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【9話】おかしな婚約者 ※シアン視点

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 姉のシルフィが、授業中に大声を上げて恥ずかしい思いをしていた頃。
 
 一年C組の教室で授業を受けているシアンだったが、あまり集中できていない。
 表情にはイライラが現れている。
 
 彼女をそうさせている原因は、婚約者であるグレイ・ジグルドだ。
 
 三か月前に婚約してからというもの、急に様子がおかしくなった。
 
 休日にデートに誘えば『予定がある』と言って、毎回断られてしまう。
 絶対に来て欲しい、と言ったデートにも来てくれなかった。
 
 最近では、話しかけても心ここにあらずといった感じでボケっとしている。
 
(ひどいわ。私はこんなにグレイ様が好きなのに……!)

 
 最初は、ちょっとした遊びのつもりだった。
 
 初対面の時から、グレイに好意を持たれていることにシアンは気づいていた。
 その時、ちょっとした出来心が生まれた。

(ちょっかいをかければ、簡単になびいてくれそうね。ふふ、退屈しのぎにちょうどいいかも)
 
 グレイは好みのタイプではなかったが、面白そうだったので声をかけることにした。
 適当に遊んでから捨てよう、そう考えていた。
 
 予想通り、グレイは簡単になびいた。
 
 二人きりで会って、食事やデートを何回も重ねていく。
 
 そうしていく度に、シアンの心には変化が生まれていた。
 
 グレイに対して、惹かれていったのだ。
 細かい気遣いや優しさに、シアンはときめきを感じていた。
 
 そしていつの間にか、心から好きになっていたのだ。

 だから、彼の婚約者になれた時は本当に嬉しかった。
 大好きな人との幸せな人生を送れることに、胸を弾ませていた。
 
 それなのに今は、こんなにも辛くて苦しい。
 
 
 午前の授業が終わり、ランチタイムの時間になった。
 
 教室を出たシアンは、三年B組へと向かう。
 そこは、グレイが在籍しているクラスだ。
 
(明日だけは、絶対に私と会ってもらうわ!)

 明日はシアンの誕生日。
 特別な意味を持つこの日を、何としてもグレイと一緒に過ごしたかった。
 
「私、一年のシアン・ルプドーラと申します。グレイ・ジグルド様を呼んでいただけますでしょうか?」
「ちょっと待ってて」

 入り口付近の女子生徒に声をかけると、快く引き受けてくれた。
 
 少しして、グレイがやって来る。
 
「少しお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ちょうどいい。僕も君に言っておきたいことがあったんだ」

 言っておきたいこととは、いったい何だろうか。
 少し気になったが、シアンは会話を続ける。

「ここで話すのも何ですし、移動しましょう」
「そうだね」

 教室から離れたシアンとグレイは、廊下の曲がり角まで移動した。
 
「まず、私からよろしいでしょうか」
「うん」
「グレイ様、明日は何の日かご存知ですか?」
「明日? 何かあったけ?」
「……やはり覚えていないのですね」

 何となくだが、そう言うんじゃないかと思っていた。
 でも実際に聞くと、かなり辛い気持ちになる。
 
「明日は私の誕生日です。お忘れですか?」
「ぁ……。えっと、もちろん覚えていたよ」

 しまった、という文字が、グレイの顔にはっきり浮かんでいる。
 あからさまな嘘だ。
 
 シアンは小さくため息を吐く。
 
「明日、私の家で誕生日パーティーを開きます。もちろん来てくれますよね?」

 語気を強め、有無を言わさない雰囲気を出す。
 
 しかし、グレイは首を横に振った。
 
「ごめん、明日はダメだ。もう予定がある」
「ダメです! 今度こそ絶対にダメです!」

 シアンは食い下がらない。
 
 必要なら、多少強引にでもグレイに来てもらう。
 一生に一度しかない十六歳の誕生日を一緒に過ごすため、そんな覚悟すらしていた。
 
「明日の用事は、本当に大事なんだ。僕の今後が決まる。でも、それは僕だけじゃない。シアンの今後もだ」
「……グレイ様と私の今後」

 今後という言葉を聞いて、盛っていたシアンの勢いは止まる。
 
 婚約者どうしでグレイとシアンの今後といえば、一つしかない。
 結婚して、夫婦となることだ。

「休み明け、君には大事なことを話すと思う。覚悟していて欲しい」
「は、はい!!」

(きっとプロポーズの話だわ!)

 シアンの心臓が高鳴る。
 火傷しそうなくらいに顔が熱い。
 
 学生のうちからプロポーズされるとは、なんてロマンティックな展開なのだろう。
 
 グレイの話は、最高のサプライズだった。
 
「それじゃ、また来週」

 去って行くグレイを、シアンは呼び止めなかった。
 
 明日は絶対一緒に過ごす、そんな覚悟を決めていたが、今はもうどうでも良い。
 プロポーズしてくれることが嬉しくて、それだけでシアンの頭はいっぱいになっていた。
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