上 下
12 / 46

【12話】不調

しおりを挟む

 カフェに入った四人は、窓際のテーブル席に案内された。
 
「素敵な雰囲気のお店ですね!」

 リヒトの隣に座るレリエルが声を上げると、
 
「彼女に同意だな」
 
 斜め向かいのクロードも大きく頷いた。
 
 好感触を示した二人に対し、対面に座るリリーナはだんまり。
 不機嫌、という感じではない。単純に、ものすごく緊張しているように見える。
 
「それにしても、君がこんな店を知っているとは意外だったな」

 クロードの視線が隣へ向く。
 
 このカフェはリリーナのお気に入り――今日の食事会に、リリーナはそんな設定で臨んでいる。
 
 私のお気に入りのカフェがあるんだけど、良かったら一緒に食事しない? 、そんな風にしてリリーナは誘ったのだろう。
 
 メニュー表を眺めるクロードが、ふむ……、と呟いた。
 
「どれも美味しそうで迷うな。……そうだ。せっかくだし、君のおすすめをいただこう」

 リヒトの口角がニヤリと上がる。

 この質問が飛んでくるとは想定済み。
 ホットサンドとレモンティー、そう答えろとリリーナには事前に伝えてあるのだ。
 
(言ってやれリリーナ! ホットサンドとレモンティーって!)

「え、えっと……。ホ…………」

 なんたることか。
 リリーナのおすすめは、ホ、になってしまった。
 そんなメニューは取り扱っていない。
 
「おい、早く言い直せ!」

 対面から小さな声で言ってみるも、リリーナは頬を真っ赤にしているだけ。
 言い直す気配は毛頭感じられない。
 
「私、ホットドッグとミルクティーにします!」

 不穏な空気を感じ取ったのか、レリエルが助け船を出してくれた。
 
 リヒトはそれを、うまく繋げていく。

「この店のおすすめを見抜くなんて、すごいじゃないかレリエル。『このカフェのおすすめは、ホットドッグとミルクティーよ』、って、前にリリーナが言ってたんだぜ」

 当然嘘だ。
 そんな話は聞いたこともない。
 
 しかし、その嘘は効果てきめん。
 
「おすすめはホットドッグとミルクティーか。……よし、それにしよう」

 クロードはあっさりと信じてくれた。
 
「じゃあ俺もそれにしようかな。リリーナも同じのでいいか?」
「……うん」
 
 風が吹いたら消えてしまいそうな声量で、リリーナは返事。
 小さく頷いた。
 
「注文をいいだろうか?」

 店員を呼びつけたクロードが、四人分の注文を始める。
 
 そのわずかな間に、リヒトはリリーナにこそこそ声をかける。
 
「どうしたんだ。お前らしくないぞ。もしかして、体調が悪いのか?」
「……違う」
「じゃあどうしたんだよ」
「えっと、その……」

 すっかりしおらしくなってしまったリリーナは目線を泳がせ、もごもごしているだけ。
 その……、の後が返ってこない。
 
 そうしている間に、クロードの注文が終わってしまった。
 
 リリーナの不調の原因は分からずじまいだ。
 
「お兄様。そういえばまだ、クロード様に自己紹介をしてませんよ」
「おおそうか。すっかり忘れていた」

 正面に向けていた顔を、斜め向かいへと向ける。
 
「二年Cクラスのリヒト・シードランだ。隣にいるのは、俺の妹。レリエルだ」
「レリエルです。いつも兄がお世話になっています」
「二人ともよろしくな。俺は二年Aクラス所属、クロード・ソシエスト。隣に座っているリリーナとは、同じクラスだ」
「はいはーい! 質問があります!」

 ぴょんぴょーんと、レリエルが元気に手を上げる。

「お二人は付き合っているんですか?」
「まさか。子どものときからの知り合いというだけだ。それ以上でも以下でもない。いや、どちらかというと嫌いなタイプな」

 レリエルの直球の質問に、クロードはかなりぶっちゃけた回答をよこした。
 
(……荒れるかもしれないな)
 
 嫌いなタイプ。
 そんなことを言われたら、リリーナの性格からして黙っていられないだろう。
 
 机を倒しイスをぶん投げて、暴れ回るかもしれない。
 クロードの胸倉を掴み上げて、ビンタを食らわせるかもしれない。
 
 そんなもしもの事態にすぐ対処できるよう、リヒトは心の準備を固めておく。
 
 しかし、リリーナは落ち込んでいた。
 
 肩をガクリと落とし、それはもう分かりやすいくらいに沈んでいたのだ。
 暴れ回る気配は微塵も感じられない。
 
「『嫌いだった』、過去形ですね。つまり今は、嫌いじゃないということですか?」
「何があったかは知らんが、最近は人が変わったんだ。いい方向にな」

 パアアッ……!
 陰っていたリリーナの顔に、キラリと眩しい晴れ間が差した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

処理中です...