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第3章. 親が子に、子が親に捧げる日々
35. 足りないもの
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ヴァルトは22歳になった。ある日、一人暮らししている家への帰路についていた。
今週は遠征もあって特に疲れた。こんな日は早く帰って寝るに限る。今日はひどい雨だ。3メートル先もまともに見えない。
そんな時、力なく上を見上げた少女に出会った。王都にあるまじき汚い服。ボサボサに伸びきった緑色の髪。10歳くらいだろうか。
「どうしたの?」
しゃがんで話しかけてみると、口を半開きにしてこっちを振り返った。
「あぁ……うーあー」
口をぱくぱくさせている。いきなり話しかけられて驚いてるのか。
「あぁ、いきなり話しかけてごめん。何か困ってるのかと思って。迷惑だったかな、ごめんね。私はもう行くよ」
そのまま家に帰ろうと歩くと、少女はヴァルトのベルトを掴んできた。小さいながらも簡単には振り解けないほどの力で引っ張ってくる。
「え、何?」
ヴァルトが少し歩くと少女はちょこちょことついて来る。
「どうしたの? 迷子なの? 名前は?」
「……うー……」
少女は口を半開きにしてじぃっと私を見つめてくる。彼女のくすんだ水色の瞳は強い光を求めている。
話せないみたいだな。言葉を理解してもいないのか。教育を受けていないにしてもこのくらいの年齢なら多少の言葉は理解できるはずだ。……もしかして記憶を失ってるのか。
「迷子なら親を探したいところだけど、この雨じゃな……。とりあえず今は体を温めた方がいい。今日は私の家に来たら良い」
これは未成年略取なのか? でも、放っておく方が王の息子としての恥だ。
「あ、あー……」
「行こう、少し歩いたところだよ」
少女の手を握ってやると、うっすら笑みを浮かべた。
====================
酷い雨に打たれながら早歩きで家に向けて歩くと、いつもよりも少し時間がかかったがなんとか家にたどり着いた。少女は嫌がる様子もなくちょこちょこ歩いてついてきた。
「風呂に入って体を温めよう。すぐに準備するから少し待っててね」
少女は意味が分かっているのかいないのか分からないが、風呂場の前で大人しく座っている。風呂の準備をしてから洗面所に行き、少女のための服を用意する。さすがにこの子のサイズの服はないから、サイズが合わなかったヴァルトの服を用意した。それでもかなり大きめになる。
少女の服を脱がそうと裾を捲り上げると赤黒いものが見えた。
「これって……」
腹部にも胸部にも背部にも痣がある。これは1回の事故でなるような怪我じゃない。日常的に暴力を振るわれていたのか。虐待……
明日は、もしこの子が求めるなら親を探すか。
服を全部脱がし、風呂場の中に入ると少女は地べたに脚を伸ばして座った。ヴァルトはその後ろにしゃがむ。
ボサボサに固まった髪を両手で少し強めに洗う。すると少女は頭だけを後ろに傾けてヴァルトの胸を嬉しそうにノックするように押した。ヴァルトは石鹸をさらに泡立てて頭をこする。少女は髪に付いた泡を人差し指で少し取り、興味深そうに舐めた。途端に舌を突き出して嗚咽し始めた。
「うじゃ……げ、がは……」
「口をゆすいで。飲み込んじゃだめだよ」
私が背中をさすりながら手ですくったお湯を口に含ませる。少女は口の中でお湯をこね回して吐き出した。
「落ち着いて、落ち着いて」
石鹸が食べてはいけないものだって知らないのか? それか忘れているのか。言葉を理解できていないのも併せて、言葉と過去を忘れていると考えれば納得がいく。
木桶でお湯を汲んで少女の頭の上に持っていく。少女は興味深そうにヴァルトの顔を見上げている。
「髪を流すよ。目を閉じて」
少女はそれでも爛々と目を見開いている。
「目、閉じるよ」
私がまぶたを下ろすと、おとなしく目を閉じた。そのまま大量のお湯をかけながら髪をゆらゆら動かして泡を流した。
綺麗な髪だ。手櫛をしてみても全く引っかからない。でも、少し長すぎるかな……せっかくの可愛らしい顔が隠れてしまっている。
お湯で濡らしたタオルで体を拭ってやるとヴァルトの方を向いてうっすら笑みを浮かべる。こんなに小さな娘が酷い怪我を負っている。そんなこと、許されるはずがない。
====================
翌日になった。少女をベッドに寝かして私は床に寝た。夏も近いから寒くはなかったが、とにかく肩と腰が痛い。
少女は、安心したような顔で眠りについてからしばらくしてずっと寝言を言っていた。「ごめんなさい……やめて、お父さん……」とひたすらに繰り返して。
やはり元々は話せたんだな。虐待の苦しみに耐えかねて記憶を閉ざしたか、怪我で記憶を失ったか。
昨日見つけられて良かった。これでこの子を救える。だが、この子が家に戻りたい、私と一緒に居たくないと言ったら今日でお別れだ。それはしょうがない事だが。
少女を着替えさせると、服を伸ばしたりなでたりして品質を確かめているようだ。着せたといっても合うサイズの服はないから私の服だが。
今日は一夜明けて雲ひとつない快晴だ。家から出た時には手を絶対に離さないように気をつけて歩く。一度見失ったらその時が最後だ。
今週は遠征もあって特に疲れた。こんな日は早く帰って寝るに限る。今日はひどい雨だ。3メートル先もまともに見えない。
そんな時、力なく上を見上げた少女に出会った。王都にあるまじき汚い服。ボサボサに伸びきった緑色の髪。10歳くらいだろうか。
「どうしたの?」
しゃがんで話しかけてみると、口を半開きにしてこっちを振り返った。
「あぁ……うーあー」
口をぱくぱくさせている。いきなり話しかけられて驚いてるのか。
「あぁ、いきなり話しかけてごめん。何か困ってるのかと思って。迷惑だったかな、ごめんね。私はもう行くよ」
そのまま家に帰ろうと歩くと、少女はヴァルトのベルトを掴んできた。小さいながらも簡単には振り解けないほどの力で引っ張ってくる。
「え、何?」
ヴァルトが少し歩くと少女はちょこちょことついて来る。
「どうしたの? 迷子なの? 名前は?」
「……うー……」
少女は口を半開きにしてじぃっと私を見つめてくる。彼女のくすんだ水色の瞳は強い光を求めている。
話せないみたいだな。言葉を理解してもいないのか。教育を受けていないにしてもこのくらいの年齢なら多少の言葉は理解できるはずだ。……もしかして記憶を失ってるのか。
「迷子なら親を探したいところだけど、この雨じゃな……。とりあえず今は体を温めた方がいい。今日は私の家に来たら良い」
これは未成年略取なのか? でも、放っておく方が王の息子としての恥だ。
「あ、あー……」
「行こう、少し歩いたところだよ」
少女の手を握ってやると、うっすら笑みを浮かべた。
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酷い雨に打たれながら早歩きで家に向けて歩くと、いつもよりも少し時間がかかったがなんとか家にたどり着いた。少女は嫌がる様子もなくちょこちょこ歩いてついてきた。
「風呂に入って体を温めよう。すぐに準備するから少し待っててね」
少女は意味が分かっているのかいないのか分からないが、風呂場の前で大人しく座っている。風呂の準備をしてから洗面所に行き、少女のための服を用意する。さすがにこの子のサイズの服はないから、サイズが合わなかったヴァルトの服を用意した。それでもかなり大きめになる。
少女の服を脱がそうと裾を捲り上げると赤黒いものが見えた。
「これって……」
腹部にも胸部にも背部にも痣がある。これは1回の事故でなるような怪我じゃない。日常的に暴力を振るわれていたのか。虐待……
明日は、もしこの子が求めるなら親を探すか。
服を全部脱がし、風呂場の中に入ると少女は地べたに脚を伸ばして座った。ヴァルトはその後ろにしゃがむ。
ボサボサに固まった髪を両手で少し強めに洗う。すると少女は頭だけを後ろに傾けてヴァルトの胸を嬉しそうにノックするように押した。ヴァルトは石鹸をさらに泡立てて頭をこする。少女は髪に付いた泡を人差し指で少し取り、興味深そうに舐めた。途端に舌を突き出して嗚咽し始めた。
「うじゃ……げ、がは……」
「口をゆすいで。飲み込んじゃだめだよ」
私が背中をさすりながら手ですくったお湯を口に含ませる。少女は口の中でお湯をこね回して吐き出した。
「落ち着いて、落ち着いて」
石鹸が食べてはいけないものだって知らないのか? それか忘れているのか。言葉を理解できていないのも併せて、言葉と過去を忘れていると考えれば納得がいく。
木桶でお湯を汲んで少女の頭の上に持っていく。少女は興味深そうにヴァルトの顔を見上げている。
「髪を流すよ。目を閉じて」
少女はそれでも爛々と目を見開いている。
「目、閉じるよ」
私がまぶたを下ろすと、おとなしく目を閉じた。そのまま大量のお湯をかけながら髪をゆらゆら動かして泡を流した。
綺麗な髪だ。手櫛をしてみても全く引っかからない。でも、少し長すぎるかな……せっかくの可愛らしい顔が隠れてしまっている。
お湯で濡らしたタオルで体を拭ってやるとヴァルトの方を向いてうっすら笑みを浮かべる。こんなに小さな娘が酷い怪我を負っている。そんなこと、許されるはずがない。
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翌日になった。少女をベッドに寝かして私は床に寝た。夏も近いから寒くはなかったが、とにかく肩と腰が痛い。
少女は、安心したような顔で眠りについてからしばらくしてずっと寝言を言っていた。「ごめんなさい……やめて、お父さん……」とひたすらに繰り返して。
やはり元々は話せたんだな。虐待の苦しみに耐えかねて記憶を閉ざしたか、怪我で記憶を失ったか。
昨日見つけられて良かった。これでこの子を救える。だが、この子が家に戻りたい、私と一緒に居たくないと言ったら今日でお別れだ。それはしょうがない事だが。
少女を着替えさせると、服を伸ばしたりなでたりして品質を確かめているようだ。着せたといっても合うサイズの服はないから私の服だが。
今日は一夜明けて雲ひとつない快晴だ。家から出た時には手を絶対に離さないように気をつけて歩く。一度見失ったらその時が最後だ。
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