シアカラーステッチ

乾寛

文字の大きさ
上 下
24 / 46
第2章. 反乱の野心

24. アテンダントのコエン

しおりを挟む
 コッコッ……翌朝、部屋のドアがノックされた。話していたら聞こえない程度の音だ。

 シアが扉を開けると男の子が、朝食を乗せたトレーを持ってきた。緊張でガチガチになっている。

「おっ、おはようございます。今日からお二人のアテンダントになりました。こっ……コエン・カートッフェルと申します。よろしく……お願いします!」

 コエンは声を張り上げ、トレーを水平に保ったまま、腰を直角に曲げてお辞儀をした。

「そんなに緊張しなくても良いよ。コエン君」

 シアがにっこりと微笑みかけるとコエンは照れたように目を逸らした。

「よろしく、コエン」

「昨日レティア様にお二人の強さを聞いてから、早く会ってみたいと思いまして。
レティア様の一行が辺境の街との協力を取り付けた帰りに我々の情報を聞きつけた騎士団に襲われた。もうだめだって時にレクロマさんが颯爽と現れた。そして、何十人もの王国兵にも全く臆さず、圧倒的な力で一瞬で薙ぎ倒してレティア様を救っていただいたと聞きました。
レティア様が居なくなったらカミツレは空中分解ですよ」

 なんだそのエピソード、脚色が過ぎるだろ。俺が実際に戦ったのは2人だけだ。しかも1人はまだ新兵だった。

「そんな大層なものじゃない。確かに初めは数十人いたが、大半が戦意喪失してにげていった。だから、俺がそこまで強いなんてことは……」

「ははっ……ご謙遜を。レティア様は言うには、レクロマさんは魔神の如き魔法を使い、地鳴りの如き雄叫びをあげ、流星の如き高速移動で、剣神の如き剣技を見せたとか。とてつもなくかっこよかったと仰っていましたよ」

 昨日この部屋を訪ねて来る前に何をしてるのかと思ったが、そんなこと話していたのか。しかもどんな化け物だよ。そんな人間存在しない。

 これ以上否定しても、謙遜だと取られるんじゃないのか?

「そうか……そんなふうに言われると小っ恥ずかしいな」

「それに、私の強さと言っても私は何もしてないよ」

「そうですか……。あっ、そうだ朝食です」

 コエンは頭を下げ、腕をまっすぐに突き出してトレーをシアの目の前に出して来た。

「ありがとう」

「どうぞ。あっ、うわっ……」

 シアがトレーを受け取ろうとしたが、コエンは頭を上げたところでトレーに頭をぶつけてトレーを落としてしまった。硬そうなパンが転げ落ち、クラムチャウダーがこぼれた。

「あっ……すっ、すいません。すぐに片付けて僕の分を持って来ます」

 コエンは急いでパンをトレーにのせ、部屋を出て行った。

「そそっかしい子だったね。それにとんでもない英雄ね、あなた」

 シアは椅子をレクロマの椅子の隣まで移動させて座った。そのままレクロマに寄りかかってすり寄っている。

「まぁな、酷い誤解だ」

「誤解かわからないけどね。紫ちゃんからみたらそれが真実なんでしょ。私からもそう見えたけど」

 シアは俺の後ろ髪に手を当て、撫でた。

 走って来る足音が聞こえた。

「失礼します」

 コエンが急いで入ってきた。コエンは水の入ったバケツを持っている。

「コエン君、手伝うよ」

「だめですよ。客であるシアさんにそんなことさせるわけにはいかないですので」

「良いから良いから」

 コエンは一瞬顔が強張り、目を逸らした。

 シアは雑巾を絞って床に飛び散ったクラムチャウダーを拭き取っている。コエンはシアに手間をかけさせないようにするためか、必死に片付けようとしている。

「マル……いやシアさん、すいません」

「コエン君、私の分食べない? 私、お腹空いてないから」

 シアは、泣きそうになりながら必死で床を拭うコエンに優しく声をかけた。

 コエンは一瞬体を硬直させた。

「えっ、でもそんなことまで……」

「良いんだよ、シアもそう言ってるんだから善意は素直に受け取った方が良い」

「わかりました。ありがとうございます」

 コエンは床を拭き終わり、バケツを持って部屋を出て行った。

 俺だけが何もできずに座っているだけなのがもどかしい。それに、シアが手伝うって言った時のコエンの表情が気になる。

「シア、今回会う前にコエンに会ったことあるの?」

「いや、ないけど。なんで?」

「シアが話しかけた時の反応が過敏すぎると思ったんだよ。緊張のしすぎとか個性だって言うならそれまでだけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...