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【32話】八つ当たりなのは分かっている ※リリーナ視点
しおりを挟むリヒトの元から去っていくリリーナは、無性に腹が立っていた。
つま先に怒りを乗せて、地面を強く踏みつけながら歩いていく。
この世で一番大好きな人に告白すると言ったリリーナを、リヒトは笑顔で応援してくれた。
先ほど起こった出来事といえば、たったそれだけ。
腹が立つ要素など、どこにも見当たらなかった。
リリーナの恋路を、リヒトが応援してくれる。
それは、いつものことだ。
だからリリーナもいつものように、悪態をつきながらも感謝の言葉を述べるべきだった。
頭では分かっていた。
けれども心と体は、そうは動いてくれなかった。
たった一言だけでいい。
『寂しい』と、そう言って欲しかった。寂しがる素振りを見せて欲しかった。
クロードへの告白が成功したら、リヒトと今の関係でいることは難しくなるかもしれない。
狭い空き部屋で下らない話をすることは、もうなくなるかもしれない。
それなのにリヒトは気にもしていない様子で、
『頑張れよ』
『えっと……お前なら絶対うまくいく! 自信を持て!』
と、言ってきた。
リヒトとの関係を楽しんでいたのはリリーナだけ――正面から、そう言われたような気がした。
それが腹立たしくて、辛くて、とんでもなく悲しかったのだ。
「……何やってるのかしらね、私」
リヒトが思い通りのことを言ってくれないからと言って、腹を立ててしまった。
ひどい八つ当たりだ。
翌日の放課後から、リリーナは空き部屋に行かなくなった。
今はリヒトと顔を合わせたくない。
謝罪したい気持ちはある。
けれども喧嘩別れのようなことをした手前、どんな顔をして会えばいいのかがよく分からなかった。
******
それから数週間が経ち、ついにクロードとデートする日がやって来た。
大好きな人との二人きりでのデート。
しかもエスコートつき。
夢にまで見ていたようなシチュエーションだ。
いつものリリーナであれば、興奮と緊張でおかしくなっていただろう。
しかし、王都の街を歩くリリーナは物静かだった。
テンションがいまいち上がってくれないのだ。
リヒトのことをまだ引きずっているせいで、どうにもデートに集中できていない。
優しく丁寧にクロードはデートを進めてくれているのに、申し訳ない気持ちになる。
「楽しんでいるか?」
「え、ええ。もちろんよ。あなたとデートできるなんて最高だわ!」
「…………君は嘘をつくのが下手だな」
無理矢理語気を明るくしてみたのだが、失敗。
すぐに見破られてしまった。
「リヒトと何かあったのか?」
「ど、どどどどうしてそこでリヒトが出てくるのよ! あいつは無関係だわ!」
「嘘をつくのが本当に下手だ」
クロードの口元が小さく上がった。
馬鹿にされているような気がして、リリーナは少しムッとする。
「違うわよ……。これは私の問題。リヒトは、まったく関係ないんだから!」
そう言ってみても、クロードは楽し気に笑っているだけ。
まったく信じていないようだ。
(こうなったら……!)
モヤモヤを吹っ切るために、リリーナは覚悟を決める。
「ねぇ、クロード。……あなたに伝えたいことがあるの」
リリーナがその場に立ち止まった。
赤色の瞳がたゆたう。
(何怖気づいてるのよ、私! 想いを伝えるって、そう決めたじゃない!)
ブレていた視線を、まっすぐにクロードへ向ける。
今から言う言葉を想像すると恥ずかしくて逃げ出したくなるが、頑張って踏みとどまる。
「私、あなたのことが――」
(あ……れ……?)
最後まで言葉が出てこない。
好きです――そう口にしようとしたとたん、リヒトの顔が浮かんできた。
リヒトとの関係が終わってしまうかもしれない。
そう思ったら、喉が声を出すのを拒否したのだ。
「どうした?」
「ごめんなさない。もう一度言わせて」
気を取り直して、もう一度挑戦を決意。
深く深呼吸をして、愛の言葉を伝えようとする。
しかし、ダメだった。
どうしても、好きです、と言えない。
詰まってしまう。
(どうしてよ……!)
もどかしくてもどかしくてしょうがないのに、どうしようもできない。
非常にイライラする。
しかしその反面で、これで良かったんじゃないか、と思う自分もいる。
相反する感情が二つある。
二重人格にでもなってしまったのだろうか。
もう訳が分からない。頭がぐちゃぐちゃだ。
「今日は難しいみたいだな」
リリーナの肩に手を乗せたクロードは、包容力たっぷりの優しい微笑みを浮かべる。
「まだ迷っているんだろ。焦ることはない。準備が整ったら、また声をかけてくれ。俺はいつまでも待とう」
「……ごめん。ありがとう」
クロードの底抜けの優しさに甘えてしまった。
告白するなんて言っておきながら、このざまだ。なんと情けないのだろう。
そんな自分にうんざりするリリーナだが、心のどこかではホッとしていた。
これからもリヒトとの関係が続くことが、やっぱり嬉しかった。
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