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第一部 <リデンプション・ビギニング>
善良なれど心は怪物
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「ごああぁぁぁぁッ!」
リッテンハイムは一瞬で距離を詰め、殴りかかってきた。
飛び退いてかわそうにも、背後にはアレクセイ宅の壁があるので不可能。
故に、再度しゃがんで回避。
捉えたはずの標的を見失った拳は、目の前にあった壁に突撃し穴を開けた。
なんという剛腕。
アレクセイ宅の壁はレンガのようなもので作られている。
それに一撃で穴を開けるとは。
わかりきっていたことだが、接近戦はまずい。
俺は舌打ちして、リッテンハイムの股をくぐり抜けて脱出する。
足の速さには自信があるのだ。
全速力で突っ走り、奴から距離を──。
「伏せろッ!」
そんな声が聞こえた直後、銃声が鼓膜を激しく打った。
振り返ると、視界の端で須郷が拳銃を発射しているのが見えた。
彼女が撃ったのは、今まさに俺の頭を貫こうとしていた金の塊だった。
金塊は銃弾を受けて軌道を変え、近くの木をぶち抜いた。
大口径の銃で撃たれたような穴を開けた木は、穴のから徐々に金色に染まっていく。
俺は顔を引き攣らせながら、リッテンハイムを見た。
奴はこっちを振り返っており、ニタニタ笑っている。
彼の背中からは金色の触手のようなものがいくつも伸び、海中のイソギンチャクの如く踊っていた。
触手のうち1本がこっちに狙いをつけたかと思えば、先端がぷくっと膨れ上がる。
察した。
あれだ。
「遠距離の撃ち合いもできるってか……!」
俺は駆け出した。
直感が、やばいと言っているのだ。
木と木の間を縫うようにして駆け回る。
リッテンハイムの周りを円を描くようにして走る。
奴は容赦なく狙い撃ってきた。
金塊が、マシンガンのように襲ってくる。
とにかく、全力で駆けた。
体を捻ったり腰を低くしたりして、金塊を避けながらとにかく走った。
木々は次々に蜂の巣にされ、何本かがこっちに倒れてくる。
それも避けないといけないので、正直本当に勘弁してほしかった。
「そろそろ終わらせてやるッ!」
家の陰に回り込んだ時だった。
金塊マシンガンが止んだかと思えば、壁を突き破ってリッテンハイムが現れたのである。
「おおっ⁉︎」
リッテンハイムの右腕が唸った。
この時ばかりは本当に、終わったかと思った。
しかし、運に見放されてはいなかったようだ。
足元に大量に散らばった葉っぱが、俺を助けてくれたのだ。
つるりと滑って、リッテンハイムの拳を回避。
奴の手は、空気を殴っていた。
「ラッキー……!」
神に感謝しながら、家の陰から這い出る。
すぐ近くで、須郷とミッチャーがアレクセイと戦っているのが見えた。
「次は仕留める!」
黄金の巨漢は、高々と拳を振り上げた。
今度こそ仕留める気だ。
ここで、須郷が動いた。
彼女は突然アレクセイの腕を掴み、引き寄せる。
「盾になれ」
そんな言葉と共に、突き飛ばす。
ほんの一瞬の出来事だ。
リッテンハイムのパンチが迫ってくる中、須郷の意思を悟った俺は、上半身を起こして、こちらに倒れ込んできたアレクセイの体を左手で掴んで引っ張る。
そして、俺の体に重ね合わせるように倒れ込ませ、背中に銃口を突きつけた。
情けない声を上げる哀れな木こりは、リッテンハイムの金の拳から俺を守る盾となったのだ。
「……ッ!」
振り下ろされた拳は、木こりの目と鼻の先で止まり、リッテンハイムの肌は元の褐色に戻っていく。
その隙を、俺は見逃さなかった。
「連射返しだ」
右手で小銃の引き金を引いた。
木こりを貫いた銃弾は、そのままリッテンハイムの体をも貫く。
連続で響く銃声。
俺の体は返り血で染まった。
弾丸1つ1つがリッテンハイムの強靭な体に穴を掘り、肉を破壊し、背中を突き破る。
血の雨が、俺と木こりに降り注いだ。
向こうには、木こりの腹から銃弾が飛び出してきているように見えているのだろうか。
「アアアアァァァァァァッ!」
凄まじい叫びと共に吐血し、リッテンハイムは倒れた。
腹部をぐちゃぐちゃにされた木こりをどかし、俺は奴に歩み寄る。
「……」
仰向けに倒れたリッテンハイムは、もはや虫の息だ。
もう戦うことはできない。
「…………どう……して……」
「どうして?」
「お前は……本当の悪魔だ…………」
喘ぎながら、奴は睨んでくる。
俺はそんな彼を、哀れみの目で見つめることしかできなかった。
「そうだな。俺は悪魔で怪物だ。でも、そうなってもいいって思ってしまったんだから仕方ねえだろ」
返事を待たず、俺は奴の頭部を撃ち抜く。
今度こそリッテンハイムは動かなくなった。
俺はしばらくの間、男の死体と向き合っていた。
まだ生きようとする意思を象徴するかのように、両目はカッと見開かれたままであった。
「……驚いたな」
気づけば、背後に須郷が立っていた。
「それほどまでに、帰還の意思は強いのか」
「……ああ。強い。帰りたい。そのためなら何にでもなるし何でもやってやる。どんな策を講じてでも、どんな奴を敵に回しても、俺はやり遂げる」
「……」
「阻むなら誰でも殺してやる。射殺、撲殺、何でもいい。排除するだけだ」
須郷はフンと鼻を鳴らして、死体の側に屈み込んだ。
それからナイフを取り出すと、リッテンハイムの胸部に突き立てる。
俺はその様子を直視したまま、須郷の言葉を耳に入れていく。
「随分と自衛官らしくない考え方だな。後が怖いぞ」
「今の俺は自衛官じゃない。少なくとも、この場で自衛官を名乗るつもりはない」
リッテンハイムの血を指につけ、階級章に塗りたくる。
三等陸曹を示す階級章は、血の赤黒さに染められた。
「好き勝手にやったツケはいずれ払うさ。それまでは身勝手に暴れさせてもらう」
「……」
須郷はしばし黙った後、こう呟いた。
「お前は本当に怪物だな」
須郷はその後、リッテンハイムの体を持参していたナイフで裂き、心臓の近くに埋め込まれていた鍵の破片を摘出した。
血と肉に塗れたそれは、鍵の破片というよりただの金属片にしか見えなかった。
だが、須郷とミッチャーが問題ないというので大丈夫だろう。
彼女らの話では、鍵の破片を抜き取られた時点で、その人物の体は機能を停止する。
なので、どのみちリッテンハイムは死んでいたのだ。
2人の遺体は地中に埋められ、葬られた。
俺は少しの間手を合わせ、その場を後にしたのだった。
彼を殺したことに後悔はない。
仕方がなかったからだ。
俺が目的を果たすためにはこうするしかなかった。
こう思うのだ。
闘いは、より残虐になった方が勝つ。
非道を惜しまない方が勝つ。
そういうものだろう?
リッテンハイムは一瞬で距離を詰め、殴りかかってきた。
飛び退いてかわそうにも、背後にはアレクセイ宅の壁があるので不可能。
故に、再度しゃがんで回避。
捉えたはずの標的を見失った拳は、目の前にあった壁に突撃し穴を開けた。
なんという剛腕。
アレクセイ宅の壁はレンガのようなもので作られている。
それに一撃で穴を開けるとは。
わかりきっていたことだが、接近戦はまずい。
俺は舌打ちして、リッテンハイムの股をくぐり抜けて脱出する。
足の速さには自信があるのだ。
全速力で突っ走り、奴から距離を──。
「伏せろッ!」
そんな声が聞こえた直後、銃声が鼓膜を激しく打った。
振り返ると、視界の端で須郷が拳銃を発射しているのが見えた。
彼女が撃ったのは、今まさに俺の頭を貫こうとしていた金の塊だった。
金塊は銃弾を受けて軌道を変え、近くの木をぶち抜いた。
大口径の銃で撃たれたような穴を開けた木は、穴のから徐々に金色に染まっていく。
俺は顔を引き攣らせながら、リッテンハイムを見た。
奴はこっちを振り返っており、ニタニタ笑っている。
彼の背中からは金色の触手のようなものがいくつも伸び、海中のイソギンチャクの如く踊っていた。
触手のうち1本がこっちに狙いをつけたかと思えば、先端がぷくっと膨れ上がる。
察した。
あれだ。
「遠距離の撃ち合いもできるってか……!」
俺は駆け出した。
直感が、やばいと言っているのだ。
木と木の間を縫うようにして駆け回る。
リッテンハイムの周りを円を描くようにして走る。
奴は容赦なく狙い撃ってきた。
金塊が、マシンガンのように襲ってくる。
とにかく、全力で駆けた。
体を捻ったり腰を低くしたりして、金塊を避けながらとにかく走った。
木々は次々に蜂の巣にされ、何本かがこっちに倒れてくる。
それも避けないといけないので、正直本当に勘弁してほしかった。
「そろそろ終わらせてやるッ!」
家の陰に回り込んだ時だった。
金塊マシンガンが止んだかと思えば、壁を突き破ってリッテンハイムが現れたのである。
「おおっ⁉︎」
リッテンハイムの右腕が唸った。
この時ばかりは本当に、終わったかと思った。
しかし、運に見放されてはいなかったようだ。
足元に大量に散らばった葉っぱが、俺を助けてくれたのだ。
つるりと滑って、リッテンハイムの拳を回避。
奴の手は、空気を殴っていた。
「ラッキー……!」
神に感謝しながら、家の陰から這い出る。
すぐ近くで、須郷とミッチャーがアレクセイと戦っているのが見えた。
「次は仕留める!」
黄金の巨漢は、高々と拳を振り上げた。
今度こそ仕留める気だ。
ここで、須郷が動いた。
彼女は突然アレクセイの腕を掴み、引き寄せる。
「盾になれ」
そんな言葉と共に、突き飛ばす。
ほんの一瞬の出来事だ。
リッテンハイムのパンチが迫ってくる中、須郷の意思を悟った俺は、上半身を起こして、こちらに倒れ込んできたアレクセイの体を左手で掴んで引っ張る。
そして、俺の体に重ね合わせるように倒れ込ませ、背中に銃口を突きつけた。
情けない声を上げる哀れな木こりは、リッテンハイムの金の拳から俺を守る盾となったのだ。
「……ッ!」
振り下ろされた拳は、木こりの目と鼻の先で止まり、リッテンハイムの肌は元の褐色に戻っていく。
その隙を、俺は見逃さなかった。
「連射返しだ」
右手で小銃の引き金を引いた。
木こりを貫いた銃弾は、そのままリッテンハイムの体をも貫く。
連続で響く銃声。
俺の体は返り血で染まった。
弾丸1つ1つがリッテンハイムの強靭な体に穴を掘り、肉を破壊し、背中を突き破る。
血の雨が、俺と木こりに降り注いだ。
向こうには、木こりの腹から銃弾が飛び出してきているように見えているのだろうか。
「アアアアァァァァァァッ!」
凄まじい叫びと共に吐血し、リッテンハイムは倒れた。
腹部をぐちゃぐちゃにされた木こりをどかし、俺は奴に歩み寄る。
「……」
仰向けに倒れたリッテンハイムは、もはや虫の息だ。
もう戦うことはできない。
「…………どう……して……」
「どうして?」
「お前は……本当の悪魔だ…………」
喘ぎながら、奴は睨んでくる。
俺はそんな彼を、哀れみの目で見つめることしかできなかった。
「そうだな。俺は悪魔で怪物だ。でも、そうなってもいいって思ってしまったんだから仕方ねえだろ」
返事を待たず、俺は奴の頭部を撃ち抜く。
今度こそリッテンハイムは動かなくなった。
俺はしばらくの間、男の死体と向き合っていた。
まだ生きようとする意思を象徴するかのように、両目はカッと見開かれたままであった。
「……驚いたな」
気づけば、背後に須郷が立っていた。
「それほどまでに、帰還の意思は強いのか」
「……ああ。強い。帰りたい。そのためなら何にでもなるし何でもやってやる。どんな策を講じてでも、どんな奴を敵に回しても、俺はやり遂げる」
「……」
「阻むなら誰でも殺してやる。射殺、撲殺、何でもいい。排除するだけだ」
須郷はフンと鼻を鳴らして、死体の側に屈み込んだ。
それからナイフを取り出すと、リッテンハイムの胸部に突き立てる。
俺はその様子を直視したまま、須郷の言葉を耳に入れていく。
「随分と自衛官らしくない考え方だな。後が怖いぞ」
「今の俺は自衛官じゃない。少なくとも、この場で自衛官を名乗るつもりはない」
リッテンハイムの血を指につけ、階級章に塗りたくる。
三等陸曹を示す階級章は、血の赤黒さに染められた。
「好き勝手にやったツケはいずれ払うさ。それまでは身勝手に暴れさせてもらう」
「……」
須郷はしばし黙った後、こう呟いた。
「お前は本当に怪物だな」
須郷はその後、リッテンハイムの体を持参していたナイフで裂き、心臓の近くに埋め込まれていた鍵の破片を摘出した。
血と肉に塗れたそれは、鍵の破片というよりただの金属片にしか見えなかった。
だが、須郷とミッチャーが問題ないというので大丈夫だろう。
彼女らの話では、鍵の破片を抜き取られた時点で、その人物の体は機能を停止する。
なので、どのみちリッテンハイムは死んでいたのだ。
2人の遺体は地中に埋められ、葬られた。
俺は少しの間手を合わせ、その場を後にしたのだった。
彼を殺したことに後悔はない。
仕方がなかったからだ。
俺が目的を果たすためにはこうするしかなかった。
こう思うのだ。
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