TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~

夏芽空

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【42話】全力

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 ヒノキノボウルグでの強烈な殴打に加え、ダメ押しの【ファイアボール】。
 凶王がいくら強いとしても、この攻撃には耐えられなかったはずだ。
 
 もし万が一生きていたとしても、致命傷になっているのは確実。虫の息だろう。
 
 しかし、ユウリの予想は大きく外れてしまった。
 
 炎を纏った体で、すくっと立ち上がる凶王。
 手を使って無造作に払いのける動作をして、全身を包んでいた炎を消した。
 
「この俺が地面を這うことになるとはな……。どうやら俺は、貴様を舐めすぎていたようだ」
 
 凶王の雰囲気が一変。
 体中から強い殺気を放っている。
 
「遊びはここまでだ、少女」

 目にも止まらぬ速さで凶王が接近してきた。
 今まで戦ってきた敵の、誰よりも素早い。
 
「死ね」

 凶王が剣を振り下ろしてきた。
 
 先ほどとまでとは、比べ物にならないくらいに早い。
 別人を相手にしているかのようだ。
 
 凶王の剣を、横に動いて躱すユウリ。
 しかしユウリの動きをもってしても、完全には躱しきれなかった。
 
 切っ先がわずかに頬に触れた。
 真っ赤な血がツーと流れ出る。
 
「まだだ」
 
 攻撃を躱された凶王は、次の攻撃へと移行。
 ユウリの腹部めがけ、横なぎに剣を振るってきた。
 
 迫りくる剣を避けようと、ユウリは後方へ大きく飛び退く。
 
 しかし、凶王の攻撃が予想よりも素早く傷を負ってしまった。
 
 腹部に受けた刀傷から、ポタポタと血が流れ出る。
 傷は浅いが、思っていたよりも出血が多い。白いワンピースが真っ赤に染まっていく。

(こんなに血を流したのは初めてだな)

 ダメージらしいダメージを戦闘で負ったのは、これが初めてのことだった。

(ま、こんな傷はすぐ治るんだけど)

 【勇者覚醒】によって、ユウリの治癒力は引き上げられている。
 腹部に受けた刀傷は、もう既に治っていた。

(それにしても強いな。覚悟はしてたけど、予想以上だ。こいつを倒すには全力でいくしかない)
 
 これまでユウリは、全力を出して戦ったことはなかった。
 周囲を巻き込むことを心配していたのもあるが、それだけではない。
 
 全力を出せば、ユウリはさらにパワーアップできる。
 しかしそれは、力をうまくコントロールできたらの話だ。

 大きな力に翻弄されて制御できなければ、それはただの逆効果になってしまう。
 全力の力をうまくコントロールできるのか、ユウリは不安だった。
 
 しかし、凶王を討つためにはそんなことを言ってられない。
 全力を出す以外に道はないのだ。
 
 深呼吸をして、まっすぐ凶王を見据えるユウリ。
 抑えていた力を全開放する。
 
「これで終わらせる!」
 
 疾風のごとき速さで凶王に近づくユウリ。
 全力を出したことによる走力はスピードが出すぎて止まりづらかったが、両足を強く踏んばって無理矢理止まる。
 
 突然スピードを上げたユウリに、凶王は驚きを隠せていなかった。
 対応ができていない。
 
 剣を握っている凶王の右腕に、ユウリはヒノキノボウルグを振り下ろす。
 
 その破壊力は、絶大。
 
 鎧を砕くだけにとどまらず、腕を断ち切った。
 剣を持ったままちぎれた凶王の右腕が、地面に落ちる。
 
「貴様よくも、俺の腕を!!」
 
 右腕を失い、大きな声で叫ぶ凶王。
 
 ユウリはそれを気にしない。
 攻撃はまだ続く。
 
「くらえええ!!」
 
 凶王の胸部めがけて、力いっぱいにヒノキノボウルグを殴りつける。
 
 その一撃が、漆黒のプレートアーマーを砕いた。
 プレートアーマーに包まれていた紫色の体があらわになる。
 
 胸部に重い一撃を受けた凶王の体は、遠くへ吹き飛んでいった。
 
 地面に転がる凶王へ向け、ユウリは片手をかざす。
 【ファイアボール】を放とうしてしていた。
 
 全力を出したユウリの攻撃力は、とても計り知れるものではない。
 その一撃をまともに受けて、生きているとは到底思えなかった。
 
 でも一応、念のためだ。
 
「じゃあな」
 
 別れの言葉を告げ、【ファイアボール】を放つ――その直前。
 大きな笑い声が、大広間に響く。
 
 その声が、ユウリの動きを止めた。
 
「……嘘だろ」
 
 大きな笑い声の主は、地に伏せている凶王だった。
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