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【30話】ゴールはもう目の前!
しおりを挟む講師から高評価を貰えた交流会から一か月ほど経ち、暑さのピークも過ぎた頃。
「ねぇ、リヒト! 聞いて聞いて!!」
勢いよく空き部屋に入ってきたリリーナは、それはもうご機嫌。
全身から、喜びの感情が溢れ出している。
外の気温は落ち着いてきたというのに、今日のリリーナの熱量は過去一かもしれない。
「『今度、街へ出かけないか?』って、クロードに誘われたの! しかも、しかもね! 『二人きり』でって、そう言われたの!!」
「うおおおおお!」
街へ出かける。
二人きり。
この二つの情報から導かれるのはたった一つ。
「これってつまり……デデデ、デートよね!! クロードが、私をデートに誘ってくれたのよね!!」
「間違いない! よくやったリリーナ!!」
リリーナの頭を撫でたあと、笑顔でハイタッチ。
この状況を迎えて、リヒトのテンションは最高潮になっていた。
クロードの方からアクションを起こしたのはこれが初めてだ。
しかも、デートときた。
リリーナに告白する日も、もう近いだろう。
つまり、ゴールはもう目前ということだ。
テンションが上がらない方がおかしい。
「あんたにお願いがあるの! 私、デートとかしたことないから、練習相手になってよ!」
「もちろんだ!」
二つ返事で、グッと親指を立てる。
いつもならもう少し思案していただろうが、今回はまったく考えなかった。
リリーナのために協力できることがあれば、何でもやってあげたい。
ゴールを目前に控えた今、リヒトはそんな気分になっていた。
******
次の休日。
リヒトとリリーナは、王都の街を訪れていた。
相変わらず人通りは多いが、フェスティバルのときと比べたらずっと少ない。
「それじゃあ行くか」
「待ちなさいよ」
リリーナが片腕を差し出してきた。
それがエスコートの催促をしているということを理解するまでに、リヒトは数秒の時間を要した。
(今日はエスコートの必要がなくないか?)
フェスティバルでエスコートしたのは、人波にのまれてしまう危険性があったからだ。
しかし今日であれば、その可能性はほとんどないだろう。
差し出された片腕を見つめたまま、怪訝な表情で固まる。
「デートの時って、こうするものなんでしょ」
そういうことね、と思いつつも、リヒトは怪訝な表情を崩さない。
「そうだけど、今日はただの練習だろ? そこまでする必要はないんじゃないか?」
「何言ってんのよ。本番と同じことをしないと、練習の意味がないじゃない」
「……確かに」
リリーナの言うことはごもっともだった。
言い負かされたのは少し悔しいが、認めざるを得ない。
差し出されたリリーナの手を取り、エスコート。
意外と小さい手をしているんだな、なんて感想を抱きながら、ゆったり歩いていく。
「クロードにエスコートされたら、きっと私は緊張でカクカク。まともに喋れなくなっちゃうんでしょうね」
否定はしない。
これまで何度も、そうなっているリリーナを見てきた。
けれども、肯定もしない。
そんなことをしたら、ガミガミ文句を言ってくるに違いない。
「あんたと手を繋いでも、これっぽちも緊張しないのに。人間の体って、不思議に出来ているわよね」
「……そいつは嫌味か?」
男しての魅力をまったく感じない。
きっとリリーナは、そんなことを暗に言いたいのだろう。
「想像にお任せするわ。ちっぽけな脳ミソで考えてみることね」
リリーナが楽し気に笑う。
いちいち人を攻撃しないと気が済まないのだろうか。
黙っていれば可愛いのに、本当、可愛げのない女だ。
アクセサリーショップ、服飾店、レストラン……今日のプランは、あらかじめ立てておいてある。
それに従って、リヒトはリリーナを案内していく。
その間、リリーナはずっと笑顔だった。
本心から楽しんでくれている、そう思わせるような屈託のない顔をしていた。
そして笑顔だったのは、リリーナだけではない。
リヒトもだ。
リリーナとの時間を純粋に楽しんでいた。
デートの練習で来たはずのに、いつの間にかそのことをすっかり忘れていた。
「こんな時間がずっと続けばいいのにね」
「急に何言ってんだ。お前とずっと一緒なんて、俺は死んでもごめんだぞ」
冗談を言ってきたので、リヒトもそれ相応の返事をしてやる。
少し間を置いてから、「それもそうね」とリリーナは呟いた。
空が真っ赤に染まり始めた頃。
プランにあった全ての場所を、二人は回り終えていた。
解散の時だ。
「練習はこれで終わりだ。本番、うまくいくといいな」
「ねぇ、リヒト。……私、今度のデートで告白しようと思うの」
意外な言葉を聞いて、リヒトはその場に立ち止まった。
告白するクロード。
それを受けるリリーナ。
リヒトの頭にあったのは、そんな未来だ。
その役割が逆転するとは、少しも思っていなかった。
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