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第1章. 動き始める時
3. 事の発端
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シアはここに来るまでの経緯の話を続けている。
「宮殿の宝物庫から逃げる時には、監視の交代中の雑談の間に窓から外に出た。監視は外側から入ってくるのに注意を払っているばかりで中から出て行くのなんて見ていなかった。そして、宮殿の窓から飛び降りて逃げた。人間だったら簡単に死ねる高さだったけど私は死なないから平気、ただ脚が砕け散るだけ。体くらい簡単に魔力で再構成できる。痛いものは痛いんだけどね」
「死なないってことは、食事は必要ないの?」
「食べなくても何も問題は無いし普通に活動できるよ。でも、食べられる時には食べるようにしてる。食事は私にとっては生きている実感だから」
シアは何かを思いついたように何処かから出した袋の中から小さな瓶を取り出した。中には琥珀色のドロッとした液体が入っている。
「そういえば、お腹空いてるよね。ちょっとしか無いけどこのハチミツあげるよ」
「いいよ、あんまりお腹空いてないから」
「だめ。あなただってこれからは動けるんだから栄養は必要でしょ」
シアは俺の体を起こして、スプーンにハチミツを乗せ、レクロマの口の中に含ませた。久しぶりの甘味は頭がおかしくなるくらいの幸福感を与える。
「あっ、ハチミツ色になってる。美味しかったんでしょ」
シアは頬をつついてくる。表情は満面の笑みだ。
「うん、すごい美味しかった」
何だか感情を見透かされているってのはちょっと恥ずかしいな。
シアはハチミツを俺の口に運び続けながら話を続けた。
「宝物庫から逃げてからはひたすら歩き回った、何の目的も無かった。それから君の強い感情を感じてここに来たの。私が見てきたどんな感情よりも遥かに強い感情だった」
「何で俺にこだわるの?」
「動けなくてもなお、その大きな野心を持つ君はきっと大きなことを成し遂げる。私はそれが見たい。君に足りないものがあるのなら私がそれを埋めよう」
シアはスプーンの動きを止め、袋の中に瓶をしまった。そして魔法の異次元に入れられ、この世界から消え去った。
あぁ、もう少し舐めていたかったな。
「次はあなたの番だよ。教えてくれないかな」
「わかった。俺はレクロマ・セルース。ここから少し離れたセレニオ村で産まれて育った。農業を生業として、貧しいけどみんな仲良くて、とても楽しかった。あの頃は、厳しかったけど尊敬できる父さんも、料理が上手で勉強を教えてくれた母さんも、俺によく懐いていて幼いながらも家族想いの妹のメルもいたし、メルともよく一緒に遊んだリレイって友達の女の子もいた。幸せだったよ、とても。でもそれはたった一日で消えてしまった」
シアは俺の手を優しく握った。手の感覚は無くなってるはずなのにとても安心する。
「その日は父さんに言われてメルと一緒に川に魚を捕まえに行った。父さんは珍しく強くメルから離れないように言って、俺はそれに頷いた。俺とメルは罠を使っていつも以上にたくさん魚を捕まえた。メルはとても喜んでいて、父さんと母さんに見せるんだって俺に片付けを押し付けて先に帰った。川は村から近かったしメルも道を知っていたから何も問題は無いと思ってた。俺も片付けてから村に帰った。そしたら……そし……たら……」
レクロマの口は言葉を続けることを拒み、呼吸も浅くなっている。
「辛いなら言わなくいいよ」
シアがレクロマの背中をさすってやると、レクロマは深呼吸で息を整えながら話を続けた。
「……いや、これは俺自身が受け止めなければならない俺の罪だから……。俺が村に帰ると濃い紫色の霧が村を覆っていた。さっきまではいつも通りだった日常が一瞬で消えていた。父さんは息を切らして母さんを抱きしめていてたけど、母さんにはもう息はなかった。メルは父さんと母さんを揺らしていた。俺は呆気に取られてその場に立ちすくんでた。眠ると毎回この時の夢を繰り返し見る。何もできずにいる自分をただ見ているだけ」
レクロマの口調は段々と強くなっている。
「メルが苦しみだしてから、怖くなってメルを背負って逃げた。どこかの村ならメルを救える手があるのかもしれないと思ってひたすら走った。必死になって走っていたけど、俺の体の動きも次第に重くなっていってやがて倒れた。その時にはもうメルは息をしていなかった」
レクロマの瞳は潤んできて、だんだん涙が溜まっていくのが見える。
「何度も思うんだ、すぐにメルと一緒に逃げていれば、メルも生きていられたかもしれないって。メルは他人に気を使える、優しい子だった。俺なんかよりよっぽど生きてるべき子だった。俺なんかより……俺なんかよりずっと……。はぁっ……はぁっ……」
息がっ……苦しい。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
シアは俺の胸を撫でた。すごく安心して、落ち着く。
「少し外に出ようか。外に出るのも久しぶりなんでしょ。外の空気を吸わないと、息苦しくなるだけだよ。ちょっと背負うね」
シアは俺の腕を担いで立ち上がった。
「俺、重いでしょ」
「重くないよ、全く」
シアは物置の扉を開け、外に出た。二年振りの冷えた空気が鼻を抜けていく。シアは俺を背負ったまま村の近くの森へ歩いて行った。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
シアの背中に揺られるのは何だか安心する。昔、家族でハイキングに行った帰りに俺が足を怪我して、母さんにおんぶしてもらったな。その時はメルが負けじとおんぶをせがんで俺の背中によじ登ってきた。
「外に出れて嬉しい? 感情が黄色いよ」
「確かに幸せだよ。久しぶりに外に出れたってのもそうだけどシアの背中はすごい安心するんだ。ずっとこうしていたい」
シアは右手を伸ばしてレクロマの髪を優しく撫でた。レクロマはそれに応じて目を閉じた。
「宮殿の宝物庫から逃げる時には、監視の交代中の雑談の間に窓から外に出た。監視は外側から入ってくるのに注意を払っているばかりで中から出て行くのなんて見ていなかった。そして、宮殿の窓から飛び降りて逃げた。人間だったら簡単に死ねる高さだったけど私は死なないから平気、ただ脚が砕け散るだけ。体くらい簡単に魔力で再構成できる。痛いものは痛いんだけどね」
「死なないってことは、食事は必要ないの?」
「食べなくても何も問題は無いし普通に活動できるよ。でも、食べられる時には食べるようにしてる。食事は私にとっては生きている実感だから」
シアは何かを思いついたように何処かから出した袋の中から小さな瓶を取り出した。中には琥珀色のドロッとした液体が入っている。
「そういえば、お腹空いてるよね。ちょっとしか無いけどこのハチミツあげるよ」
「いいよ、あんまりお腹空いてないから」
「だめ。あなただってこれからは動けるんだから栄養は必要でしょ」
シアは俺の体を起こして、スプーンにハチミツを乗せ、レクロマの口の中に含ませた。久しぶりの甘味は頭がおかしくなるくらいの幸福感を与える。
「あっ、ハチミツ色になってる。美味しかったんでしょ」
シアは頬をつついてくる。表情は満面の笑みだ。
「うん、すごい美味しかった」
何だか感情を見透かされているってのはちょっと恥ずかしいな。
シアはハチミツを俺の口に運び続けながら話を続けた。
「宝物庫から逃げてからはひたすら歩き回った、何の目的も無かった。それから君の強い感情を感じてここに来たの。私が見てきたどんな感情よりも遥かに強い感情だった」
「何で俺にこだわるの?」
「動けなくてもなお、その大きな野心を持つ君はきっと大きなことを成し遂げる。私はそれが見たい。君に足りないものがあるのなら私がそれを埋めよう」
シアはスプーンの動きを止め、袋の中に瓶をしまった。そして魔法の異次元に入れられ、この世界から消え去った。
あぁ、もう少し舐めていたかったな。
「次はあなたの番だよ。教えてくれないかな」
「わかった。俺はレクロマ・セルース。ここから少し離れたセレニオ村で産まれて育った。農業を生業として、貧しいけどみんな仲良くて、とても楽しかった。あの頃は、厳しかったけど尊敬できる父さんも、料理が上手で勉強を教えてくれた母さんも、俺によく懐いていて幼いながらも家族想いの妹のメルもいたし、メルともよく一緒に遊んだリレイって友達の女の子もいた。幸せだったよ、とても。でもそれはたった一日で消えてしまった」
シアは俺の手を優しく握った。手の感覚は無くなってるはずなのにとても安心する。
「その日は父さんに言われてメルと一緒に川に魚を捕まえに行った。父さんは珍しく強くメルから離れないように言って、俺はそれに頷いた。俺とメルは罠を使っていつも以上にたくさん魚を捕まえた。メルはとても喜んでいて、父さんと母さんに見せるんだって俺に片付けを押し付けて先に帰った。川は村から近かったしメルも道を知っていたから何も問題は無いと思ってた。俺も片付けてから村に帰った。そしたら……そし……たら……」
レクロマの口は言葉を続けることを拒み、呼吸も浅くなっている。
「辛いなら言わなくいいよ」
シアがレクロマの背中をさすってやると、レクロマは深呼吸で息を整えながら話を続けた。
「……いや、これは俺自身が受け止めなければならない俺の罪だから……。俺が村に帰ると濃い紫色の霧が村を覆っていた。さっきまではいつも通りだった日常が一瞬で消えていた。父さんは息を切らして母さんを抱きしめていてたけど、母さんにはもう息はなかった。メルは父さんと母さんを揺らしていた。俺は呆気に取られてその場に立ちすくんでた。眠ると毎回この時の夢を繰り返し見る。何もできずにいる自分をただ見ているだけ」
レクロマの口調は段々と強くなっている。
「メルが苦しみだしてから、怖くなってメルを背負って逃げた。どこかの村ならメルを救える手があるのかもしれないと思ってひたすら走った。必死になって走っていたけど、俺の体の動きも次第に重くなっていってやがて倒れた。その時にはもうメルは息をしていなかった」
レクロマの瞳は潤んできて、だんだん涙が溜まっていくのが見える。
「何度も思うんだ、すぐにメルと一緒に逃げていれば、メルも生きていられたかもしれないって。メルは他人に気を使える、優しい子だった。俺なんかよりよっぽど生きてるべき子だった。俺なんかより……俺なんかよりずっと……。はぁっ……はぁっ……」
息がっ……苦しい。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
シアは俺の胸を撫でた。すごく安心して、落ち着く。
「少し外に出ようか。外に出るのも久しぶりなんでしょ。外の空気を吸わないと、息苦しくなるだけだよ。ちょっと背負うね」
シアは俺の腕を担いで立ち上がった。
「俺、重いでしょ」
「重くないよ、全く」
シアは物置の扉を開け、外に出た。二年振りの冷えた空気が鼻を抜けていく。シアは俺を背負ったまま村の近くの森へ歩いて行った。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
シアの背中に揺られるのは何だか安心する。昔、家族でハイキングに行った帰りに俺が足を怪我して、母さんにおんぶしてもらったな。その時はメルが負けじとおんぶをせがんで俺の背中によじ登ってきた。
「外に出れて嬉しい? 感情が黄色いよ」
「確かに幸せだよ。久しぶりに外に出れたってのもそうだけどシアの背中はすごい安心するんだ。ずっとこうしていたい」
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