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【6話】Dランク冒険者との決闘
しおりを挟むギルド近くにある広めの更地。
マリアと大男の勝負は、そこで行われることになった。
「速攻で沈めてやるぜ!」
大男がそう言うと、観戦しているギャラリーたちからわっと声が上がる。
彼らは大男と同じテーブルに座っていた、ガラの悪い男たちだ。大男の取り巻き連中みたいなものだろう。
対して、マリアは一人。完全なるアウェイ状態だ。
しかし、心理的なプレッシャーは微塵もない。
感じているのは、始まろうとしている勝負に対しての期待だけだ。
風が砂ぼこりをを巻き上げ吹きすさぶ中、ウズウズしながら大男を見つめる。
そうして、決戦の火蓋が切られようとしていた時だった。
「マリアさん!」
後ろからエリックが駆け寄ってきた。
とても急いできたのか、茶色の髪が乱れている。
「あら、エリック君じゃない。そんなに急いでどうしたの?」
「その、マリアさんが決戦するって聞いたからです!」
腰を屈めたエリックは、膝に手をつきぜえぜえしている。
呼吸するのも一苦労といった感じだ。
「もしかして心配してくれてたの?」
「だって相手はDランク冒険者なんですよ! 危険です!」
「優しいのね。ありがとう」
エリックの頭を優しく撫でる。
心配する声をかけてもらうことなんて、聖女をしていた時はまったくなかった。
あったのは、罵倒と侮蔑と冷笑だけ。
だからこうして誰かに心配してもらえるというのが、マリアはかなり嬉しかった。
「ねぇ、オーガとDランク冒険者ってどっちが強いの?」
「それはもちろんオーガですけど――いや、それは今関係ないですよ!」
身を乗り出してきたエリックに、マリアは小さく微笑む。
「それじゃあ問題ないわ。巻き込んじゃうかもしれないから、もう少し離れていて」
離れていくエリックに背を向け、大男の方へ視線を戻す。
「お待たせしてごめんなさい。始めましょうか」
「気にするな。最期の挨拶を邪魔するなんて真似はしねぇよ。俺は優しいからな」
大男がそう言うなり、ギャラリーから声が上がる。
「よっ、優男!」
「いかすぜアニキ!」
何というか、おめでたい連中だ。
もう勝負に勝った気でいるのだろう。
「それじゃあ最後の確認だ。ルールは単純。相手を戦闘不能にした方の勝ち。それ以外は何でもありだ。他に聞きたいことはあるか?」
「いいえ、問題ないわ」
「フッ、せいぜい俺を楽しませてくれよ」
ニヤリと笑う大男。
腰に引っさげていた片手剣を、鞘から引き抜く。
「ほら、てめぇも武器を抜けよ」
「武器? それならとっくに出しているわよ」
自身の右腕に、マリアは視線を向けた。
大男は一瞬目を見開いてから、大きく笑った。
「お前ら聞いたかよ! この女、俺と素手でやり合う気だぜ!」
大男の振りに、ギャラリーは大きな笑い声を上げた。
「素手で勝てる訳ないだろバーカ!」
「正気かよ! どうかしてるぜ!」
聞こえてくる、たくさんの嘲笑の声。
マリアはそれを一切きにせず、淡々と大男に告げる。
「そういうのいいから、早くかかってきたら?」
「ハッ、そうかい! お望み通りあの世に送ってやるぜ!」
地面を蹴った大男が、正面から斬りかかってくる。
愚鈍な見かけのわりに、それなりに素早い動きだ。
Dランク冒険者と言うだけのことはあるのだろう。
だが、マリアには通じない。
振り下ろされる刀身を迎え撃つようにして、正面から軽くパンチを放つ。
それだけで、片手剣はいとも簡単に砕け散った。
大盛り上がりしていたギャラリーが、一気に静まり返る。
彼らを包むのは、大きな驚愕と畏怖の雰囲気だった。
「まさか、殴って剣を壊したってのか。人間じゃねぇ……」
「あの女、いったい今何をしたんだ……。動きがまったく見えなかった」
人間離れしたマリアの動きを見せつけられ、縮みあがるギャラリーたち。
しかし一番恐怖を植え付けられたのは、当人である大男だった。
みっともなく尻もちをついて、ガクガク体を震わせている。
「なんだよ、今の動きは……。ありえねぇ、てめぇはいったい何者なんだ!」
「私はマリア。今日冒険者デビューした新人よ。これからよろしくね、先輩冒険者さん」
マリアは拳を振り上げる。
「や、やめろ! 何をする気だ!」
「戦闘不能にした方の勝ち。そういうルールなんでしょ、これ? 私はどうしても冒険者になりたいのよ。だから、あなたを戦闘不能にしなきゃ」
「やめろ!! やめろやめ――」
ボスっ、という鈍い音。
軽く力を込めたマリアの右腕が、大男の腹を小突く。
その一撃で大男は意識を失った。
「Dランク冒険者って聞いて少しは期待してたけど、この程度なのね」
マリアは深いため息を吐いてから、ギャラリーの方を見る。
「他に私と戦いたい人いる? なんなら、全員で一斉に来てもいいわよ」
啞然としていた男達の体がビクッと震える。
そして、慌てだした。
「ふ、ふざけんな! やる訳ないだろ!」
「こんな化物と戦ったら、命がいくつあっても足りねぇよ!」
顔を真っ青にした男たちは、我先にと更地から逃げ去って行った。
「人を化物呼ばわりって、失礼しちゃうわね」
頬をぷくっと膨らませて、文句を言ってみる。
人が消えた更地に響いたその言葉に、一つも反応は返ってこない。
ここでやるべきことはもう終わった。
そう思って更地を出て行こうとするマリアに、エリックが駆け寄ってきた。
「マリアさん、お願いがあります! 僕とパーティーを組んでくれませんか!」
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