キラーズ・リデンプション 〜剣と魔法の世界に、アイアンサイトは似合わない〜

エンタープライズ窪

文字の大きさ
上 下
19 / 19
第一部 <リデンプション・ビギニング>

善良なれど心は怪物

しおりを挟む
「ごああぁぁぁぁッ!」

 リッテンハイムは一瞬で距離を詰め、殴りかかってきた。

 飛び退いてかわそうにも、背後にはアレクセイ宅の壁があるので不可能。
 故に、再度しゃがんで回避。

 捉えたはずの標的を見失った拳は、目の前にあった壁に突撃し穴を開けた。

 なんという剛腕。
 アレクセイ宅の壁はレンガのようなもので作られている。

 それに一撃で穴を開けるとは。

 わかりきっていたことだが、接近戦はまずい。
 俺は舌打ちして、リッテンハイムの股をくぐり抜けて脱出する。

 足の速さには自信があるのだ。
 全速力で突っ走り、奴から距離を──。

「伏せろッ!」

 そんな声が聞こえた直後、銃声が鼓膜を激しく打った。

 振り返ると、視界の端で須郷が拳銃を発射しているのが見えた。
 彼女が撃ったのは、今まさに俺の頭を貫こうとしていた金の塊だった。

 金塊は銃弾を受けて軌道を変え、近くの木をぶち抜いた。
 大口径の銃で撃たれたような穴を開けた木は、穴のから徐々に金色に染まっていく。

 俺は顔を引き攣らせながら、リッテンハイムを見た。

 奴はこっちを振り返っており、ニタニタ笑っている。
 彼の背中からは金色の触手のようなものがいくつも伸び、海中のイソギンチャクの如く踊っていた。

 触手のうち1本がこっちに狙いをつけたかと思えば、先端がぷくっと膨れ上がる。

 察した。
 あれだ。

「遠距離の撃ち合いもできるってか……!」

 俺は駆け出した。
 直感が、やばいと言っているのだ。

 木と木の間を縫うようにして駆け回る。
 リッテンハイムの周りを円を描くようにして走る。

 奴は容赦なく狙い撃ってきた。

 金塊が、マシンガンのように襲ってくる。

 とにかく、全力で駆けた。
 体を捻ったり腰を低くしたりして、金塊を避けながらとにかく走った。

 木々は次々に蜂の巣にされ、何本かがこっちに倒れてくる。
 それも避けないといけないので、正直本当に勘弁してほしかった。

「そろそろ終わらせてやるッ!」

 家の陰に回り込んだ時だった。
 金塊マシンガンが止んだかと思えば、壁を突き破ってリッテンハイムが現れたのである。

「おおっ⁉︎」

 リッテンハイムの右腕が唸った。
 この時ばかりは本当に、終わったかと思った。

 しかし、運に見放されてはいなかったようだ。
 足元に大量に散らばった葉っぱが、俺を助けてくれたのだ。

 つるりと滑って、リッテンハイムの拳を回避。
 奴の手は、空気を殴っていた。

「ラッキー……!」

 神に感謝しながら、家の陰から這い出る。
 すぐ近くで、須郷とミッチャーがアレクセイと戦っているのが見えた。

「次は仕留める!」

 黄金の巨漢は、高々と拳を振り上げた。
 今度こそ仕留める気だ。

 ここで、須郷が動いた。
 彼女は突然アレクセイの腕を掴み、引き寄せる。

「盾になれ」

 そんな言葉と共に、突き飛ばす。

 ほんの一瞬の出来事だ。

 リッテンハイムのパンチが迫ってくる中、須郷の意思を悟った俺は、上半身を起こして、こちらに倒れ込んできたアレクセイの体を左手で掴んで引っ張る。

 そして、俺の体に重ね合わせるように倒れ込ませ、背中に銃口を突きつけた。

 情けない声を上げる哀れな木こりは、リッテンハイムの金の拳から俺を守る盾となったのだ。

「……ッ!」

 振り下ろされた拳は、木こりの目と鼻の先で止まり、リッテンハイムの肌は元の褐色に戻っていく。

 その隙を、俺は見逃さなかった。

「連射返しだ」

 右手で小銃の引き金を引いた。
 木こりを貫いた銃弾は、そのままリッテンハイムの体をも貫く。

 連続で響く銃声。
 俺の体は返り血で染まった。

 弾丸1つ1つがリッテンハイムの強靭な体に穴を掘り、肉を破壊し、背中を突き破る。
 血の雨が、俺と木こりに降り注いだ。

 向こうには、木こりの腹から銃弾が飛び出してきているように見えているのだろうか。

「アアアアァァァァァァッ!」

 凄まじい叫びと共に吐血し、リッテンハイムは倒れた。

 腹部をぐちゃぐちゃにされた木こりをどかし、俺は奴に歩み寄る。

「……」

 仰向けに倒れたリッテンハイムは、もはや虫の息だ。
 もう戦うことはできない。

「…………どう……して……」

「どうして?」

「お前は……本当の悪魔だ…………」

 喘ぎながら、奴は睨んでくる。
 俺はそんな彼を、哀れみの目で見つめることしかできなかった。

「そうだな。俺は悪魔で怪物だ。でも、そうなってもいいって思ってしまったんだから仕方ねえだろ」

 返事を待たず、俺は奴の頭部を撃ち抜く。
 今度こそリッテンハイムは動かなくなった。

 俺はしばらくの間、男の死体と向き合っていた。
 まだ生きようとする意思を象徴するかのように、両目はカッと見開かれたままであった。

「……驚いたな」

 気づけば、背後に須郷が立っていた。

「それほどまでに、帰還の意思は強いのか」

「……ああ。強い。帰りたい。そのためなら何にでもなるし何でもやってやる。どんな策を講じてでも、どんな奴を敵に回しても、俺はやり遂げる」

「……」

「阻むなら誰でも殺してやる。射殺、撲殺、何でもいい。排除するだけだ」

 須郷はフンと鼻を鳴らして、死体の側に屈み込んだ。
 それからナイフを取り出すと、リッテンハイムの胸部に突き立てる。

 俺はその様子を直視したまま、須郷の言葉を耳に入れていく。

「随分と自衛官らしくない考え方だな。後が怖いぞ」

「今の俺は自衛官じゃない。少なくとも、この場で自衛官を名乗るつもりはない」

 リッテンハイムの血を指につけ、階級章に塗りたくる。

 三等陸曹を示す階級章は、血の赤黒さに染められた。

「好き勝手にやったツケはいずれ払うさ。それまでは身勝手に暴れさせてもらう」

「……」

 須郷はしばし黙った後、こう呟いた。

「お前は本当に怪物だな」



 須郷はその後、リッテンハイムの体を持参していたナイフで裂き、心臓の近くに埋め込まれていた鍵の破片を摘出した。

 血と肉に塗れたそれは、鍵の破片というよりただの金属片にしか見えなかった。

 だが、須郷とミッチャーが問題ないというので大丈夫だろう。

 彼女らの話では、鍵の破片を抜き取られた時点で、その人物の体は機能を停止する。
 なので、どのみちリッテンハイムは死んでいたのだ。

 2人の遺体は地中に埋められ、葬られた。
 俺は少しの間手を合わせ、その場を後にしたのだった。



 彼を殺したことに後悔はない。
 仕方がなかったからだ。

 俺が目的を果たすためにはこうするしかなかった。

 こう思うのだ。
 闘いは、より残虐になった方が勝つ。
 非道を惜しまない方が勝つ。
 そういうものだろう?
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

平和国家異世界へ―日本の受難―

あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。 それから数年後の2035年、8月。 日本は異世界に転移した。 帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。 総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる―― 何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。 質問などは感想に書いていただけると、返信します。 毎日投稿します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...