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【19話】怪しげな訪問者

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 夕焼けの茜が、王都の街並みを照らす頃。
 エリックと一緒にギルドを訪れたマリアに、受付嬢のミーナが声をかけてきた。
 
「マリアさんにお客様が見えてますよ」
「え、私に?」
「はい。あちらのテーブルでお待ちの男性です」

 テーブルに座っているのは、白い髭を生やした初老の男性だった。
 まじまじと見てみるが、面識はなかった。

「あの方、ギルドにいる人たちにマリアさんのことを聞いて回っていましたよ。三時間ほど前ここに来てから、ついさっきまでずっとです。私も聞かれました」

 私は何も答えませんでしたけどね、とミーナが付け加える。
 
「何やら怪しい香りがします。十分に気を付けてください」
「うん、ありがとう」

 男性が何者なのか。何の目的で来たのか。どうしてマリアについて嗅ぎまわっていたのか。
 謎ばかりが頭に浮かび上がる。
 
 それらの謎を解明するために、マリアはテーブルへと向かう。
 
「突然のご訪問をお許しください。初めましてマリアさん」
「はぁ、どうも。それであの、何か私にご用でしょうか?」
「マリアさんが興味を持ちそうな、耳よりな話を持ってきたんですよ。ただし、情報が情報だけに他の人に聞かれたくないのです。私の馬車の中で、二人きりでお話しませんか?」

 怪しい臭いがプンプンする。
 こんな誘いは、とっとと断ってしまうのが賢明だろう。
 
 しかし、マリアは躊躇ちゅうちょする。
 
(この人の言っていることが、もし本当だったら……)

 強い相手と戦える、もしかしたらそんな話かもしれない。
 それは限りなくゼロに近い、有り得ない可能性だろう。
 
 しかし、ゼロではない。
 である以上、話を聞いてみる価値があるのではないかと思った。
 
「分かりました。お話を伺いましょう」
「ありがとうございます!」
「パーティーメンバーに伝えてくるので、少々お待ちください」

 テーブルを離れたマリアは、エリックに事情を話す。
 
「そういう訳だから、先に宿へ戻っていて」
「それは構いませんけど、大丈夫なんですか?」
 
 心配そうにしているエリックに、マリアは「大丈夫よ」と胸を張った。
 
「それじゃ行ってくるわね」
 
 エリックに手を振ってから、男性の後についてギルドを出て行く。
 
 
 ギルドから少し離れた場所に停車している小さな馬車に、二人は乗り込んだ。
 向かい合って並べられているソファーに、対面になって座る。
 
「それで、お話とは?」
「お話を始める前に、一つよろしいでしょうか」

 初老の男性は、ゴホンと咳払いをした。

「私の名はルドルフ。クルダール王国第一王子、ヴィルテ様の側近をしている者です」
「……聞いて損した」

 思い出したくもない名前が、ルドルフの口から飛び出してきた。
 
 ため息を吐いて、マリアは立ち上がる。
 そうして馬車から出て行こうとしたのだが、左腕をルドルフに掴まれてしまう。
 
「ちょっと! いきなり何するのよ!」
「お待ちくださいマリア様! 王国は今、存亡の危機にあるのです!」

 ルドルフの瞳から、ツーと涙が流れる。
 
「魔物の襲撃が急増したことで、王国には多くの被害が出ております。これを救えるのは、大いなる聖女の力を持つあなた様だけなのです!」
「……何それ? あなた、自分がどれだけ虫のいいこと言っているか分かっているの?」

 鋭い視線をルドルフに向ける。
 その瞳には、驚きと怒りと他にも色々な感情がごちゃ混ぜになっている。
 
「私、国外追放された上に殺されそうになったのよ。それを今さら戻ってこいだなんて、どう考えても有り得ないでしょ」
「怒るお気持ちはごもっともです! ですが今は、そんなことを言っている場合ではありません。今この瞬間にも、多くの民が犠牲になっています。あなた様は民を見捨てるのですか!」
「知らないわよ。そんなこと、どうでもいいわ」

 沈黙が走る。
 
 短い沈黙の後、「嘘だ。断るはずがない」と呟くルドルフ。
 丸っこい顔には、驚愕の色がありありと浮かんでいる。
 
「マリア様、あなた今何とおっしゃったのですか?」
「どうなろうと知ったことではありません、そう言ったんです。国も兵士も国民も、ずっと私のことを虐げてきた。一丁前に叱責だけはしてくるのに、誰も感謝の言葉をかけてくれなかった。そんな人たちを助けたいなんて、これっぽちも思いません」
「この人でなし! あなた、それでも聖女ですか!」
「何を言っているんですか? 馬鹿も休み休みにしてください」

 食ってかかってきたルドルフを、マリアは鼻で笑う。
 
「今の私は、かつてクルダール王国に仕えていた聖女、マリア・リトラーデではありません。好き勝手自由きままに生きる冒険者、マリアです。お間違えの無いように」
「ふざけたことを!」
「ふざけたことを言っているのは、どう考えてもあなたの方でしょ。それじゃ、私は失礼します。これ以上は時間の無駄ですから」
「待て!」

 ルドルフの腕を掴む力が強まる。
 
「私はこのまま帰る訳にはいかないんだ! ヴィルテ様にそう誓った――」
「だから知らないわよ。【スリープ】」

 魔法を使い、ルドルフを強制的に眠らせる。
 これで、明日の朝まで目覚めることはないだろう。
 
「目を覚ましたら大人しくリグダード王国に帰ってくれればいいけど、そうはいかないわよね」

 ルドルフの額に右手の手のひらをかざし、マリアは新たな魔法を口にする。
 
「【記憶操作】」
 
 その魔法は、相手の記憶を自在に操作できる効果を持っている。
 
 今回マリアが選んだ操作は記憶の消去。
 ルドルフの三歳から上の記憶、それらを全て消し去った。

 体は大きなまま三歳児に戻ったルドルフが、これからどういう人生を歩むのか。
 それについて、マリアはまったく興味がない。
 
「じゃあね、ルドルフ。色々大変だろうけど、第二の人生頑張ってね」

 フリフリと手を振って、マリアは軽やかに馬車を降りた。
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