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第一部 <リデンプション・ビギニング>
変な女
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起床したトゥピラ達も、突然の来訪者に気づいた途端に慌て出したが、俺に用があって来た人だと伝えると多少は落ち着いてくれた。
みんなで布団を畳んでいる最中、ゾーリンゲンが俺に耳打ちしてきた。
「キレーな人だぜ……。お前もそう思うだろ? ん?」
「どうだかな。俺はちと不気味に感じる。生きてる人間じゃないみたいだ」
「おいおい、なんてこと言うんだよお前。美人と美少女には最高レベルの敬意をだな……」
ゾーリンゲンの垂れるご高説を右から左に聞き流しながら、俺は窓の外からこっちを見ている女に視線を向けた。
布団を畳んだらトゥピラ達はギルドに食事を取りに行くので、それまで待ってくれるよう頼んだのだが、あっさりオーケーしてくれた。
それにしても、気味が悪い。
あれは何の感情もこもっていない顔だ。
俺の傷を癒す方法を伝授しに来たと言ったが、本当の目的は何なんだ。
警戒する必要がありそうだ。
「じゃあ、行ってくるわね」
トゥピラ達はいつも通り、ギルドへ赴いた。
俺は彼女らを見送った後、女を小屋の中に招き入れた。
「ちっぽけな家だな」
「俺に言われても困るよ……」
ぶつぶつ言いながら、俺は彼女のために椅子を引いた。
女が座ったのを確認すると、俺は彼女の向かい側の椅子に腰掛ける。
俺達はテーブルを挟んで向かい合い、視線をぶつけ合った。
「そういえばまだ名乗っていなかったな」
女が言った。
「私は須郷綾音。この世界に来る前は、警視庁で刑事をやっていた」
「……なるほど。俺は──」
「名乗る必要はないよ、木佐岡利也くん」
もう驚く気にもなれなかった。
この女がなぜ俺の名前を知っているのかは気になるが、本題はそこではない。
「……驚かないか」
「あとでじっくり問い詰めてやる。それよりも、ここを訪ねてきた理由を教えてもらおうか」
「まあ、そう焦るな。せっかちな男を避けたがるぞ、女という生き物は」
俺は眉をひそめて、須郷の顔を睨みつける。
須郷は感情の読み取れない表情を保ち続けていた。
「1番気になっていることだと思うが、私に敵意はない。むしろお前のことを好意的に見ている方だ」
「……」
俺は黙って須郷の言葉に耳を傾けた。
「敵意があるなら、この場で即座に拳銃を構えてぶっ放し、脳の組織をぐちゃぐちゃにしている。それをせずに、しかもこんな無防備な状態で、銃を持つお前の住居に踏み込んでくる敵がいるか?」
「いたら相当なクソ間抜けだな」
「そう。だから信用してくれても構わないとも」
頷くが、こいつは本心ではない。
ここで気を許せば、それこそクソ間抜けだ。
「……私はお前を助けに来たんだ。そんな相手を信用しないでどうする?」
「詐欺師は甘い言葉を使ってくるってのは、警察サマが散々言ってきたことじゃないか?」
「おっと、これは……」
須郷は苦笑した。
「まあ、詐欺だと思うなら思えばいいさ。後悔する結末を迎えたいなら止めない」
「……ますます詐欺師くさいな」
話を遮った俺を無視して、須郷は言葉を続ける。
「この世界、特にこの国は面倒な状態にある。
安全保障、経済、文化、全ての分野で問題を抱えている。この手の世界にはありがちな魔王の侵攻だけではないんだ。
今は何もわからないと思うが、じきに『さっさと帰りたい』と思うだろう」
「……」
「私も訳あって日本に行きたくてな。
お前と私、目的はおなじ。そうだろう?」
「……ちょっと待て。何が目的だって?」
「真面目に聞いてないのか?」
そんなつもりはない。
須郷だってわかって言っているのだろう。
人を小馬鹿にするような口ぶりだ。
「いいか、私の目的はこの世界を脱出し日本へ行くこと。これは私が果たすべき使命であり、お前のぶっ壊れた心を治す唯一の手段だ。だが、お前は日本に帰るだけでは立ち直れない。そうだろう?」
「……」
「私はな、知っているんだ。この世界を出る方法、お前の失った友人を生き返らせる方法。知りたくもなかったが、それを知るように私の運命のレールは敷かれていたようでな」
須郷は深いため息をついた。
俺は躊躇わずに身を乗り出す。
須郷の整った顔がぐんと近くなった。
「知ってる? あんたが?」
「そうだな。知っている」
「やり方は? どうやったら日本に帰れる! どうやったら佐原は生き返る!」
「なるほどな、ご友人は佐原というのか」
「それはどうでもいい。早く教えてくれ。俺に、この俺に! この世界を脱出できる方法を!」
須郷は目を閉じて考える素振りを見せたが、次に返ってきた言葉は予想外のものだった。
「言わん」
「……は?」
「お前は私を完全に信用しきれていない。だから言わない。疑っているだろう? 私が何者かまだわかっていない」
「じゃあどうすれば……!」
「今夜にでも、敵が来るだろう。それを乗り越えれば嫌でも私を信用するさ」
「敵だあ? 何のことだよ」
「今夜のお楽しみさ」
須郷はニタリと笑ってみせる。
雪女のように凍りつきそうな、不気味で美しい笑み。
そんな彼女を、俺はどうしても信用することができなかった。
今夜やってくるという敵についても、だ。
みんなで布団を畳んでいる最中、ゾーリンゲンが俺に耳打ちしてきた。
「キレーな人だぜ……。お前もそう思うだろ? ん?」
「どうだかな。俺はちと不気味に感じる。生きてる人間じゃないみたいだ」
「おいおい、なんてこと言うんだよお前。美人と美少女には最高レベルの敬意をだな……」
ゾーリンゲンの垂れるご高説を右から左に聞き流しながら、俺は窓の外からこっちを見ている女に視線を向けた。
布団を畳んだらトゥピラ達はギルドに食事を取りに行くので、それまで待ってくれるよう頼んだのだが、あっさりオーケーしてくれた。
それにしても、気味が悪い。
あれは何の感情もこもっていない顔だ。
俺の傷を癒す方法を伝授しに来たと言ったが、本当の目的は何なんだ。
警戒する必要がありそうだ。
「じゃあ、行ってくるわね」
トゥピラ達はいつも通り、ギルドへ赴いた。
俺は彼女らを見送った後、女を小屋の中に招き入れた。
「ちっぽけな家だな」
「俺に言われても困るよ……」
ぶつぶつ言いながら、俺は彼女のために椅子を引いた。
女が座ったのを確認すると、俺は彼女の向かい側の椅子に腰掛ける。
俺達はテーブルを挟んで向かい合い、視線をぶつけ合った。
「そういえばまだ名乗っていなかったな」
女が言った。
「私は須郷綾音。この世界に来る前は、警視庁で刑事をやっていた」
「……なるほど。俺は──」
「名乗る必要はないよ、木佐岡利也くん」
もう驚く気にもなれなかった。
この女がなぜ俺の名前を知っているのかは気になるが、本題はそこではない。
「……驚かないか」
「あとでじっくり問い詰めてやる。それよりも、ここを訪ねてきた理由を教えてもらおうか」
「まあ、そう焦るな。せっかちな男を避けたがるぞ、女という生き物は」
俺は眉をひそめて、須郷の顔を睨みつける。
須郷は感情の読み取れない表情を保ち続けていた。
「1番気になっていることだと思うが、私に敵意はない。むしろお前のことを好意的に見ている方だ」
「……」
俺は黙って須郷の言葉に耳を傾けた。
「敵意があるなら、この場で即座に拳銃を構えてぶっ放し、脳の組織をぐちゃぐちゃにしている。それをせずに、しかもこんな無防備な状態で、銃を持つお前の住居に踏み込んでくる敵がいるか?」
「いたら相当なクソ間抜けだな」
「そう。だから信用してくれても構わないとも」
頷くが、こいつは本心ではない。
ここで気を許せば、それこそクソ間抜けだ。
「……私はお前を助けに来たんだ。そんな相手を信用しないでどうする?」
「詐欺師は甘い言葉を使ってくるってのは、警察サマが散々言ってきたことじゃないか?」
「おっと、これは……」
須郷は苦笑した。
「まあ、詐欺だと思うなら思えばいいさ。後悔する結末を迎えたいなら止めない」
「……ますます詐欺師くさいな」
話を遮った俺を無視して、須郷は言葉を続ける。
「この世界、特にこの国は面倒な状態にある。
安全保障、経済、文化、全ての分野で問題を抱えている。この手の世界にはありがちな魔王の侵攻だけではないんだ。
今は何もわからないと思うが、じきに『さっさと帰りたい』と思うだろう」
「……」
「私も訳あって日本に行きたくてな。
お前と私、目的はおなじ。そうだろう?」
「……ちょっと待て。何が目的だって?」
「真面目に聞いてないのか?」
そんなつもりはない。
須郷だってわかって言っているのだろう。
人を小馬鹿にするような口ぶりだ。
「いいか、私の目的はこの世界を脱出し日本へ行くこと。これは私が果たすべき使命であり、お前のぶっ壊れた心を治す唯一の手段だ。だが、お前は日本に帰るだけでは立ち直れない。そうだろう?」
「……」
「私はな、知っているんだ。この世界を出る方法、お前の失った友人を生き返らせる方法。知りたくもなかったが、それを知るように私の運命のレールは敷かれていたようでな」
須郷は深いため息をついた。
俺は躊躇わずに身を乗り出す。
須郷の整った顔がぐんと近くなった。
「知ってる? あんたが?」
「そうだな。知っている」
「やり方は? どうやったら日本に帰れる! どうやったら佐原は生き返る!」
「なるほどな、ご友人は佐原というのか」
「それはどうでもいい。早く教えてくれ。俺に、この俺に! この世界を脱出できる方法を!」
須郷は目を閉じて考える素振りを見せたが、次に返ってきた言葉は予想外のものだった。
「言わん」
「……は?」
「お前は私を完全に信用しきれていない。だから言わない。疑っているだろう? 私が何者かまだわかっていない」
「じゃあどうすれば……!」
「今夜にでも、敵が来るだろう。それを乗り越えれば嫌でも私を信用するさ」
「敵だあ? 何のことだよ」
「今夜のお楽しみさ」
須郷はニタリと笑ってみせる。
雪女のように凍りつきそうな、不気味で美しい笑み。
そんな彼女を、俺はどうしても信用することができなかった。
今夜やってくるという敵についても、だ。
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