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第一部 <リデンプション・ビギニング>
冒険者ギルドへ行く
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★★★★★★
冒険者。
軍や貴族の私兵とは別の武装組織である。
この武装集団は各地に支部を建設し、俺が世界を救う勇者であると言わんばかりのでかい顔でふんぞりかえっているのだ。
実態はただの荒くれ者集団で、普段はだらしなく酒を飲み駄弁ってばかりいる役立たず。
仲間同士の争いも絶えず、純粋な心で階級の高い冒険者に憧れた子供は深く絶望する。
だがしかし、いざ仕事となれば人殺しも躊躇わない。
なぜなら、金になるから。
軍は冒険者を駒として使う一方、危険視している。
高ランクの冒険者が勝手に国境に移動しようものなら国際問題になりかねない。
それに、反乱でも起こされれば鎮圧に手を焼くことは間違いないのだ。
軍は冒険者ギルドに軍人を配置し、動向を逐一報告させることで冒険者を監視している。
そして、今まで軍が行っていた任務の一部を冒険者に押し付けることで負担を軽減しているのである。
冒険者側はこれに文句こそ言うが、この関係が崩れた時どうなるかわかっているので、行動には起こさない。
せいぜい、酒盛りの愚痴大会のネタにするくらいだ。
各地に支部があると言ったが、王都には2つの支部と、その他全ての支部を統括する本部がある。
トゥピラはその本部に所属する冒険者だ。
ゾーリンゲンやマーティンらのパーティメンバーも同様である。
そんな彼女達は、ギルド本部の食堂で丸テーブルを囲んでいた。
朝食だ。
各メンバーの前には安物のサラダが盛り付けられた皿が置かれている。
仕方がないのだ。
なにしろ、稼ぎが少ないのだから。
夕飯くらいは多少弾ませたりはするが、最近は厳しくなりつつある。
しかも、最近は緑色の同居人も増えてしまった。
生活費のやり繰りに日々苦労しているのが、トゥピラのパーティである。
「……それじゃ、食べますか」
「「「捧げられた生命が天上に召されることをここに祈って」」」
命に感謝を捧げてから、5人はサラダを口に運ぶ。
パリッ。
しゃりしゃり。
野菜。
それ以外の感想がない。
プロの批評家は間違いなく点数すらつけないだろう。
仕方がないのだ。
何しろ、稼げないのだから。
収入が少ないのだから。
「……あのさあ、トゥピラ」
マーティンが言った。
「ん?」
「トゥピラは辞めたいと思わないの? 僕は正直、ちょっと思ってる。命かけてる割には入ってくるお金は少ないし、それに嫌がらせのおまけつき」
「まあねー。私もうんざりしてるわ」
「なら……」
「でも、ここで逃げたらますます笑われるだけだって思うの」
トゥピラの緑色の瞳は、エルフの少年を捉えて離さない。
柔らかいが、何も言わせない力を持っている視線。
「それは嫌だし、自分から冒険者になったんだから最後までやらないとね」
「それは、まあ……」
と、ここでゾーリンゲンがサラダの混ざった唾を飛ばしながらトゥピラに加勢した。
彼女が「汚い」と漏らすのは完全スルーである。
「辞めるっつってもよお、何すんだ? 曲芸師でもやんのかよ? それとも商人でもやんのか? マジでやめとけ」
「……うん。ごめん、変なこと言った」
「わかりゃいいんだよ、わかりゃあ」
ゾーリンゲンはそう言って、ちらと背後を窺った。
近くのテーブルを囲む冒険者パーティが、こっちを見てくる。
その顔には、決して好意的ではない笑みが貼り付けられていた。
ゾーリンゲンは舌打ちして視線を逸らす。
「……気色悪いったらありゃしねえぜ」
初めてキサオカ・トシヤと出会った日にトゥピラが語ったように、この5人組パーティは他の冒険者達から嫌悪感を向けられている。
理由は理不尽といえば理不尽だが、妥当とも言い切れてしまう、結局理不尽な理由だった。
嫌悪感は人を先鋭化させ、罪に走らせる。
足を引っ掛けたり陰口を叩くなどといった小さなものから、恫喝や暴行にまで彼らは及んでいる。
ギルドの職員に訴えても、内ゲバはよくあることだと言うばかりでまともに取り合ってくれない。
彼女らの業績不振は、この嫌がらせが原因でもあった。
「……」
マーティンが何かに気づいて、隣のトゥピラの袖を引っ張る。
さっきのとは別の冒険者パーティが、こっちに歩いてきていた。
手にしているのは、もくもくと湯気が立ち上るスープ用のカップ。
彼らはこちらをちらちらと窺いながら、ぺちゃくちゃ喋っている。
「……イヤーな予感」
「私も……」
トゥピラ、ゾーリンゲン、マーティンは身構えるが、ゴアンスとウィルだけは全く関心を示さずに無言でサラダを取り合っていた。
この2人は前々からこんな感じだ。
嫌がらせを完全に無視している。
連中が、トゥピラ達の囲むテーブルの真横を通り過ぎようとした瞬間。
「おっとォ」
1人の冒険者がわざとらしくよろけた。
熱々のスープが暴れるようにカップを飛び出したかと思えば、容赦なくマーティンの頭に降りかかる。
「熱っ……!」
どっと笑いが起こった。
周囲の連中が、みんな笑っている。
流石のゴアンスとウィルも取り合いをやめて、スープをぶちまけた男を睨みつける。
「テメェ! このゲロドベ野郎が! チビ助に何しやがる!」
ゾーリンゲンがバッと立ち上がり、男の胸ぐらを掴んだ。
当の男はへらへらするだけで、取り巻きの男女もニタニタ笑いを隠さない。
「おいおい、スープより熱くなるなって。事故だろ、事故」
「この野郎……!」
「それよりも、こぼしちまったからスープ奢ってくれ。好物なんだよ。せっかく飲むの楽しみにしてたのになぁ……」
「そうだ、奢れ!」
「お前らのせいでこぼれたんだろ!」
「ゲベカスがよ!」
傍観者達からヤジが飛んでくる。
ゾーリンゲンは舌打ちして男から手を離す。
マーティンの頭を拭いてやっているトゥピラも、居心地が悪くなって俯く。
小柄な体がさらに小さくなったように見える。
毎日、こんな調子だ。
でも、ここに来ないといけない。
だって……これは贖いだから。
「おい! なんだあいつ!」
食堂の喧騒は、1人の冒険者の声によって唐突に終わった。
皆が、入り口を一斉に見た。
トゥピラも顔を上げて、入り口の方を見る。
──一瞬で目を逸らした。
なぜかって?
同居人が立っていたから。
ゾーリンゲンから借りた服ではなく、初めて会った時のおかしな服を着た男がそこにいたから。
キサオカ・トシヤは静まり返った食堂を見回して、嘆息する。
「ったく、あの女……。置き手紙の意味よ……」
キサオカはトゥピラの姿を認めると、ひょいと片手を挙げた。
「よう。いつもは留守番だけど今日は来てやったぞ」
トゥピラは目は合わせない。
向こうを見ようともしない。
ハンカチを押し当てているマーティンを机の下に押し込み、さらに深く俯いてみせる。
トゥピラとしては、彼が自分の知り合いであると知られるのはまずい。
ほぼ確定で巻き込んでしまう。
他人のふりをするのよ!
他人のふり!
「見ねえ顔だな。それにイかれたファッションだ」
先ほど声を上げた男が彼に詰め寄っていく。
キサオカは特に怒ることもなく、かといって無視するわけでもなかった。
冷静な口調で、男に言い放つ。
「最近越してきたダイナマイトブレーンですよ」
「だ、だいなまい……?」
マジで何言ってんのあの人?
脳なしゴブリンよりも言ってることめちゃくちゃなんだけど!
男は黙って引き下がり、それを確認したキサオカはこっちに近づいてきた。
「どんな朝食なんだ? え?」
こ、こっち来んなっての!
トゥピラは必死に祈りを捧げるも、見えざる手は理不尽にもキサオカの足をこちらに向かわせる。
「サラダねえ。質素倹約か? いいことだ」
おおおい、それ以上何も言わないでえ……!
お願いだからあ……。
「よう緑。なんか機嫌悪そうだな」
「そう見えるかね、ゾーリンゲン君」
この馬鹿ゾーリがぁ!
怒声をなんとか堪えるトゥピラであった。
スープをぶちまけた男が、キサオカに問う。
「……知り合いか?」
「うん」
あ、終わった。
がくりと崩れ落ちるトゥピラを睨みながら、マーティンが机の下から這い出てきた。
「どうした、びしょ濡れじゃないか」
「うん、ちょっとね」
キサオカはマーティンと、男が持っている空のカップを交互に見比べる。
スープの滴る少年と、ぽとぽととスープの雫がこぼれ落ちるカップ。
見比べをやめたと思ったら、腕を組んでうんうん唸り始めた。
「……」
「…………」
無言で皆が見守る中、キサオカはついに結論を出す。
「なるほど。あんた、やったな?」
★★★★★★
静かだった食堂が、さらにしいんと静まり返ったように感じた。
俺の前にいるのは、恐らくマーティンにスープをひっかけたクソッタレ。
火傷したらどうするんだ、というのが俺の本音だ。
倫理的に終わっているし、そもそも法に触れるのではないか。
ここで思い出す。
前にトゥピラは言っていた。
嫌がらせを受けていると。
自身が嫌われ者であると。
「その感じじゃあ、お前が前にニブラとスコールを叩きのめしたっていう家無し野郎だな? このグズ共の家に転がり込んだか、タコが」
沈黙の後、男はそう言った。
背後に控える若い男女もこっちを睨んでくる。
「やぁれやれ、この王都にまだ馬鹿が残っていたなんてな。いや、最近越して来たんだったな。なら覚えとけ。このゴミカス共からは楽しく生きる権利が没収されてんだよ。当然、誰かと仲良くするのも禁止だ」
「そいつは酷い。可哀想とか思わないのか」
「思わんな。よく聞け、ネズ公の糞尿が主食の社会悪。こいつらはギルドの癌だ。俺達が摘出してやってんのさ。お前は癌細胞の増殖を補助すんのか? つか、テメェが癌細胞になる気か?」
癌細胞というものがこっちにもあることは置いておいて。
俺は負けじと言い返す。
「そりゃ、医者が無能だな。癌は果たしてどっちなのやら」
「マックスさんを疑うのかよ?」
「そのマックスさんとやらが何者かは知らんが、俺は公然と疑ってやるね。誤診もいいところだ」
「あぁ?」
「とにかくな、俺は同居人を癌細胞呼ばわりされたら烈火の如く反抗する。お前が公園の小僧よりもたくさん小便漏らしながら吠え面晒すくらいにはな」
「……マジか、こいつ」
そう言うがはやいか、男はカップを投げつけてきた。
投げつけてきたとわかったのは、カップが突然目の前に出現し、それを回避してからのことである。
投げが速い。
まるで見えなかった。
だが、これは明確な敵対行為だ。
撃ち抜いてやろうかと思ったが、銃は須郷に取られている。
その須郷は入り口から顔を覗かせてこっちを窺っていやがる。
ムカつく女だ。
「舐め腐ってんじゃねえぞくっせえホームレスが。いいぜ、テメェも癌細胞だ!」
汚い言葉を喚き散らしながら、男が近づいてくる。
「と、トシヤ! 逃げて! 本気で逃げて!」
トゥピラが叫ぶ。
ようやくこっちを見てくれた。
男が拳を振り上げる気配がするが、俺はトゥピラと目を合わせたままだった。
「心配はいらんよ、トゥピラ」
「排除だクソッタリャァ!」
「トシヤぁ!」
パンチが繰り出された瞬間、俺は男の方を振り返った。
目と目が合ったほんの一瞬、向こうが目を見開くのがわかった。
直後、俺の両手が男のストレートを受け止めていた。
かなりの力で、腕が折れたかと思ってしまうほどだ。
それでも俺はなんとか受け止めた。
勢いを殺害して、止めたのだ。
「……はい?」
「射撃だけじゃないんだよ」
呆然とする男に、チョキの形を作った俺の右手が飛ぶ。
2本の指は綺麗に向こうの両目に入った。
「おおおおお!」
「ケッ……!」
両目を押さえて蹲る男。
俺は容赦なく頭に蹴りを入れた。
仲間達の足元に男は吹き飛んでいく。
「り、リーダー!」
「や、やりやがったな害悪が!」
取り巻きの2人は、男とは違って武器を取り出した。
女が短刀で、男はロングソード。
事態はさらに面倒なことになるかに思われた。
が、そうはならなかった。
「そこまで」
俺と向こうの間に、何者かが突き出した剣の刃が割って入ってきたのだ。
剣を持っているのは、黒髪の青年だった。
煌びやかな白い鎧を身に纏ったそいつは、半笑いを浮かべながらこっちを見ている。
背丈は185センチの俺よりも少し低いくらいだ。
奴の突き出した剣は一切震えていない。
腕をピンと伸ばしたまま、その状態を維持している。
爽やかな顔つきとは裏腹に、発せられるオーラは野蛮そのもの。
危険な男だと瞬時に判断し、俺はその冒険者と少し距離を取る。
「ま、マックスさん……!」
「お前がマックスさんか」
頷きが返ってくる。
なるほど、こいつが……。
「これ以上はやめな。職員どころか軍人がすっ飛んでくることになる」
「同意見だな。一旦終わるのが賢明だ」
「それと、賢いおっさん」
半笑いは崩れない。
マックスとやらは冷たく言い放つ。
「これとは関わらない方がもっと賢明だぜ?」
「それは無理な相談だ」
しばらくの間、沈黙が続く。
「……そうかい。そういうことか。わかったよ」
先に沈黙を破ったのはマックスの方だった。
マックスは剣を鞘に収め、今度こそ半笑いを消してこっちを見てきた。
「俺は優しいからな。悪い事は言わない。こいつらとは縁切れ。こいつらは雑魚で、みんなのヒーローを死なせた阿呆だ。こんな目に遭って当然なんだよ」
「気が合わないな。人を虐めていい理由はない。そして、虐められている人を助けるのにも理由はない。当然のことだ」
「はっ。話にならねえな」
マックスは背を向けて、人混みの中に消えていった。
「……あれが噂のマックスさん、ねえ」
さっきから空気だったトゥピラから頷きが返ってくる。
「なるほど、あれは敵に回したくないわ。どうしたもんかねえ……」
冒険者。
軍や貴族の私兵とは別の武装組織である。
この武装集団は各地に支部を建設し、俺が世界を救う勇者であると言わんばかりのでかい顔でふんぞりかえっているのだ。
実態はただの荒くれ者集団で、普段はだらしなく酒を飲み駄弁ってばかりいる役立たず。
仲間同士の争いも絶えず、純粋な心で階級の高い冒険者に憧れた子供は深く絶望する。
だがしかし、いざ仕事となれば人殺しも躊躇わない。
なぜなら、金になるから。
軍は冒険者を駒として使う一方、危険視している。
高ランクの冒険者が勝手に国境に移動しようものなら国際問題になりかねない。
それに、反乱でも起こされれば鎮圧に手を焼くことは間違いないのだ。
軍は冒険者ギルドに軍人を配置し、動向を逐一報告させることで冒険者を監視している。
そして、今まで軍が行っていた任務の一部を冒険者に押し付けることで負担を軽減しているのである。
冒険者側はこれに文句こそ言うが、この関係が崩れた時どうなるかわかっているので、行動には起こさない。
せいぜい、酒盛りの愚痴大会のネタにするくらいだ。
各地に支部があると言ったが、王都には2つの支部と、その他全ての支部を統括する本部がある。
トゥピラはその本部に所属する冒険者だ。
ゾーリンゲンやマーティンらのパーティメンバーも同様である。
そんな彼女達は、ギルド本部の食堂で丸テーブルを囲んでいた。
朝食だ。
各メンバーの前には安物のサラダが盛り付けられた皿が置かれている。
仕方がないのだ。
なにしろ、稼ぎが少ないのだから。
夕飯くらいは多少弾ませたりはするが、最近は厳しくなりつつある。
しかも、最近は緑色の同居人も増えてしまった。
生活費のやり繰りに日々苦労しているのが、トゥピラのパーティである。
「……それじゃ、食べますか」
「「「捧げられた生命が天上に召されることをここに祈って」」」
命に感謝を捧げてから、5人はサラダを口に運ぶ。
パリッ。
しゃりしゃり。
野菜。
それ以外の感想がない。
プロの批評家は間違いなく点数すらつけないだろう。
仕方がないのだ。
何しろ、稼げないのだから。
収入が少ないのだから。
「……あのさあ、トゥピラ」
マーティンが言った。
「ん?」
「トゥピラは辞めたいと思わないの? 僕は正直、ちょっと思ってる。命かけてる割には入ってくるお金は少ないし、それに嫌がらせのおまけつき」
「まあねー。私もうんざりしてるわ」
「なら……」
「でも、ここで逃げたらますます笑われるだけだって思うの」
トゥピラの緑色の瞳は、エルフの少年を捉えて離さない。
柔らかいが、何も言わせない力を持っている視線。
「それは嫌だし、自分から冒険者になったんだから最後までやらないとね」
「それは、まあ……」
と、ここでゾーリンゲンがサラダの混ざった唾を飛ばしながらトゥピラに加勢した。
彼女が「汚い」と漏らすのは完全スルーである。
「辞めるっつってもよお、何すんだ? 曲芸師でもやんのかよ? それとも商人でもやんのか? マジでやめとけ」
「……うん。ごめん、変なこと言った」
「わかりゃいいんだよ、わかりゃあ」
ゾーリンゲンはそう言って、ちらと背後を窺った。
近くのテーブルを囲む冒険者パーティが、こっちを見てくる。
その顔には、決して好意的ではない笑みが貼り付けられていた。
ゾーリンゲンは舌打ちして視線を逸らす。
「……気色悪いったらありゃしねえぜ」
初めてキサオカ・トシヤと出会った日にトゥピラが語ったように、この5人組パーティは他の冒険者達から嫌悪感を向けられている。
理由は理不尽といえば理不尽だが、妥当とも言い切れてしまう、結局理不尽な理由だった。
嫌悪感は人を先鋭化させ、罪に走らせる。
足を引っ掛けたり陰口を叩くなどといった小さなものから、恫喝や暴行にまで彼らは及んでいる。
ギルドの職員に訴えても、内ゲバはよくあることだと言うばかりでまともに取り合ってくれない。
彼女らの業績不振は、この嫌がらせが原因でもあった。
「……」
マーティンが何かに気づいて、隣のトゥピラの袖を引っ張る。
さっきのとは別の冒険者パーティが、こっちに歩いてきていた。
手にしているのは、もくもくと湯気が立ち上るスープ用のカップ。
彼らはこちらをちらちらと窺いながら、ぺちゃくちゃ喋っている。
「……イヤーな予感」
「私も……」
トゥピラ、ゾーリンゲン、マーティンは身構えるが、ゴアンスとウィルだけは全く関心を示さずに無言でサラダを取り合っていた。
この2人は前々からこんな感じだ。
嫌がらせを完全に無視している。
連中が、トゥピラ達の囲むテーブルの真横を通り過ぎようとした瞬間。
「おっとォ」
1人の冒険者がわざとらしくよろけた。
熱々のスープが暴れるようにカップを飛び出したかと思えば、容赦なくマーティンの頭に降りかかる。
「熱っ……!」
どっと笑いが起こった。
周囲の連中が、みんな笑っている。
流石のゴアンスとウィルも取り合いをやめて、スープをぶちまけた男を睨みつける。
「テメェ! このゲロドベ野郎が! チビ助に何しやがる!」
ゾーリンゲンがバッと立ち上がり、男の胸ぐらを掴んだ。
当の男はへらへらするだけで、取り巻きの男女もニタニタ笑いを隠さない。
「おいおい、スープより熱くなるなって。事故だろ、事故」
「この野郎……!」
「それよりも、こぼしちまったからスープ奢ってくれ。好物なんだよ。せっかく飲むの楽しみにしてたのになぁ……」
「そうだ、奢れ!」
「お前らのせいでこぼれたんだろ!」
「ゲベカスがよ!」
傍観者達からヤジが飛んでくる。
ゾーリンゲンは舌打ちして男から手を離す。
マーティンの頭を拭いてやっているトゥピラも、居心地が悪くなって俯く。
小柄な体がさらに小さくなったように見える。
毎日、こんな調子だ。
でも、ここに来ないといけない。
だって……これは贖いだから。
「おい! なんだあいつ!」
食堂の喧騒は、1人の冒険者の声によって唐突に終わった。
皆が、入り口を一斉に見た。
トゥピラも顔を上げて、入り口の方を見る。
──一瞬で目を逸らした。
なぜかって?
同居人が立っていたから。
ゾーリンゲンから借りた服ではなく、初めて会った時のおかしな服を着た男がそこにいたから。
キサオカ・トシヤは静まり返った食堂を見回して、嘆息する。
「ったく、あの女……。置き手紙の意味よ……」
キサオカはトゥピラの姿を認めると、ひょいと片手を挙げた。
「よう。いつもは留守番だけど今日は来てやったぞ」
トゥピラは目は合わせない。
向こうを見ようともしない。
ハンカチを押し当てているマーティンを机の下に押し込み、さらに深く俯いてみせる。
トゥピラとしては、彼が自分の知り合いであると知られるのはまずい。
ほぼ確定で巻き込んでしまう。
他人のふりをするのよ!
他人のふり!
「見ねえ顔だな。それにイかれたファッションだ」
先ほど声を上げた男が彼に詰め寄っていく。
キサオカは特に怒ることもなく、かといって無視するわけでもなかった。
冷静な口調で、男に言い放つ。
「最近越してきたダイナマイトブレーンですよ」
「だ、だいなまい……?」
マジで何言ってんのあの人?
脳なしゴブリンよりも言ってることめちゃくちゃなんだけど!
男は黙って引き下がり、それを確認したキサオカはこっちに近づいてきた。
「どんな朝食なんだ? え?」
こ、こっち来んなっての!
トゥピラは必死に祈りを捧げるも、見えざる手は理不尽にもキサオカの足をこちらに向かわせる。
「サラダねえ。質素倹約か? いいことだ」
おおおい、それ以上何も言わないでえ……!
お願いだからあ……。
「よう緑。なんか機嫌悪そうだな」
「そう見えるかね、ゾーリンゲン君」
この馬鹿ゾーリがぁ!
怒声をなんとか堪えるトゥピラであった。
スープをぶちまけた男が、キサオカに問う。
「……知り合いか?」
「うん」
あ、終わった。
がくりと崩れ落ちるトゥピラを睨みながら、マーティンが机の下から這い出てきた。
「どうした、びしょ濡れじゃないか」
「うん、ちょっとね」
キサオカはマーティンと、男が持っている空のカップを交互に見比べる。
スープの滴る少年と、ぽとぽととスープの雫がこぼれ落ちるカップ。
見比べをやめたと思ったら、腕を組んでうんうん唸り始めた。
「……」
「…………」
無言で皆が見守る中、キサオカはついに結論を出す。
「なるほど。あんた、やったな?」
★★★★★★
静かだった食堂が、さらにしいんと静まり返ったように感じた。
俺の前にいるのは、恐らくマーティンにスープをひっかけたクソッタレ。
火傷したらどうするんだ、というのが俺の本音だ。
倫理的に終わっているし、そもそも法に触れるのではないか。
ここで思い出す。
前にトゥピラは言っていた。
嫌がらせを受けていると。
自身が嫌われ者であると。
「その感じじゃあ、お前が前にニブラとスコールを叩きのめしたっていう家無し野郎だな? このグズ共の家に転がり込んだか、タコが」
沈黙の後、男はそう言った。
背後に控える若い男女もこっちを睨んでくる。
「やぁれやれ、この王都にまだ馬鹿が残っていたなんてな。いや、最近越して来たんだったな。なら覚えとけ。このゴミカス共からは楽しく生きる権利が没収されてんだよ。当然、誰かと仲良くするのも禁止だ」
「そいつは酷い。可哀想とか思わないのか」
「思わんな。よく聞け、ネズ公の糞尿が主食の社会悪。こいつらはギルドの癌だ。俺達が摘出してやってんのさ。お前は癌細胞の増殖を補助すんのか? つか、テメェが癌細胞になる気か?」
癌細胞というものがこっちにもあることは置いておいて。
俺は負けじと言い返す。
「そりゃ、医者が無能だな。癌は果たしてどっちなのやら」
「マックスさんを疑うのかよ?」
「そのマックスさんとやらが何者かは知らんが、俺は公然と疑ってやるね。誤診もいいところだ」
「あぁ?」
「とにかくな、俺は同居人を癌細胞呼ばわりされたら烈火の如く反抗する。お前が公園の小僧よりもたくさん小便漏らしながら吠え面晒すくらいにはな」
「……マジか、こいつ」
そう言うがはやいか、男はカップを投げつけてきた。
投げつけてきたとわかったのは、カップが突然目の前に出現し、それを回避してからのことである。
投げが速い。
まるで見えなかった。
だが、これは明確な敵対行為だ。
撃ち抜いてやろうかと思ったが、銃は須郷に取られている。
その須郷は入り口から顔を覗かせてこっちを窺っていやがる。
ムカつく女だ。
「舐め腐ってんじゃねえぞくっせえホームレスが。いいぜ、テメェも癌細胞だ!」
汚い言葉を喚き散らしながら、男が近づいてくる。
「と、トシヤ! 逃げて! 本気で逃げて!」
トゥピラが叫ぶ。
ようやくこっちを見てくれた。
男が拳を振り上げる気配がするが、俺はトゥピラと目を合わせたままだった。
「心配はいらんよ、トゥピラ」
「排除だクソッタリャァ!」
「トシヤぁ!」
パンチが繰り出された瞬間、俺は男の方を振り返った。
目と目が合ったほんの一瞬、向こうが目を見開くのがわかった。
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かなりの力で、腕が折れたかと思ってしまうほどだ。
それでも俺はなんとか受け止めた。
勢いを殺害して、止めたのだ。
「……はい?」
「射撃だけじゃないんだよ」
呆然とする男に、チョキの形を作った俺の右手が飛ぶ。
2本の指は綺麗に向こうの両目に入った。
「おおおおお!」
「ケッ……!」
両目を押さえて蹲る男。
俺は容赦なく頭に蹴りを入れた。
仲間達の足元に男は吹き飛んでいく。
「り、リーダー!」
「や、やりやがったな害悪が!」
取り巻きの2人は、男とは違って武器を取り出した。
女が短刀で、男はロングソード。
事態はさらに面倒なことになるかに思われた。
が、そうはならなかった。
「そこまで」
俺と向こうの間に、何者かが突き出した剣の刃が割って入ってきたのだ。
剣を持っているのは、黒髪の青年だった。
煌びやかな白い鎧を身に纏ったそいつは、半笑いを浮かべながらこっちを見ている。
背丈は185センチの俺よりも少し低いくらいだ。
奴の突き出した剣は一切震えていない。
腕をピンと伸ばしたまま、その状態を維持している。
爽やかな顔つきとは裏腹に、発せられるオーラは野蛮そのもの。
危険な男だと瞬時に判断し、俺はその冒険者と少し距離を取る。
「ま、マックスさん……!」
「お前がマックスさんか」
頷きが返ってくる。
なるほど、こいつが……。
「これ以上はやめな。職員どころか軍人がすっ飛んでくることになる」
「同意見だな。一旦終わるのが賢明だ」
「それと、賢いおっさん」
半笑いは崩れない。
マックスとやらは冷たく言い放つ。
「これとは関わらない方がもっと賢明だぜ?」
「それは無理な相談だ」
しばらくの間、沈黙が続く。
「……そうかい。そういうことか。わかったよ」
先に沈黙を破ったのはマックスの方だった。
マックスは剣を鞘に収め、今度こそ半笑いを消してこっちを見てきた。
「俺は優しいからな。悪い事は言わない。こいつらとは縁切れ。こいつらは雑魚で、みんなのヒーローを死なせた阿呆だ。こんな目に遭って当然なんだよ」
「気が合わないな。人を虐めていい理由はない。そして、虐められている人を助けるのにも理由はない。当然のことだ」
「はっ。話にならねえな」
マックスは背を向けて、人混みの中に消えていった。
「……あれが噂のマックスさん、ねえ」
さっきから空気だったトゥピラから頷きが返ってくる。
「なるほど、あれは敵に回したくないわ。どうしたもんかねえ……」
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異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
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札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
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マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
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小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
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※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
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