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【16話】あのお方 ※モルデーロ王国国王視点
しおりを挟むモルデーロ王国王宮、地下に広がる大広間。
「召喚した勇者は役立たず。その上、未だに一国も攻め落とせていない。これが今の現状だ。……いったいどういうことだ?」
「申し訳ございません!!」
深々と頭を下げたのは、モルデーロ王国国王――ジョン。
極度の緊張を感じている彼の額には、玉のような汗が浮かび上がっていた。
「俺は寛大だ。ある程度のミスには目を瞑ろう。だが、限度というものがある。分かるよな?」
「もちろんでございます!」
「ジョン国王、次は無いと思え。これは最終通告だ……いいな?」
「はい!!」
あのお方への報告を終え、謁見の間に戻ってきたジョン。
部屋の中央に置かれた玉座に腰を下ろすと、どっとした疲れが肩にのしかかった。
全ての他国を陥落させ、支配下におくこと。
それが、あのお方の望みだ。
大いなる力を持つ勇者を召喚できる大魔法、勇者召喚を行ったのは、他国を陥落させるための戦力が欲しかったからだ。
まずは隣国のディアボル王国を陥落させ、それから他の国を落とす。そういう計画だった。
魔王を討つため、というのは勇者を騙すために用意しただけの、ただの作り話に過ぎない。
そういった狙いで行った勇者召喚。
しかし、召喚された勇者――ユウリはとんでもない駄作だった。
大いなる勇者の力を使って他国を陥落させるという計画は、早くも水泡に帰してしまった。
脱走したユウリの行方は未だに掴めていないが、もうどうでもいい。
恐らくどこかで野垂れ死んでいるのだろう。
それよりも今大事なのは、あのお方がご立腹ということだ。
(このままでは、私は殺されてしまう……!)
「クソッ! どうして私がこんな目に!」
******
きっかけは三か月前のことだった。
他国で開かれる社交パーティーへ出席するために、ジョンは馬車に乗っていた。
その道中、馬車が急停車。
停まった場所は、人気のない砂利道だった。
(まったくどうしたんだ)
急停車に苛立ちながらも、ジョンは再出発を待つ。
だがしばらく経っても、馬車は一向に動かなかった。
「おい、なぜ動かん!」
我慢の限界に達したジョン。
車内にいる十数人の護衛騎士たちへ怒号を飛ばす。
しかし、それに答えた者は一人もいない。
顔を見合わせ、困ったようにしているだけだ。
(使えんやつらだ!)
「誰でもいい! 早く御者に確認してこい!」
再び怒号を上げると、若い護衛騎士が立ち上がった。
「確認して参ります」
そう言って、車外に降りた若い護衛騎士。
扉を閉めた、次の瞬間だった。
聞こえてきたのは、恐ろしい断末魔。
聞き覚えのあるその声は、今さっき外に降りた若い騎士の声だった。
明らかな異常事態に、とてつもない緊張が車内に走った。
「総員警戒しろ!」
声を上げたのは、護衛騎士のリーダーだ。
立ち上がった彼は、険しい面持ちで剣を構えた。
後を追うようにして全ての護衛騎士が立ち上がり、剣を構えた。
ギィィ……。
扉を開けて車内に入ってきたのは、漆黒のプレートアーマーを纏った人物だった。
プレートアーマーと同じ色の、漆黒の兜を被っているため、性別は分からない。
片手に握られている剣には、べったりと血がついている。
そして、信じられないことが起こった。
ジョンがまばたきした間に、十数人の護衛騎士が全員死体になっていた。
彼らは全員、Sランク冒険者レベルの実力を持っている実力者。
それが、たったの一瞬で皆殺しだ。
信じがたい光景を目にしたジョンは、ただ怯えることしかできなかった。
「貴様がモルデーロ王国の国王だな?」
漆黒のプレートアーマーを着た人物が声を上げた。
どこまでも冷え切ったその声。単なる問いだというのに、大きな殺意のようなものを感じる。
(嫌だ! 死にたくない!!)
逃げ出そうとするジョン。
だが、あまりの恐怖に腰が引けて動けなかった。
「俺に従うか、それともここで死ぬか……選べ」
それが、あのお方との出会いだった。
このことを知っているのは、神官長を含む限られた上層部の人間だけだ。
******
地下の大広間から戻ったジョンは、謁見の間に神官長を呼び出した。
玉座にかけながら、苛つき混じりの声を飛ばす。
「勇者召喚の準備は、きちんと進めているのだろうな!」
大魔法である勇者召喚は、おいそれとできるものではない。
行うには、それなりの準備が必要となる。
本来なら、このような面倒なことをしたくない。
しかし、そうせざるを得ない事情があった。
他国と比べ、モルデーロ王国の軍事力は高いとは言えない。
今の戦力で他国に侵略戦争を仕掛けても、勝てる見込みは薄いだろう。
あのお方の願いを叶えるには、勇者を使うしかないのだ。
「順調に進んでおります」
「前回のような失敗は、もうごめんだぞ!」
「その心配はもういりません。先日、商人から面白い物を買い取りましてな」
ニヤリと笑う神官長。
隣に控えている神官から銀色のティアラを受け取り、それを国王へ向けた。
「なんだそれは?」
「エルフに伝わる大秘宝、『狂化の髪飾り』です」
聞いたことのないアイテムだ。
不信感を抱いたジョンは、眉をひそめる。
その内心を見透かすのように、「ご安心を」と言う神官長。
「狂化の髪飾りは、勇者のみが装着できるアイテム。その効果はすさまじく、装着者の身体能力、魔法攻撃力を大幅に増加させるという効果を持ちます。それに加え、こちらの命令に絶対服従させることができるのです」
「な、誠か!?」
玉座から勢い良く立ち上がるジョン。
「ふふ……ふはははは!」
大きく口を開き、笑い声を上げる。
(狂化の髪飾り……なんて素晴らしいアイテムなのだ!)
次に召喚される勇者が、仮に無能だとしても関係ない。
狂化の髪飾りを使って、身体能力、魔法攻撃力を大幅に上げればいいだけのことだ。
しかも、命令には絶対忠実ときた。
他国を滅ぼせと命令すれば、なんの疑問も持たずに働いてくれる殺戮人形と化してくれるだろう。
強力な力も持つ殺戮人形を生みだせるアイテム、狂化の髪飾り。
それはまさに、ジョンが欲していたものだった。
「ただ一点、問題があります。狂化の髪飾りを装着している間、装着者に激しい苦痛を与えるという作用があるのです。倫理的には少々問題が――」
「構わん、やれ」
いっさいの迷いなく、ジョンは言い切った。
多少気の毒かもしれないが、これもあのお方の願いを叶えるためだ。
勇者には悪いが、生贄になってもらう。
(あのお方に殺される心配は、これでなくなったも同然だな)
こんな素晴らしいアイテムを手に入れられるとは、なんてツイているのだろうか。
ジョンの口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
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