映る世界を、雨で磨いて

花栗綾乃

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とある土曜日のこと。

私は行きつけの本屋に来ていた。私の知り得る限り、最も大きな本屋である。

特に欲しい本もないままさまよっていると、「猫」のブースに、見覚えのある髪型が映った。

その人物は、遠目から見てもわかるような、デジタルカメラを持っていた。チェキのような愛らしさ重視ではない、白銀の外見をした、機能性重視の代物だ。

カメラを携えているのは、洋也だった。器用そうな細い指で、「猫の毛色解剖!これを見れば猫の全てがわかる!」という題名の本を立ち読みしていた。

私は数秒間、困惑していた。

私のなかには、サッカー少年というイメージがすでに脳内に確立されていたからである。カメラを持って、胡散臭い猫の本を立ち読みしているのなど、どこの誰が想像できようか。

ひとまずここは退散すべき。やや回転が遅くなっている私の脳は、そう結論を出したが、結論を実行する前に洋也がこちらに気がついてしまった。

はっきりと断言する。別に物音は立てていない。気づいてもらおうとしたわけではない。たまたまだ。たまたま。

洋也は猫の本を小脇に抱え、私の方へ向かってきた。いつも見慣れていた、ボールを追いかけるような猛々しさはうせ、静かにゆれるコスモスのような、落ち着きがあった。

「確か、、、下田しもださん、だよね」

「はっ、はい。下田蒼依あおい、、、蒼海の蒼に、依存の依って書きます」

「依存の依って、、、独特だね」

洋也のツボにハマったのか、くすっと密かに笑ってくれた。私の心の奥では、なにかが沸騰していた。
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