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第一部 <リデンプション・ビギニング>

信じる

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「さて、次はあんただな、スコルツェニー中佐」

「ドキぃッ!」

 下ろした銃を、今度はドイツ軍人に向ける。
 トゥピラやウィルも、スコルツェニーを睨みつけた。

 スコルツェニーは俺の銃口と冒険者達の銃を交互に見比べる。
 キョロキョロしすぎて、首が取れてしまうのではないかと思うくらい何度も何度も見比べた。

 やがて、首の動きを停止させたスコルツェニーは、登場時と変わらない不敵な笑みを浮かべてみせた。

「さて、どうしたものか」

「全部、何もかも、話せ」

「はて、なんのことやら」

 銃声。
 スコルツェニーの左頬を弾丸が掠める。

 背後の壁に空いた穴を振り返り、スコルツェニーはごくりと息を呑んだ。

「もう一度言う。全部、何もかも、話せ」

「わ、わかったわかった。吾輩はこれでも誠実軍人と呼ばれ……」

「んなことはどうでもいい。余計なことは喋るな。全部ゲロったら帰っても構わない」

「わかった。本当にわかった。だからその、銃を下ろせ」

 俺はここで銃を下ろしてやるほどの誠実さを持ち合わせていないので、そのまま銃を構え続けた。

「ハァ……。まあ、仕方あるまい。吾輩らがあの東洋人の女を追いかける理由はな、主に2つある。ひとつは、彼女が我々の機密文書を盗んだからだ」

「ほう?」

「吾輩らの力の及ぶ範囲で調べ上げたこの世界のデータが書かれた文書だ。各種族の特徴や動物の生態、国際情勢、伝承、全てまとめてある。貴様らに知られては困るような情報もな」

「へえ? 是非とも教えてもらいたいもんだ」

「冗談がきついぞ。それだけは話せん。言うくらいなら、吾輩も覚悟を決めて自害し果てる」

「……そうかい」

「もうひとつは、あの女の存在そのものが、国際社会の均衡を揺るがしかねないという理由だ。信じられないとでも言いたげだな。信じてくれ、嘘のような真実なのだよ」

 俺は思わず眉をひそめる。
 世界の均衡を揺るがす?
 あの女が?

 スコルツェニーは信じろと言うが、こんなあまりにも突拍子もない話を信じろとは無理な話だ。

「吾輩らの故郷である世界を現実世界としよう。現在世界からやってきた人間の中でも彼女は異質なのだ。まるで神から恩寵を与えられたかのような……とにかく、妙なのだよ。吾輩らにできないことができて、吾輩らが知らないことを知っている。吾輩の口から説明しても理解されんだろうから、機会があれば自分の目と耳で確かめてみればいい」

 神からの恩寵。
 スコルツェニーにできないことができて、スコルツェニーが知らないことを知っている。

 これじゃまるで、ラノベでよくある転生チート野郎である。

「彼女、アヤネ・スゴウは爆弾だ。誰かの意思によって爆破できる、強力な爆弾だ。その爆弾を巡って、様々な組織が動き出している。魔王の率いる異形種同盟、国際テロ組織"科学財団"、オーガの帝国、我が軍。近いうちにこの王国も争奪戦に参戦するだろう。いいか、覚えておけ。あの東洋人は、組織が別組織との戦争に踏み切る十分な材料になるくらいには重要な人物だ。彼女と関わってみろ。ほぼ全てが敵と化するぞ」

「……」

 普通は信じられないだろう。
 しかし、俺は信じた。

 スコルツェニーの片目は嘘をついていない。
 マジの目だ。

 それに、須郷綾音という女からただならぬ空気を感じていたのも事実。

 尚更、信じずにはいられなかった。

「なるほど、よくわかった」

「おお、信じてくれるのか……!」

「信じる。ただし、須郷とこれからも関わるかどうかは俺次第だ」

「ぬ?」

「俺は、彼女が知っていることに賭けたくなった。そんだけだ」

「博打は危険だぞ?」

「お前はさっき勝ったろ。勝つチャンスに賭けてみる」

 スコルツェニーは鼻で笑い、小屋の出口に向かって歩き出した。
 俺は口にした通り、止めなかった。

「まあ、頑張るがいい。吾輩は帰らせてもらうぞ」

 そう言い残して、ナチスの軍人は小屋から退出した。

「これは逃亡ではなァァァァい! 戦略的撤退! 高度で作戦的な退却ゥゥゥゥ!」

 叫び声が遠ざかっていく。

 馬のいななきも、馬車の走行音もしなかった。
 恐らく、ストエダに壊されたのだろう。

 俺は銃を下ろし、冒険者達を振り返った。

「もういいぞ」

「終わった……」

 緊張が一気に解けたのか、ウィルを除く全員がへなへなと座り込んでしまった。

 俺はその様に苦笑しながら、荒れ果てた小屋をゆっくり見渡す。

 一面の血に、親衛隊の死体、割れた食器。
 これは後始末が大変そうだ。

 まだまだ、夜は長い。



 ★★★★★★



 翌日。

 朝方から昼頃にかけて、ボロ小屋には大勢の兵士がやってきた。

 早朝にゾーリンゲン達が交番的な場所に駆け込んだためである。
 昨晩は、疲れ切っていたこともあり、全員寝てしまった。

 ちなみに、布団を敷いたのは外である。

 兵士は死体の片付けや血の清掃をした後、事情聴取を行った。

 トゥピラ達は、襲撃犯の名前や特徴、目的などを、かなり威圧的な目つきで聞かれていた。

 俺はこの事情聴取に参加しなかった。
 というのも、俺はマーティンの勧めで兵士が来る前に隣の空き家に身を隠していたのである。

 見つかっては色々と面倒だからだ。

 兵士がナチスの銃と薬莢を回収して帰ったタイミングで、俺は小屋に戻った。

 全員、げっそりとしていた。
 何日も何も食べていないかのようにやつれている。

 取り調べはここまで過酷であったか。



 その後、トゥピラ達は冒険者の仕事に出かけてしまったので、俺は再び留守番を任された。

 なんとなく奴が来るような気がして待機していたのだが、本当に須郷はやって来た。

 失礼するなどという挨拶はなく、豪快にドアを開け放っての登場であった。

「信じる気には?」

 狐目の女は、単刀直入に聞いてきた。
 俺は頷く前に、質問を質問で返す。

「その前に、見せてくれないか?」

「何をだ?」

「ナチスの機密文書」

 須郷は腰のポケットに手を突っ込み、くしゃくしゃの紙を引っ張り出す。

 広げられた紙にはドイツ語がびっしりと書かれており、右上には鉄十字のハンコが押されていた。

「読めるのか?」

「ああ。読める」

「バイリンガルか?」

「そんなものだ」

 須郷は書類をポケットに戻して、再度問う。

「それで、信じるのか?」

「もうひとつ。ナチスのスコルツェニーという男が言っていたが、世界を均衡を揺るがすくらいの爆弾らしいな、あんた。なんでも、神からの恩寵を授かっているとか」

「ナチスがそこまで情報を掴んでいたとは意外だな。恩寵か、正直いらん」

「どんな力なんだ?」

「ここでは見せられない」

「なんだよ……」

 肩を落とす俺に、須郷は言った。

「でも、これで信じられるだろう?」

「あ?」

「私は異世界を出る方法を含めて色々と知っている。私は爆弾だ。だから狙われる。お前の元を訪れた襲撃犯の存在が何よりの証拠さ」

「……」

 昨晩からおかしな話ばかり聞かされる。
 俺の頭は大絶賛混乱中である。

「それで、信じる気には?」

「昨日から頭のおかしくなりそうなことばかりでうんざりだ。あんたのよくわからない話を信じるくらいにはおかしくなってる」

「決まりだな」

 須郷はニヤリと笑ったかと思えば、右手を差し出してきた。
 手を取れということか。

「共同戦線だ。この異世界を脱出するために、どんな汚れ仕事でもこなす同盟だよ。手段は選ぶな。目的はひとつだ。激しく前進し、荒っぽく殺す。もう一度言う。手段は選ぶな」

「…………あいよ」

 今度こそ俺は頷いて、須郷の手を取った。

 後悔はしない。
 俺は自分の意思で彼女に賭けるのだから。
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