キラーズ・リデンプション 〜剣と魔法の世界に、アイアンサイトは似合わない〜

エンタープライズ窪

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第一部 <リデンプション・ビギニング>

みんなのブルックリン

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 ★★★★★★



「……」

 須郷は呆れているのか驚いているのか判別のつかない顔でこっちを見ていた。

 理由は簡単。
 俺が見知らぬ大男と一緒にいるからだ。

「……まさか、そいつがリッテンハイムなどと抜かすんじゃないだろうな?」

「そこまで目は腐ってねえよ」

 こいつがリッテンハイム?
 似顔絵とまるで違うのに?

 冗談だとしてもつまらんぞ?

 俺は男を指し示して軽く紹介する。

「彼はブルックリン。チンピラに絡まれてたところを助けてくれた人だ」

 眉をひそめる須郷に、ブルックリンも名乗る。

「そう、おいらはブルックリン。みんなのブルックリンさ。彼はマナーのなっていない冒険者に襲われていたので、おいらが助けた」

「そんで、簡単に事情を話したら探すのを手伝ってくれるって。いい人だろ?」

 えっへんと胸を張るブルックリン。
 須郷が深々と嘆息するのが聞こえた。

「まさか、そんなことを言うためだけに私のところに来たのか?」

「違う。断じて違う。たまたますれ違っただけだ」

 俺の弁解を無視して須郷は言った。

「役に立つのか?」

「ああ。だろ?」

 ブルックリンは激しく頷いた。

「おいらはみんなのブルックリン。この住宅街みんなが家族さ。人探しならどんと任せたまえ」

「というわけだ」

「君らがリッテンハイムさんに何の用があるのかは知らねえけど、おいらも力を貸すよ」

「頼もしいぜ全くゥ!」

「「へェェェェい!」」

 両者、満面の笑みでハイタッチ。
 それを見つめる須郷の視線は南極の空気のように冷え切っていた。

「……ま、まあ捜索が捗るなら文句は言わない」

「ならお口チャックで。それでは」

「……」

 須郷を残して、俺達は歩き出す。
 またしても背中に彼女の視線が突き刺さってくるが、先程とは込められた感情が違うように思えた。



 このブルックリンという男、を自称するだけのことはあり、住宅街の人々に顔が効くようだった。

 ブルックリンと行動し始めてから街の人々はかなり協力的になり、向こうから話しかけてくるようになった。

「やあ、ブルックリンさん。今日もいい筋肉だね」

「ミーツさんも若返ったんじゃないか?」

「あらやだぁ、お上手ねえ……」

 こんな具合に。
 そして彼は、通行人との雑談の中でさりげなく尋ねるのだ。

「ところで、リッテンハイムさんはどこに?」

「え? ああ、あの人ね。今日はアレクセイさんの家に泊まるって言ってたけど」

「アレクセイさんか。わかった、感謝するよ」

 こんな感じで。
 お陰で、捜索はかなり楽になった。

 何人かに話を聞いたところ、リッテンハイムはアレクセイという人物の家にいるということが決定的になった。

 少し歩かなければならないというので、俺はブルックリンに話しかけてみることにした。

「なあ、ブルックリン」

「ん?」

「改めて礼を言うよ。さっきはありがとう」

 彼はにこりと笑った。

「気にするな。おいらは人の役に立つのが好きなんだ。君の役に立てたようで嬉しく思うよ」

「そうか。いつかお返しをさせてくれないか? 今は何も持っていない、つまり何もできないからさ」

「あっはっは。人助けに対価はいらんよ。無償でいいよさ、こういうのは」

 俺と同じことを言っている。
 何だか微笑ましくなった。

「偽善なんて言われても構わないさ。おいらは誰かを助けたい。知らない人に偽善者と罵られてもこの思いは変わらないよ」

「……良いやつだな」

「よしてよ」

 ブルックリンはそう言って笑った。
 俺もつられて笑い出す。
 男2人、実に清々しい気分で笑い合った。

 アレクセイの家までは距離がある。
 到着まで、もう少しこの男と語らおうと思う。



 ★★★★★★



 一方、須郷綾音は1人で聞き込みを続けていた。

 こういった調査はお手のものだ。
 行き交う人々から、ちょっとした違和感も逃さず耳に入れ、脳内に書き込む。

 それを繰り返すことで、少しずつ真実に前進していくのだ。

 違和感。
 そう、違和感だ。

 街の人々は、リッテンハイムのことを尋ねられると、あからさまに話を逸らすのだ。

 全員グルなのではないかと疑いの目を向けるくらいには不自然であった。

 今話している女もそんな感じだ。
 リッテンハイムの話題を出した瞬間に政治批判を始めたのである。

「そ、それじゃあね!」

 罵詈雑言を吐きまくって満足したのか、女はそそくさとどこかに行ってしまった。

「……」

 埒があかない。
 須郷の心はぐつぐつと煮え始めている。

 だが、短気は損気。
 すぐに沸騰石を入れるために深呼吸。

 すると。

「ス、スゴウの姉御ぉ!」

 正面から誰か走ってくる。
 よく見ると、ミッチャーだった。

「完全にあたしのミスだ! 渡しそびれてたんだ!」

 そんなことを叫びながら、こっちに駆け寄ってきた。
 目の前で急停止し、肩どころではなく全身で息をするミッチャーに、須郷は静かに訊いた。

「落ち着いて話せ。何があった」

「完全にこっちのミスなんだ! 許してくれ! 何でもするから!」

「だから落ち着け。どうしたんだ」

「リッテンハイムだよ!」

 ガバッと顔を上げるミッチャー。
 その迫真の表情に、須郷は若干たじろぐ。

「あの野郎、整形してやがるんだ!」

「は?」

「あたしらみたいな奴の追跡を逃れるために自分の真の顔を隠しやがったんだ! 言うのも忘れてたし、整形後の似顔絵も渡すのを忘れてたんだ! ああ、あたしはポンコツだよ! 好きに罵ってくれ姉御!」

 そう叫びながら、ミッチャーは鞄から似顔絵の描かれた紙を取り出し、須郷の眼前に突きつけた。

「……! こいつは!」

「はえ?」

 似顔絵に描かれた男。

 でかい鼻と小さな目。
 長めの黒髪。



 木佐岡利也と一緒にいたあの男、ブルックリンだった。
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