シアカラーステッチ

乾寛

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第3章. 親が子に、子が親に捧げる日々

38. 罪の意識

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 エリネと暮らし始めてから1ヶ月が経った。エリネも言葉を理解して、聞いて、話せるようになった。子供の成長は早いな、それともエリネが天才なのか記憶が少しずつ戻ってるってことなのか。

 最近、エリネは私の仕事中は家で一人でいる。エリネは暴れないし、イタズラしない、勝手に外に出ない、昼食は作り置きを食べてくれる。これが全ての父親の理想か。エリネを引き取る時、少しは不安もあった。だが、今は謎の安心感すらある。

 エリネの親を探すために、騎士団の資料を探した。エリネくらいの年齢の女の子の行方不明者の届出は無い。それに、エリネの元々の名前も何もかも分からない。どうしようもない。

====================

 ある日騎士団の仕事から帰ると、家の前で少し違和感を感じた。開けておいたはずのカーテンが閉まっている。

 いつもは私が見えるとエリネが飛び出してくるはずなのに、今日は来ない。何かがおかしい。

 静かに鍵のかかっていないドアを開けて中に入ると、倒された椅子、そして引き出しを引っ張り出されたタンスが目に付いた。

 エリネはどこだ、と奥の書斎のドアの隙間に目をやると何かが動くのが見えた。隙間をよく見るとエリネの水色の瞳が輝いているのが見える。それなのに出てこない。

 書斎のドアに手をかけ中を覗くと、エリネが両手両足をヒモで縛られて、口が塞がれている。

「エリネッ!」

 中に飛び込むと、濃い緑色の服を着てフードを深く被った男が本棚を漁っている。

「おい貴様、何をしている」

 ヴァルトが叫ぶと男は腰のナイフを取り出してエリネを引き寄せた。ナイフは首元に突き立てられている。

「この奴隷を失いたくないなら、金を出せ。お前がこの奴隷に御執心なのは分かってるんだ」

「貴様、誰を奴隷だと言っている」

「この女に決まっているだろうが、ガキのくせにこんなでかい家に住んで女をはべらせやがって。生意気なんだよ。王の子供ってだけで苦労も知らないボンボンが。さっさと金を出せ」

 剣をリビングまで取りに行く余裕はないな。魔法を使えばエリネにも危険が及ぶ。エリネを奴隷だなんて言いやがって。

「エリネ、目を閉じていろよ」

 ヴァルトは手を伸ばして男の腕を掴んだ。

「離せ! この娘が死んでもいいのか」

「腕を折られたくないならこの手を離せ」

 それでも男はエリネもナイフも離さない。力では劣っているはずなのに。

「背面……襲来……剣呑けんのん……」

 エリネがこもった声でぽそりと呟いた。

 後ろから何かが……

 そう思って後ろを振り向くと、左の脇腹が熱くなっていくのを感じた。脚が崩れ落ちていく。そこにはナイフが刺さり、真っ赤なシミがだんだん広がっていく。後ろには男がもう一人立っていた。

「さっさと金を出せばよかったのに、バカな奴だ。トドメを刺してからすぐに逃げるぞ」

「あ……あぁ」

 エリネを掴んでいた男はエリネを押しのけて、ナイフを両手で握っている。ここまでやっておいて今さらトドメを刺すのが怖いのかプルプル震えている。

 力が、入らない。私は死ぬのか……エリネの成長が伸びてきたところだったんだが。もう少しで陛下の謁見が叶うようになると思ったのに……

「い゛……あ……あぁ……」

 今になって痛みが全身を襲う。

 エリネが無事で良かった。エリネに手を伸ばそうとエリネの方を見ると、恐怖からか下をうつむき、小さく震えているのが見える。エリネは何かに怯えるように過呼吸気味に息をしている。

 ヒモで口を塞がれていたはずだが、それが切れて下に落ちている。

「う゛……あ゛、あ゛、あ゛ぁぁぁ!!」

 エリネは叫び、手の力だけで無理矢理、両手を縛っていたヒモを引きちぎった。そのまま足を縛っていたヒモもちぎった。

「子供の力でちぎれるはずなんてないのに……」

 エリネはナイフを持っている男に飛びかかった。男は後ろに倒れ込み、エリネはそのまま男を殴る。

「排除……不倶ふぐ……戴天|《たいてん》……」

 男がやめてくれと弱々しく呟いてもエリネは一心不乱に顔面を殴り続ける。何度も……何度も……何度も……。しばらくすると、男は動かなくなった。それでも殴り続ける。

 もう一人の男は唖然としてその場に立ち尽くしていた。その後、ふと気がついたように叫んだ。

「ば、化け物」

 もう一人の男は逃げようとしてドアに手をかけた。その瞬間、エリネが両足で男の首に組みつき、あごを殴った。あごからはバキッと音がして、男はそのまま後ろに倒れる。エリネは動かなくなった男を殴る……殴る……殴る……

 二人の男は動かなくなり、呼吸の音すらも聞こえなくなった。

 私がエリネに殺しをさせてしまったのか。暴力も何もない平和な世界で何事もなく暮らさせてあげたかったのに……ごめん、エリネ……

 エリネが動きが重くなった私に気づいて左手を必死に握ってきた。あぁ……もう見えない。

「ありがとう……エリネ……。情けない息子ですいませんでした……陛下……」
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