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【1話】散々すぎる扱い
しおりを挟む「勇者、ヤシロ・ユウリ様。所持スキルは【勇者覚醒】です」
「はい」
目の前に立つ白いローブを着たオッサンに名前を呼ばれたので、社勇里――ユウリは返事をした。
名前を呼ばれたらとりあえず返事をする。社会人をしていたら、いつの間にかそんな癖がついていた。
(それにしても、ここはどこだ?)
アパートのベッドで寝ていたはずのユウリは今、赤いじゅうたんのひかれた大きな部屋にいた。
両端の壁際には、白いローブを着た人たちがずらっと横一列に並んでいる。
部屋の中央には金色に輝くイスがあり、そこには王冠を被った偉そうなオッサンが座っている。
頭に浮かんだ場所は、王族と面会する場所である謁見の間。
会社と家を行き来するだけのつまらない毎日を送るサラリーマン、28歳のユウリには縁遠い場所だ。
(なんで俺はこんなところにいるんだ?)
名前を呼ばれたから反射的に返事をしたものの、ユウリは今、自分が置かれている状況がまったく分からないでいた。
「初めて聞くスキルだな。どんな効果を持っている?」
王冠を被ったオッサンが声を上げた。
その視線は、白いローブのオッサンへ向いている。
「……申し訳ございません国王様。それが、分からないのです」
「なんだと?」
国王の視線が鋭くなった。
表情に表れているのは大きなイラつき。
空気がヒリヒリと緊張していく。
「【鑑定】を使って分かったことは、【勇者覚醒】というスキル名のみ。申し訳ございませんが、私の力量ではそれ以上の情報は得られませんでした」
「なんと不甲斐ない! 貴様、それでも神官長か!!」
真っ赤に染まった国王の顔が、プルプルと震えた。
「それ以外のスキルは!」
「火属性の初級魔法【ファイアボール】……だけです」
「得体の知れないスキルに、初級魔法……ふざけるな! 話にならん!!」
ガタッ!
金色のイスから勢いよく立ち上がった国王。
怒りに満ちた瞳で、ユウリを強く睨みつける。
「大きな手間をかけて勇者を召喚したというのに、とんだ期待はずれだ! この、ニセ勇者めが……!」
恨みがましい言葉をユウリに投げつけ、国王は部屋を出て行った。
(ニセ勇者ってなんのことだよ……)
国王に言われたことの意味が分からない。
とりあえずユウリは、目の前にいる神官長に聞いてみる。
「あの、俺のことをニセ勇者って言ってたけど――」
神官長への質問の途中で、言葉を切る。
とてつもない違和感を感じたのだ。
(おかしい……声が可愛すぎる)
低音ハスキーボイスから一変、可愛らしい少女のような声になっていた。
喉の調子がいくら悪いとしても、さすがにここまで大きくは変わらないだろう。
「ユウリ様、どうされましたか?」
「……いや、何でもない」
今はニセ勇者と言われたことの方が気になる。
声変わりした謎はいったん置いておき、ユウリは話を進める。
「国王は俺のことをニセ勇者って言ってたけど、それってどういう意味だ?」
「我がモルデーロ王国に伝わる大魔法、勇者召喚によって異なる世界から呼び出した人物。それがユウリ様なのです。……ニセという部分は、あまり深く気にする必要はありません」
神官長がごまかすようして笑った。
(なるほどな)
神官長の説明を聞いたことで、自分の置かれている状況が見えてきた。
特殊な力を授けられて、別の世界に移動する。
俗にいう、異世界転移、というやつだろう。
小説やアニメで見かけたことのある展開なので、あまり驚きはしなかった。むしろ少しワクワクする。
そして、国王が怒っていた理由も分かったような気がした。
大魔法である勇者召喚を使って召喚したユウリのスキルがあまりにも期待はずれだったので、大きく憤慨したのだろう。
(そっちの都合で召喚しておいてそっちの都合でキレるのは、どうかと思うけどな)
流石にそれは自分勝手というものではないだろうか。
国王という人間がさっそく嫌いになる。
「世界を救うため、あなたには魔王を討っていただきたい。その足掛かりとしてまずは、憎き隣国であるディアボル王国を――」
「神官長、よろしいでしょうか」
赤色の騎士服を着た男が部屋に入ってくる。
まっすぐこちらに向かってきた騎士服の男は、「国王様より伝達です」と言って、神官長の耳元に手を当てた。
(いったい何の内緒話だよ)
目の前で行われているコソコソ話に、ユウリは怪訝な表情になる。
「それは、誠の話か……!」
多くの驚きが含まれた神官長の言葉に、騎士服の男はコクリと頷いた。
「全て承知した、と国王様にそう伝えてくれ」
「かしこまりました」
神官長に深々と頭を下げ、騎士服の男は部屋を去って行った。
目線をユウリに戻した神官長は、口元をニコリと綻ばせた。
しかし、目元がまったく笑っていない。気味の悪い不自然な笑顔だ。
「緊急の用事が入ってしまいました。私はこれより、神官たちと話し合いをしなければなりません。申し訳ございませんが、詳しい話はまた明日いたします。部屋を用意してありますので、そちらでお休みください」
「おい、ちょっと待てよ!」
背を向けようとした神官長を呼び止める。
「俺の声が変になっているのも、勇者になったことと関係があるのか?」
「勇者召喚による影響で、ユウリ様には多少の変化が現れております。その辺りの説明も、また明日いたします。では、急いでいるので失礼」
両端の壁際に並んでいる白いローブの人たちに神官長は、「行きますよ、神官のみなさん」と言って、足早に部屋を出ていった。
小さく頷いた神官たちは、ずらずらと神官長の後を追っていった。
国王も、神官長も、神官も出ていった部屋の中で、ひとりポツンと残されるユウリ。
「……俺の扱い雑すぎないか?」
ニセ勇者と罵られたり、重要な話を先延ばしにされたりと、かなり酷い対応。
世界の命運を握る勇者に対する扱いとは、とても思えなかった。
出ていった神官長たちと入れ替わるようにして、執事服を着た男性が部屋に入ってきた。
そのままユウリの前まで歩いてきた彼は、深く頭を下げた。
「お部屋までご案内いたします」
「……頼む」
雑な対応に憤りを感じてはいるが、執事服の男性にそれを言ったところでしょうがない。
モヤモヤしながらも、ユウリは小さく返事をした。
部屋を出た二人。
豪華な美術品や大きな彫刻がいくつも展示された、幅広の廊下を歩いていく。
壁際に建付けられた窓から外を見れば、レンガ造りの建物がずらっと並ぶ街並みに、眩しい太陽がさんさんと降り注いでいた。
元の世界とはまったく異なる街並みに、異世界に来た、ということを改めて実感する。
「こちらがユウリ様の部屋になります」
執事服の男性に案内されたのは、一階にある大きな部屋。
執事服の男性が部屋のドアを開けると、とてつもない広大な空間がそこには広がっていた。
「おぉ……」
感嘆の声が、ユウリの口から漏れる。
先ほどまでいた部屋と比べれば小さいが、それでも広すぎる。
ユウリが暮らしていたワンルームアパートの、何十倍もの広さだ。
「こんなに広い部屋、本当に俺一人で使ってもいいのか?」
「もちろんです。この部屋はユウリ様専用のお部屋ですから。それからここは、王宮にある部屋では小さな方ですよ」
執事服の男性が笑みを浮かべた。
「そうなのか。……というか、ここって王宮だったのか」
今更ながらにユウリは、自分のいる場所を知った。
王宮ともなれば、部屋が広いのも納得だ。
「それでは、ごゆっくりお休みください」
一礼して、執事服の男性は部屋を出ていった。
「……とりあえず寝よう」
しんとした広い部屋に、ユウリの呟きが溶ける。
色々なことがありすぎて、ユウリはすっかり疲れてしまっていた。
今は早く眠って、体をリフレッシュしたい。
部屋の右奥に置かれたベッドに向けて、足を進めていくユウリ。
しかし、その途中で足を止める。
足を止めたのは、姿鏡の前だった。
鏡に映った自分の姿に、ユウリは目玉がこぼれ落ちそうなくらいに瞳を大きく見開いた。
「うえええええ!!」
鏡に映っていたのは、いつもの見慣れた男の姿ではない。
見たこともない可憐な美少女が、そこには映っていた。
背中まで伸びたミルク色の長い髪に、くりくりとした金色の瞳。
170センチあったはずの背丈は、大きく縮んでしまっている。
身長と幼い顔立ちからして、10歳くらいだろうか。
「この女の子が、俺、なのか……?」
しがないサラリーマンだった社勇里28歳は、あどけない美少女に変貌を遂げていた。
「あ……あれ」
腰の辺りに大きな違和感を覚えたユウリ。
二十八年間苦楽をともにしてきた大切な相棒が、いなくなっているような気がしたのだ。
ユウリはさっそくそれを確認。
そして、青ざめる。
「…………ない。なくなってる」
正真正銘、ユウリは女の子になっていた。
ガックリと肩を落とし、深くうつむく。
『勇者召喚による影響で、ユウリ様には多少の変化が現れております』という、神官長の言葉を思い出す。
美少女になった原因は、おそらく勇者召喚にあるのだろう。
ゆらりと顔を上げるユウリ。
鏡に映る美少女を、まじまじと見つめる。
元のユウリの面影は、いっさい残っていなかった。
完全に別人だ。
「これのどこが多少だよ……」
大きなため息を吐く。
(…………でも、悩んでも仕方ないか)
ユウリは吹っ切ることを決めた。
泣き言を言ったところで、どうなるものでもないだろう。
こうなってしまった以上は、性別が変わったという現実を受け入れるしかないのだ。
姿鏡から離れたユウリは、仰向けでベッドに倒れ込む。
「おやすみ」
頭までふとんを被り、ギュッと目を瞑った。
それから二時間ほど。
未だにユウリは眠れていなかった。
寝ようとしても、国王の怒りや神官長の雑過ぎる態度など、色々なことが頭に浮かんで邪魔をしてくるのだ。
「ダメだ、ぜんぜん眠れる気がしない……」
ベッドから降り、部屋を出るユウリ。
気分転換をするために、外の空気を吸いに行こうと考えた。
廊下を歩いていると、前方から話し声が聞こえてきた。
話をしているのは、白いローブを着た二人組の男。
彼らが着ている白いローブに、ユウリは見覚えがあった。
大広間の壁際にずらっと並んでいた神官たちだ。
「今晩中に処分されるとは、ユウリ様もお気の毒に」
「しかしせっかく召喚した勇者があのような期待はずれでは、仕方がありません。国王様の決定も十分に理解できます」
神官の二人は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
(ここでバレるのはマズい!)
今の話を聞かれたと知られたら、彼らはこの場でユウリを処分してくるかもしれない。
見つかる訳にはないかない。
壁際に置かれている大きな彫刻の陰に、ユウリは身を隠す。
体が小さくなったおかげで、頭からつま先まで完璧に身を隠せている。
処分という言葉を聞きパニックになりそうなユウリだったが、どうにか冷静な判断を下すことができた。
「しかしいくらなんでも、殺すのはやりすぎではないか?」
「期待が大きかった分、それだけ怒りも大きかったのではないですか。いずれにしても私たち神官は、国王様の命令に従うしかありませんよ」
「それもそうだな」
会話しながら向かってきた神官たちはユウリに気がつかず、そのまま廊下を通り過ぎて行った。
大広間で神官長が口にした、緊急の用事。
それは、ユウリを処分することについての話し合いだったのかもしれない。
神官たちが完全に去ったのを確認して、彫刻の陰から出るユウリ。
額には大量の汗が浮かんでいる。
(このままだと俺は殺される!)
殺されると知っていて、ただじっと待つなんてごめんだ。
ここから逃げ出すことを、この時ユウリは決意した。
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