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【11話】クルダール王国を襲う異常 ※ヴィルテ視点
しおりを挟むクルダール王国王都にある、王国兵士の駐屯所。
そこには今、他国との戦闘で負傷した五百人以上の王国兵が収容されている。
悲痛な呻き声と泣き叫ぶ声が飛び交う様子は、まさに地獄と化していた。
そんな中、一人の少女が負傷兵に治癒魔法をかけて回っている。
彼女はマリアの代わりに、新たに聖女としてクルダール王国に仕え始めた者だ。
そんな時、大きな怒号が駐屯所に響く。
「まだ半分も終わっていないじゃないか! この無能!」
声を荒げたのはヴィルテだった。
「もう三時間だぞ! それなのに、どうしてまだ終わらないんだよ! 手を抜いているんじゃないのか!」
聖女になって間もないので、大目に見てやったらこうだ。
彼女の無能ぶりに、腹が立ってしょうがない。
「そんなことはございません。私は一生懸命やっております」
「嘘をつけ! 前の聖女なら一時間もあれば全て終わっていた!」
「それは、そのお方の力が飛び抜けて優秀だっただけではないでしょうか。一時間でこの数の負傷者に治癒魔法をかけるのは、とても私には無理です」
「何だって……! たかが聖女の分際で僕に意見するのかい! 王子であるこの僕に!」
拳を固く握り、強く睨みつける。
顔を青ざめた少女は、慌てて謝罪。
負傷兵に治癒魔法をかける仕事に戻る。
「そうだ。僕の言いつけ通り、黙って手を動かせばいいんだよ」
フンと鼻を鳴らし、ヴィルテは駐屯所を出て行った。
仕事はできないが、マリアに比べればまだ素直だ。
言いたいことは山ほどあるが、その素直さに免じて今回はこれぐらいにしてやることにした。
王宮にある私室に戻るなり、白い髭を生やした初老の男性が神妙な面持ちで部屋を訪ねてきた。
彼は、ヴィルテの側近をしているルドルフだ。
何やら、急ぎ報告したいことがあるという。
今はとても報告を聞く気分になれないが、ルドルフとは長い付き合いだ。
まったく気乗りはしないが、ヴィルテは話を聞くことにした。
「先ほど、南の街ペルクトが多数の魔物に襲撃を受けました。南方軍はこれに応戦し、一時的な撃退に成功。されど被害は甚大です。魔物による再度の襲撃がいつあってもおかしくない状況で、南方軍は事実上の壊滅状態となっております。いかがされますか?」
近頃、クルダール王国を襲撃する魔物の数が急増している。
これまでは魔物による被害がほとんど無かったというのに、なぜか急に増え出したのだ。
「王都から南方軍に兵を送るんだ。今すぐに」
「お言葉ながら、それは難しいかと思われます。他所に兵を送るだけの余裕が、今の王都にはございません」
「まぁ、そうだよね」
連日の魔物による被害は、王国兵に大きな恐怖心を植え付けた。
その結果、王国兵を辞する者が毎日大量発生するという由々しき事態を招いている。
王都に駐在している王国兵は、この一か月だけで約三割も減少していた。
地方に兵を送ることで王都の守りが手薄になると、魔物襲撃の際に対処ができなくなる。
最悪、地方は捨てることになっても構わないが、自らが住まうこの王都だけは、何としても死守してもらわなければならない。
「王都の兵をこれ以上手薄にはできないし、うーん……東西北、他の地方軍から兵は送れないの?」
「……難しいですね。王都と同様、兵の数に余裕がありませんから」
「そうか。それじゃあ仕方ない、南方は放棄しようか。残っている住民は魔物のエサになるけど、仕方ないよね。これも王都を守るためだ」
「はい。気の毒ですが、運がなかったと思ってもらいましょう」
白い髭をさすりながら、ルドルフはニヤリと笑った。
方針が決まったことで、彼は部屋を出て行った。
一人になったヴィルテは、大きく舌打ちをする。
「あの女だ……。マリアを追放してから全てがおかしくなったんだ」
魔物の被害が増加し始めたのは、三か月前。
王子であるヴィルテに敬意を払わず失礼な態度を取っていた目障りな元婚約者、マリアを排除した直後からだ。
(今起きている異常事態と、マリアを追放したこと。その二つに、何かしらの関係があるのだとしたら……)
嫌な想像が頭の中に浮かんでしまう。
冷たい汗が、ヴィルテの背筋を流れる。
もしその想像通りならば、マリアが王国に戻ってくることでこの異常事態が丸く治まるのかもしれない。
しかし、それはできない。
王都から追放したあの日。
モンスターフォレストの中心部でマリアを降ろすように、と御者にはそんな指示を出した。
危険な魔物が蔓延る地で降ろされたのだから、とっくに襲われているはず。
もうこの世にいないだろう。
(だとしたら、これは僕のせいなのか?)
「ははは、まさかね。それは考え過ぎだ。そんなことあるはずがない」
浮かんでしまった嫌な想像をかき消したくて、大きな笑い声を上げる。
「僕は悪くない、僕は悪くない、僕は――」
何度も何度も何度も。
自分に言い聞かせるように、ヴィルテはその言葉を繰り返した。
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