キラーズ・リデンプション 〜剣と魔法の世界に、アイアンサイトは似合わない〜

エンタープライズ窪

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第一部 <リデンプション・ビギニング>

有能(?)情報屋ミッチャー

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 トゥピラ達に絡んでいた冒険者は去った。
 野次っていた連中も、俺のひと睨みでそっぽを向いて食事に戻ってしまう。

 ひとまず沈静化したことに安堵しつつ、俺はマーティンに声をかけた。

「大丈夫か? 火傷とかしてないか?」

「うん。僕は大丈夫」

 彼の笑顔は、俺の胸を撫で下ろさせるには十分であった。

「お前らも怪我してないか?」

 これはトゥピラやゾーリンゲンらに対する問いである。

 彼らからは問題なしとの回答を得た。

「ところで、トシヤはどうしてここに?」

「須郷だよ。あいつが俺を冒険者ギルドまで引っ張ってきたんだ。会わせたい奴がいるとかなんとかで。そしたら騒ぎが起きてて……」

「なるほどね……」

 相槌を打ったところで、背後から肩を叩かれて振り返る。

 いつもの無感情な表情とは打って変わり、薄い笑いを浮かべる須郷がいた。

「なかなか面白い喧嘩だったな」

「へーへー。お褒めに預かり光栄の至りでござりまする」

 須郷の笑みが引っ込んだ。

「揶揄っているわけではないんだがな……。そんなことより、さっさと行くぞ。冒険者と戦いに来たわけでも無駄話をしに来たわけでもないんだ」

「わかった、わかった、わかりましたよ。……そんじゃ、また後でな」

 先に歩き出した須郷を追って走り出す直前、俺はトゥピラ達を振り返ってそれだけ言い残す。

 彼らの返事を待つことなく、俺は須郷に向けて駆け出した。

 背中に、ゴアンスの野太い「あいがとなぁ」という声がぶつかってきた。



 須郷に案内されたのは、食堂の奥にある談話用の個室だった。

 壁にいくつもの扉が並んでつけられており、窓は一切見当たらない。

 いくつかの扉の向こうからは、冒険者が談笑する声が聞こえてくる。

「今日、奴がいるのは083号室だったな」

「誰がいる?」

「協力者だ。"鍵の関係者"を探すためのな」

 なるほど、俺達2人だけで闇雲に探し回るなんてアホなことはしないわけだ。

 俺が勝手に感心している中、須郷は083号室のドアをノックした。
 それに応えるように、中から女の声がする。

「黄金船は?」

「120億を沈めた」

 須郷が答える。
 合言葉のようなものだと俺は判断し、黙って聞いていた。

「特別な週に?」

「総大将は追随を許さず」

「大復活の?」

「東海道」

「ジンよりも?」

「ウォッカは疾風のごとく」

「入りな」

 須郷はドアを開けて、中に踏み込んでいく。
 その背中に俺は問うた。

「須郷さん、あんたギャンブル好きだろ?」

「さあ?」

 要領を得ないまま、俺も部屋の中に入り、ドアを閉めた。

「おう、連れてきたか」

「黒鯨の連中が強襲したおかげで、意外と早く飲み込んでくれた」

「あいつらも頑張ってるなあ。いやあ、あたしらも負けてられないな」

 狭い部屋の中には右側の壁にくっつけて設置された四角いテーブルと、計4つの小さな丸椅子が置かれている。
 テーブルの奥の椅子に、銀髪の女が座っていた。

 薄い革鎧を着用し、手足はなかなかにごつい。
 それでも顔は整っており、透き通るような青い瞳を持っている。

 ただし、彼女からは男勝りのオーラが放たれていた。
 ひと言で言うならオラオラ系だ。

「あんたがキサオカさんだね。話をしたいからそこに座り……んん?」

 突然、女がその場で固まった。
 かと思えば、俺の顔を眉間に皺を寄せて見つめてくる。

「なんだよ、人の顔をジロジロと……」

「あーっ! お前はあの時の家無し!」

「はい? どこかで会ったか?」

「会っただろ! 食い物やったろ!」

 唐突に、異世界に来たばかりの頃を思い出した。
 偶然近くを通りかかった女が、しょっぱい食べ物をくれたはずだ。

 そういや、この女の顔にも見覚えが……。

「おあぁーっ! あの時の女冒険者か!」

「あの時やった果物どうだった! あたしの実家で作ってんだよ! 感想をクッソ正直に言ってくれ!」

「クッソ不味かった!」

「クッソ野郎がぁぁ!」

 強烈な台パンが炸裂する。
 テーブルにヒビが入ったほどだ。

「くだらないことやってないで、さっさと話を始めろ」

 須郷だけが冷静だった。



 さて、全員席に着いたところで、須郷が不貞腐れている女を紹介してくれた。

「彼女はミッチャー。ただし本名ではない。諜報活動を行っている関係で、私にも本名を伝えたがらたいんだ」

「スパイか?」

「そんなものだと思ってくれていい」

 俺は彼女に問いかけた。

「あのー、そういう認識で大丈夫か?」

「……構わねーよ」

 まだブー垂れてやがる。
 とりあえず質問を続けてみる。

「腕の方は?」

「……どう思う?」

「三流」

「泣くぞ」

「じゃあ一流」

 途端に、ミッチャーは再び台パンした。

 先程とは違い、目がキラッキラに輝いている。

「そう! あたしは腕利きの情報屋さ! 知りたいことがあればなんでも聞きな! 極秘に調べて極秘に報告してやるよ! ただし、あたしの素性は一切明かせないからそこは注意な」

「実家が農家ってことをちゃっかり公開した件についてはツッこむべきか?」

「泣くぞ」

 再びブー垂れてしまった。

 代わりに、須郷が言葉を続ける。

「彼女の腕は確かだ。普段はこんなだが、頼めばどんな情報も仕入れてくる。一流の諜報員だよ」

「うう、あんただけだよスゴウの姉御ぉ……。もっとそうやって褒めてくれよお……」

「後でな。……彼女とは遠くの街で出会った。その時から色々と協力してもらっている。それから、ミッチャーに隠し事は不要だ。例えば、この世界出身ではないこととか」

「……はい?」

 思わず変な声が出た。

「既に私もここ出身ではないと明かしている。全部終わったら、こいつを現代日本に連れて行くことを条件に協力しているんだ」

「はあ……」

 ミッチャーが、机を指でコツコツ叩きながらふふんと笑う。

「あたしはガゼとマジの情報を嗅ぎ分けるのが得意でね。スゴウの姉御の話からはがしたんだよ。つか、そろそろ本題に入らねーか、姉御」

「そうだな。調べてわかったことを話してくれ」

 俺は表情を引き締めて、ミッチャーの言葉に耳を傾ける。
 彼女の口から出てくるであろうトンデモ情報を聞き逃すまいとするためだ。

「エバーグリーンとターコイズブルーに王都周辺を調べさせた。少なくとも王都に2人、鍵の関係者がいる」

「2人か。もっといると思ったんだが……」

「逃れた奴もいるみたいだからな。何しろいろんな奴らが追手を出してるんだ。逃げたくもなるさ。それはあんたも同じだよ。すげえ根性してやがるぜホントに」

「褒めるな。それにしても、2人か……」

「ちょっと待て。お前ら、俺を置いてかないでくれないか。結局のところ、鍵の関係者ってなんだ?」

 女達は同時に俺の顔を見てきた。

 ミッチャーがこほんと咳払い。

「そっか。てっきり姉御が説明していたものだと……。とにかく説明する。この世界には、こっちとあんたらの世界を繋げる穴があるんだ。それがどこにあるのかはあたしにもわからない。ただ確実なのは、その穴を通れるようにするための鍵が何者かに壊されて、2度と開かなくなっちまったってことだ」

「それじゃあ、詰みなんじゃねえの?」

「ところがな、破壊された鍵は15個の破片に分裂し、各地に散らばった。そして、選ばれた15人の体の中に入り込んだんだ。鍵の破片が入り込んだ15人は他人が身につけられないような不思議な力が手に入ったらしいぜ」

 須郷が言葉を引き継ぐ。

「私達の目的は、鍵の関係者を全て見つけて、体内の破片を手に入れることだ。殺してもいい。破片が壊れさえしなければどれだけ弾丸をぶち込んでも構わない。やってくれるよな?」

「…………それが帰れる方法なんだな?」

「ああ」

「俺の親友については?」

「じきに話す。約束する」

 俺の目的は帰還だ。
 日本に帰って、友達と共にいつも通りの平和な日常を過ごすことだ。

 俺を突き動かすのは未練だ。

 引き金を引かせるのは執着だ。

 死という絶対に崩せぬ壁を壊せるのだというのなら、何者にでもなってやる。

 悪魔。
 暴君。
 邪神。

 そう、何にでもだ。

 俺は、本気だ。

「いいよ、やってやるよ。腹くくってやる。帰るためなら誰だろうが殺す。なんだってやってやる」

 須郷は満足げに頷き、ミッチャーは「なあ、お前の顔、怖いぜ……?」とだけ言ってきた。
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