、春と同じようにブレザー姿だった。秋の哀愁にも似た、寂しげな雰囲気も、そのままだ。
「ひさしぶり、、、だね。宰さん」
「こちらこそ。緋花さん」
春のあの日のように、隣同士に腰掛ける。
「それで、、、わたしの生きた証は、ありましたか」
「勿論。えー。まず、一つ目ですね」
宰が持ってきたのは、桜色の封筒だ。緋花に、封筒を手渡す。枝垂れ桜の樹の力なのか、緋花はしっかり封筒を掴んでいた。
のりをはがし、出てきたのは、
「絵?、、、わたしの?」
そう。宰にこの封筒を託したのは、沙和子さんだった。あのときでも既に完成しているように宰は思えたが、一ヶ月後、「手直しを終えた」ということで、宰に渡してくれたのだ。
“緋花によろしくって伝えてね”
宰に渡したっきり、沙和子さんは宰の前に現れていない。
「それ、沙和子さんが、見てきた緋花さんを描いているんだそうです。沙和子さんと仲が良かった、緋花さんを」
「つまりこれが、沙和子のなかのわたしってことね」
「はい。沙和子さんのなかにはちゃんと残っているんだそうです。楽しく笑っていた緋花さんのことが。、、今の緋花さんも、それを望んでいるんでしょう?」
「そうね。下手に落ち込んでいるものを覚えられて、残されても、、、ねぇ」
冗談を言いつつも、まだ、心の奥からの笑みではない。仕方ない。これは、最後の手段だ。
「もう一つ、証はあります。沙和子さんの頭のなかだけじゃない、もっと大きくて、、、それこそ、緋花さんの名前がずっと残り続けるような」
「へぇ、、、」
「この枝垂れ桜の名前です」
木枯らしが吹きつけた。桜の葉が次々と舞っていく。橙、黄、茶の色彩が視界を彩る。
「この桜の名前、緋花さんが自殺してから、そのことを忘れないように名前がついたそうなんです」
宰も、沙和子さんに言われるまでは知らなかった。
「この枝垂れ桜、“緋け桜”って名前がついているんです」
沙和子さん曰く、緋花の名前を残すために生徒が頭をひねって、考え出した名前らしい。すこしこじつけ感はあるが、洒落た名前ではある。
「この桜がある限り、緋花さんの名前は残ります。いいえ、名前は消えても、思いはきっと残るんです。だから、もう心配しなくて大丈夫なんです」
宰は、緋花の手を握る。五年間も一人で、こう告げられることを待っていたのだろう。
「あなたは生きた。そのことは絶対に色褪せたりなんか、しない」
相好が崩れた瞬間に、ポロリと涙が伝う。
「宰さんも、忘れないで」
かすかにそう声がした後、二人の間を一枚の枯葉が横切った。再び目を開いたときには、緋花の姿はなくなっていた。
宰の手には、ただ一枚の花弁。
季節外れの、桃色の花びらが一枚。
ただ、在った。
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