32 / 46
【32話】八つ当たりなのは分かっている ※リリーナ視点
しおりを挟むリヒトの元から去っていくリリーナは、無性に腹が立っていた。
つま先に怒りを乗せて、地面を強く踏みつけながら歩いていく。
この世で一番大好きな人に告白すると言ったリリーナを、リヒトは笑顔で応援してくれた。
先ほど起こった出来事といえば、たったそれだけ。
腹が立つ要素など、どこにも見当たらなかった。
リリーナの恋路を、リヒトが応援してくれる。
それは、いつものことだ。
だからリリーナもいつものように、悪態をつきながらも感謝の言葉を述べるべきだった。
頭では分かっていた。
けれども心と体は、そうは動いてくれなかった。
たった一言だけでいい。
『寂しい』と、そう言って欲しかった。寂しがる素振りを見せて欲しかった。
クロードへの告白が成功したら、リヒトと今の関係でいることは難しくなるかもしれない。
狭い空き部屋で下らない話をすることは、もうなくなるかもしれない。
それなのにリヒトは気にもしていない様子で、
『頑張れよ』
『えっと……お前なら絶対うまくいく! 自信を持て!』
と、言ってきた。
リヒトとの関係を楽しんでいたのはリリーナだけ――正面から、そう言われたような気がした。
それが腹立たしくて、辛くて、とんでもなく悲しかったのだ。
「……何やってるのかしらね、私」
リヒトが思い通りのことを言ってくれないからと言って、腹を立ててしまった。
ひどい八つ当たりだ。
翌日の放課後から、リリーナは空き部屋に行かなくなった。
今はリヒトと顔を合わせたくない。
謝罪したい気持ちはある。
けれども喧嘩別れのようなことをした手前、どんな顔をして会えばいいのかがよく分からなかった。
******
それから数週間が経ち、ついにクロードとデートする日がやって来た。
大好きな人との二人きりでのデート。
しかもエスコートつき。
夢にまで見ていたようなシチュエーションだ。
いつものリリーナであれば、興奮と緊張でおかしくなっていただろう。
しかし、王都の街を歩くリリーナは物静かだった。
テンションがいまいち上がってくれないのだ。
リヒトのことをまだ引きずっているせいで、どうにもデートに集中できていない。
優しく丁寧にクロードはデートを進めてくれているのに、申し訳ない気持ちになる。
「楽しんでいるか?」
「え、ええ。もちろんよ。あなたとデートできるなんて最高だわ!」
「…………君は嘘をつくのが下手だな」
無理矢理語気を明るくしてみたのだが、失敗。
すぐに見破られてしまった。
「リヒトと何かあったのか?」
「ど、どどどどうしてそこでリヒトが出てくるのよ! あいつは無関係だわ!」
「嘘をつくのが本当に下手だ」
クロードの口元が小さく上がった。
馬鹿にされているような気がして、リリーナは少しムッとする。
「違うわよ……。これは私の問題。リヒトは、まったく関係ないんだから!」
そう言ってみても、クロードは楽し気に笑っているだけ。
まったく信じていないようだ。
(こうなったら……!)
モヤモヤを吹っ切るために、リリーナは覚悟を決める。
「ねぇ、クロード。……あなたに伝えたいことがあるの」
リリーナがその場に立ち止まった。
赤色の瞳がたゆたう。
(何怖気づいてるのよ、私! 想いを伝えるって、そう決めたじゃない!)
ブレていた視線を、まっすぐにクロードへ向ける。
今から言う言葉を想像すると恥ずかしくて逃げ出したくなるが、頑張って踏みとどまる。
「私、あなたのことが――」
(あ……れ……?)
最後まで言葉が出てこない。
好きです――そう口にしようとしたとたん、リヒトの顔が浮かんできた。
リヒトとの関係が終わってしまうかもしれない。
そう思ったら、喉が声を出すのを拒否したのだ。
「どうした?」
「ごめんなさない。もう一度言わせて」
気を取り直して、もう一度挑戦を決意。
深く深呼吸をして、愛の言葉を伝えようとする。
しかし、ダメだった。
どうしても、好きです、と言えない。
詰まってしまう。
(どうしてよ……!)
もどかしくてもどかしくてしょうがないのに、どうしようもできない。
非常にイライラする。
しかしその反面で、これで良かったんじゃないか、と思う自分もいる。
相反する感情が二つある。
二重人格にでもなってしまったのだろうか。
もう訳が分からない。頭がぐちゃぐちゃだ。
「今日は難しいみたいだな」
リリーナの肩に手を乗せたクロードは、包容力たっぷりの優しい微笑みを浮かべる。
「まだ迷っているんだろ。焦ることはない。準備が整ったら、また声をかけてくれ。俺はいつまでも待とう」
「……ごめん。ありがとう」
クロードの底抜けの優しさに甘えてしまった。
告白するなんて言っておきながら、このざまだ。なんと情けないのだろう。
そんな自分にうんざりするリリーナだが、心のどこかではホッとしていた。
これからもリヒトとの関係が続くことが、やっぱり嬉しかった。
2
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く
秋鷺 照
ファンタジー
断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。
ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。
シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。
目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。
※なろうにも投稿しています

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m


悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴②発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる