上 下
18 / 28

【18話】次の男を探さないと ※リルン視点

しおりを挟む

 フィルリシア王国王都。
 レグルトン子爵邸内、ゲストルーム。
 
 その部屋の中には今、二人の男女がいる。
 リルン・エルドールと、その婚約者である、リグレル・レグルトンだ。
 
 二人はテーブルに座って、お茶をしている最中だった。
 
 クッキーをかじったリルンは、紅茶の入ったカップに口をつける。
 一口味わってから、ソーサーの上にカップを置いた。
 
「ここで飲むお茶も、これで最後かぁ」
 
 天井を見上げ、ひとりごとのように呟くリルン。
 続けて、宣言する。
 
「リグレル様、私達の関係は今日で終りましょう」
 
 日常的な会話と変わらないトーンで、リルンはさらっと切り出した。

 一瞬の沈黙が流れたあと、リグレルは瞳を大きく見開いた。
 
「それはつまり、僕との婚約を破棄するっていうこと!?」
「そう言ったつもりですが、ご理解いただけませんでした?」
「どうして!」

 大きな叫び声と一緒に、両手で机を叩くリグレル。
 ガシャン! という大きな音が、ゲストルームに響いた。
 
(まったく……いちいちうるさい男ね)

 不快感たっぷりの表情で、リルンは「そんなの決まってます」と口にする。
 
「あなたといても、つまらないんですよ。私、退屈が一番嫌いなの」

 容赦も慈悲もいっさいなく、バッサリと吐き捨てる。

 人より少し優しいだけが取り柄の、パッとしないつまらない男。
 それが、リグレルに対しての評価だった。
 
 彼との会話もデートも、その何もかもが、まったくもって楽しくなかった。
 
 ミレアへの嫌がらせとして奪ってみたはいいものの、想像以上につまらなすぎる。
 貴重な時間を無駄にしてしまった。

「そんなのあんまりじゃないか!」

 リグレルの瞳からボロボロと涙がこぼれた。
 
 なんてみっともなくて哀れなのだろう。
 男してのプライドはないのだろうか。

「リルンの言う通りに、ミレアを婚約破棄してまで君を選んだのに!」
「私を悪者みたいに言うのはやめていただけますか?」

 軽く舌打ちを鳴らす。

「私はただ、お願いしただけ。お姉様との婚約破棄を最終的に決めたのは、リグレル様ご自身です。私の知ったことではありません」
「……ひどい、ひどいよリルン」

(なに被害者ぶってるのよ。一番かわいそうなのは、あなたのようなつまらない男に時間を奪われた私なのに)

 ハン、と鼻を鳴らすリルン。
 膝をついて泣き崩れているリグレルを、見下した目で見る。
 
「それでは失礼します」

 嗚咽おえつを漏らすリグレルをひとり残し、リルンはゲストルームを去った。
 
 
 エルドール家へ戻る馬車の中。
 車窓から外の景色を眺めながら、リルンはポツリと呟く。
 
「次の男を探さなきゃ」

 自他ともに認める、愛らしい美少女であるリルン。
 どんな男性も、その魅力には逆らえない。
 
 一言声をかければ、それだけで虜にできる。
 迫って落ちなかった男性など、これまでに一人もいなかった。
 
 リグレルと別れたところで、リルンにとっては痛くも痒くもなかった。
 相手なんて、その気になればすぐ見つかる。
 
(今度はもっと、私を楽しませてくれる男じゃないとね)

 リグレルは歴代最悪だった。
 次の相手は、もう少し慎重に選んだほうが良いかもしれない。
 
 
 エルドール家に帰ってきた頃には、夕食が始まろうかという時間になっていた。
 
 食堂に入ったリルンは、食卓テーブルへ座る。
 既に両親は着席している。
 
「お父様、お母様。ご報告があります」
 
 家族が集うこの場で、リグレルと婚約破棄したことを伝えようとリルンは考えた。

「私今日、リグレル様と――」
「まずいことになったかもしれない」

 リルンの報告が、険しい顔をした父によって遮られる。
 ミレア以外のことでこんな表情をする父を、リルンは初めて見た。

「一か月前から始まった天候不順。そのせいで、綿花の収穫量がかなり悪い」
 
 エルドール家の主な家業は、綿花の栽培だ。
 
 以前は大した収穫高を上げれられなかったそうだが、ここ十数年はずっと豊作が続いている。
 貧乏子爵家だったエルドール家は、そのおかげでかなり裕福になった。
 
「このままでは金を返せない!」

 数々の新規事業に手を出しているエルドール家は、他の貴族家から多額の融資を受けている。
 これまでは、綿花栽培による収益で返済分をまかなってきた。
 
 しかし不作により収益が見込めなくなった今、返済にあてる金が生みだせないのだろう。
 
(ふーん、なんだか大変なことになっているみたいね)

 両親が険しい顔をしている一方、リルンはまるで人ごとのようだった。
 
 こういう面倒そうなことを考えるのは、美しい自分の役目ではない。
 両親に任せておけば、勝手にどうにか解決するだろう。
 
 気にもせず、リルンは夕食を食べる。
 両親はそれどころじゃなさそうだったので、婚約破棄の件はまた今度報告することにした。
 
 
 夕食を終えたリルンは、私室に戻った。
 
 机の中で大切に保管してある封筒を取り出す。
 それを見て、リルンはうっとり笑う。
 
「綿花なんかよりも、私にはこっちの方が大切だわ!」

 封筒に入っているのは、王家主催のパーティーの招待状だ。
 三か月後の建国三百周年記念日に、王都にある大ホールで開催される。
 
 そのパーティーには、数多くの貴族家が招待されている。
 となれば、素敵な男性と出会える確率も高いはずだ。
 
「私を楽しませてくれそうな男性はいるかしら」

 期待に胸をはせながら、リルンは楽し気に笑うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました

星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。 第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。 虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。 失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。 ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。 そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…? 《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます! ※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148 のスピンオフ作品になります。

大魔法使いは、人生をやり直す~婚約破棄されなかった未来は最悪だったので、今度は婚約破棄を受け入れて生きてみます~

キョウキョウ
恋愛
 歴史に名を残す偉業を数多く成し遂げた、大魔法使いのナディーン王妃。  彼女の活躍のおかげで、アレクグル王国は他国より抜きん出て発展することが出来たと言っても過言ではない。  そんなナディーンは、結婚したリカード王に愛してもらうために魔法の新技術を研究して、アレクグル王国を発展させてきた。役に立って、彼に褒めてほしかった。けれど、リカード王がナディーンを愛することは無かった。  王子だったリカードに言い寄ってくる女達を退け、王になったリカードの愛人になろうと近寄ってくる女達を追い払って、彼に愛してもらおうと必死に頑張ってきた。しかし、ナディーンの努力が実ることはなかったのだ。  彼は、私を愛してくれない。ナディーンは、その事実に気づくまでに随分と時間を無駄にしてしまった。  年老いて死期を悟ったナディーンは、準備に取り掛かった。時間戻しの究極魔法で、一か八か人生をやり直すために。  今度はリカードという男に人生を無駄に捧げない、自由な生き方で生涯を楽しむために。  逆行して、彼と結婚する前の時代に戻ってきたナディーン。前と違ってリカードの恋路を何も邪魔しなかった彼女は、とあるパーティーで婚約破棄を告げられる。  それから紆余曲折あって、他国へ嫁ぐことになったナディーン。  自分が積極的に関わらなくなったことによって変わっていく彼と、アレクグル王国の変化を遠くで眺めて楽しみながら、魔法の研究に夢中になる。良い人と出会って、愛してもらいながら幸せな人生をやり直す。そんな物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】小さな村の娘に生まれ変わった私は、また王子に愛されて幸せに暮らします。みんな私の事を小娘扱いするけど、実はお姫様だったのよ!

風見鳥
恋愛
 王妃だった私は病におかされてこの世を去った。でもそれは第二の人生の始まりだった。  新たなスタートは戸惑ったけど森の奥で村を見つけ、食事を与えられ、住む場所を貸してもらい、充実した日々を送る事に。  そんなある日、旅人の商人に手作りのお薬を売ると、それが元夫である第一王子に届き、『是非とも直接お礼を伝えたい』と言われ会いに行く事に。  久しぶりに夫に会えるのはとても嬉しい。でも私が王妃の生まれ変わりだなんて分かるはずがない。そう思っていたのだが…… 「サクッと読めて心に残る小説」を意識して書きました。完結保証です。3連休中に全話投稿します!

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

秘密の多い令嬢は幸せになりたい

完菜
恋愛
前髪で瞳を隠して暮らす少女は、子爵家の長女でキャスティナ・クラーク・エジャートンと言う。少女の実の母は、7歳の時に亡くなり、父親が再婚すると生活が一変する。義母に存在を否定され貴族令嬢としての生活をさせてもらえない。そんなある日、ある夜会で素敵な出逢いを果たす。そこで出会った侯爵家の子息に、新しい生活を与えられる。新しい生活で出会った人々に導かれながら、努力と前向きな性格で、自分の居場所を作り上げて行く。そして、少女には秘密がある。幻の魔法と呼ばれる、癒し系魔法が使えるのだ。その魔法を使ってしまう事で、国を揺るがす事件に巻き込まれて行く。 完結が確定しています。全105話。

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))  書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

処理中です...