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第3章. 親が子に、子が親に捧げる日々
41. 父からの二度目の命
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ヴァルトはヴァレリアの優しくて力強い抱擁に父親を感じる。
あぁ……私は本当に陛下の子だったんだ。
「苦労させてしまい、すまなかった。どれほどの苦労があったのかは私には計り知れない」
「陛下が謝ることではありません」
「父と呼んでくれても構わないんだがな」
王ははにかむように笑う。
「そんな……恐れ多い。私は陛下の息子ではありますが、陛下の部下なのですよ」
「……私を憎んでいるか……」
「憎んで……いました」
「そうか……」
陛下に申し訳なさそうな顔をさせるのは心苦しい。
「お母さんは、いつも一緒にいるはずの私よりも顔も見せない陛下のことを優先してて……。嫉妬してたんだと思います。でも、陛下からのお母さんへの手紙を見て、陛下がお母さんのこと、私のことすらも愛してくれていることを知って将来陛下のために生きたいと思いました」
「ありがとう、ヴァルト。……しかし……あの手紙を見たのか。恥ずかしいな。だが、私はそんな立派な人間じゃない」
王は急に真面目な目をした。
「私が20歳の時、婚約者がいるのにも関わらず、君の母リエンと関係を持った。そしてリエンのお腹の中に君が生まれた。それが発覚して問題になったよ。リエンとも会えなくなってしまった。それでも、リエンのことはずっと愛していた。私は正妻のことも顧みず、昔の女に未練を残している情けない男だ。そのせいでリエンにもヴァルトにも迷惑をかけた」
「いえ、そんなことは……」
「君はこの国に、子供の頃に父親から魔力の一部を受け継ぐという慣例があることを知っているか?」
「何ですか? それは……」
「この国では父親は、子供が産まれたらすぐに魔力を与えるのだ。そうすれば、魔力量が増え、幼い頃から魔力操作ができるようになる。
だが、君にはできていなかった。だから魔力量は他の人に比べて少なく、魔力操作も不得意になるはずだった。にも関わらず、君は努力でそれを補い、それをさらに超えて騎士団の中でも特に優秀になっていた。本当に誇らしいよ、努力で素質も何もかもを乗り越える君が」
そんな慣例なんて、知らなかった。お母さんは、私が陛下を責めないように言わなかったってことなのかもしれない。
「数年前、君が強盗に襲われて大怪我したことがあっただろ。その時に君のもとへ向かった。息子が危険な目にあっていると知り、居ても立っても居られなくて君に会いに行った。その時に、魔力の一部を君に与えた」
私の怪我を治した高名な医者って陛下のことだったのか。私は、二度も陛下に命をいただいたのか。
「え、それじゃあ……あの時、私の魔力量が増えたのは……」
「余計なことをして、本当に申し訳ない。父親として君に少しでもできることをしたかったんだ」
ヴァルトの瞳から熱い水の筋が垂れた。
あぁ……涙が溢れてくる。
「ヴァルト……すまなかった。私は君の努力を踏みにじってしまった」
「違いますよ、これは歓喜の涙です。陛下の力を受け継ぐことができて本当に嬉しいんです」
「素直だな、リエンに聞いていた以上だ」
ヴァレリアはヴァルトの腰にあるエレスリンネを指差した。
「その剣は、特別な魔剣だ。魔力を使えば剣身から体に魔力がフィードバックされる。使う魔力が高ければ高いほど、使用者の魔力量が多ければ多いほど効果が高くなり、魔力が強化される。君のような実力者なら、誰よりも効果が高くなるだろう」
「この剣に、そんな力が。この力で、必ず陛下の役に立って見せますよ。全ては陛下のために」
「本当にさすがだな。人間じゃない」
「ですが、私が騎士団長になって本当によろしかったのですか。私は人を殺した殺人犯なのですよ」
「何を言ってるんだ。正当防衛だったのにも関わらず、娘のために罪を被るなんて素晴らしい騎士道精神を持つ君以外の誰にその役割が務まる」
「なっ……」
知っていたのか。誰にも見られていないと思ったが。国王だけの情報網があるのか。
「死んだ二人の強盗の死因は顔面を何度も殴打されたことによるものだ。ヴァルトの拳には血が付いてなかった。だが、エリネちゃんの拳には血が付着していた。そんな報告が私の耳に入ってきた。君は自分が殺したと言っているようだが……つまりはそういうことだろ」
「さすがの慧眼……」
「そろそろいいかな、国王というものはなかなか忙しくてね。それじゃあ、エリネちゃんによろしく伝えておいてくれ」
やはり、陛下は忙しいんだな。だが、会えて良かった。陛下に仕えたいという意欲が溢れる。
「お時間をいただきありがとうございます。陛下に任された騎士団長としての仕事、全うしてみせます。では、失礼いたします」
ヴァルトが部屋から出ると、誰も気づいていなかったが、声を押し殺した泣き声が部屋の中から聞こえた。
扉から出ると、エリネが扉のすぐ側で皿に盛られたドーナツを頬張っていた。
「エリネ、何でここに。それにそのお菓子は……」
「その子がこの部屋の前でそわそわしてたから菓子をあげたんだよ」
ゼルビアは扉の近くの壁に寄りかかっていた。
「すいません、ありがとうございました。ゼルビア様」
「様はやめてくれ。君も王国政府の一員になったのだから、陛下以外に優劣はない。これから、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
二人は右手差し出して握手をした。
「それじゃあエリネ、帰ろうか」
エリネは菓子を全部口の中に詰め込んで、油でデロデロの手で私の左手を繋いできた。エリネはにんまり笑みを浮かべる。
エリネ、大きく成長したが、あんまり成長してないな。少しは大人っぽくなったが、まだまだ子供だ。
私は陛下の期待に応えるため、エリネの笑顔を守るために戦わなければならない。そのためだけに私がいる。
*************
あぁ……私は本当に陛下の子だったんだ。
「苦労させてしまい、すまなかった。どれほどの苦労があったのかは私には計り知れない」
「陛下が謝ることではありません」
「父と呼んでくれても構わないんだがな」
王ははにかむように笑う。
「そんな……恐れ多い。私は陛下の息子ではありますが、陛下の部下なのですよ」
「……私を憎んでいるか……」
「憎んで……いました」
「そうか……」
陛下に申し訳なさそうな顔をさせるのは心苦しい。
「お母さんは、いつも一緒にいるはずの私よりも顔も見せない陛下のことを優先してて……。嫉妬してたんだと思います。でも、陛下からのお母さんへの手紙を見て、陛下がお母さんのこと、私のことすらも愛してくれていることを知って将来陛下のために生きたいと思いました」
「ありがとう、ヴァルト。……しかし……あの手紙を見たのか。恥ずかしいな。だが、私はそんな立派な人間じゃない」
王は急に真面目な目をした。
「私が20歳の時、婚約者がいるのにも関わらず、君の母リエンと関係を持った。そしてリエンのお腹の中に君が生まれた。それが発覚して問題になったよ。リエンとも会えなくなってしまった。それでも、リエンのことはずっと愛していた。私は正妻のことも顧みず、昔の女に未練を残している情けない男だ。そのせいでリエンにもヴァルトにも迷惑をかけた」
「いえ、そんなことは……」
「君はこの国に、子供の頃に父親から魔力の一部を受け継ぐという慣例があることを知っているか?」
「何ですか? それは……」
「この国では父親は、子供が産まれたらすぐに魔力を与えるのだ。そうすれば、魔力量が増え、幼い頃から魔力操作ができるようになる。
だが、君にはできていなかった。だから魔力量は他の人に比べて少なく、魔力操作も不得意になるはずだった。にも関わらず、君は努力でそれを補い、それをさらに超えて騎士団の中でも特に優秀になっていた。本当に誇らしいよ、努力で素質も何もかもを乗り越える君が」
そんな慣例なんて、知らなかった。お母さんは、私が陛下を責めないように言わなかったってことなのかもしれない。
「数年前、君が強盗に襲われて大怪我したことがあっただろ。その時に君のもとへ向かった。息子が危険な目にあっていると知り、居ても立っても居られなくて君に会いに行った。その時に、魔力の一部を君に与えた」
私の怪我を治した高名な医者って陛下のことだったのか。私は、二度も陛下に命をいただいたのか。
「え、それじゃあ……あの時、私の魔力量が増えたのは……」
「余計なことをして、本当に申し訳ない。父親として君に少しでもできることをしたかったんだ」
ヴァルトの瞳から熱い水の筋が垂れた。
あぁ……涙が溢れてくる。
「ヴァルト……すまなかった。私は君の努力を踏みにじってしまった」
「違いますよ、これは歓喜の涙です。陛下の力を受け継ぐことができて本当に嬉しいんです」
「素直だな、リエンに聞いていた以上だ」
ヴァレリアはヴァルトの腰にあるエレスリンネを指差した。
「その剣は、特別な魔剣だ。魔力を使えば剣身から体に魔力がフィードバックされる。使う魔力が高ければ高いほど、使用者の魔力量が多ければ多いほど効果が高くなり、魔力が強化される。君のような実力者なら、誰よりも効果が高くなるだろう」
「この剣に、そんな力が。この力で、必ず陛下の役に立って見せますよ。全ては陛下のために」
「本当にさすがだな。人間じゃない」
「ですが、私が騎士団長になって本当によろしかったのですか。私は人を殺した殺人犯なのですよ」
「何を言ってるんだ。正当防衛だったのにも関わらず、娘のために罪を被るなんて素晴らしい騎士道精神を持つ君以外の誰にその役割が務まる」
「なっ……」
知っていたのか。誰にも見られていないと思ったが。国王だけの情報網があるのか。
「死んだ二人の強盗の死因は顔面を何度も殴打されたことによるものだ。ヴァルトの拳には血が付いてなかった。だが、エリネちゃんの拳には血が付着していた。そんな報告が私の耳に入ってきた。君は自分が殺したと言っているようだが……つまりはそういうことだろ」
「さすがの慧眼……」
「そろそろいいかな、国王というものはなかなか忙しくてね。それじゃあ、エリネちゃんによろしく伝えておいてくれ」
やはり、陛下は忙しいんだな。だが、会えて良かった。陛下に仕えたいという意欲が溢れる。
「お時間をいただきありがとうございます。陛下に任された騎士団長としての仕事、全うしてみせます。では、失礼いたします」
ヴァルトが部屋から出ると、誰も気づいていなかったが、声を押し殺した泣き声が部屋の中から聞こえた。
扉から出ると、エリネが扉のすぐ側で皿に盛られたドーナツを頬張っていた。
「エリネ、何でここに。それにそのお菓子は……」
「その子がこの部屋の前でそわそわしてたから菓子をあげたんだよ」
ゼルビアは扉の近くの壁に寄りかかっていた。
「すいません、ありがとうございました。ゼルビア様」
「様はやめてくれ。君も王国政府の一員になったのだから、陛下以外に優劣はない。これから、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
二人は右手差し出して握手をした。
「それじゃあエリネ、帰ろうか」
エリネは菓子を全部口の中に詰め込んで、油でデロデロの手で私の左手を繋いできた。エリネはにんまり笑みを浮かべる。
エリネ、大きく成長したが、あんまり成長してないな。少しは大人っぽくなったが、まだまだ子供だ。
私は陛下の期待に応えるため、エリネの笑顔を守るために戦わなければならない。そのためだけに私がいる。
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