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第一部 <リデンプション・ビギニング>
人類史のタブー
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結局、須郷はあの後小屋から出て行ってしまい、戻ってくることはなかった。
須郷と入れ替わるようにしてトゥピラ達が帰ってきたが、彼女達が須郷について尋ねてくることはなかった。
ただ、俺には言わずにはいられないことがあった。
須郷という女は確かに言った。
『今夜にでも、敵が来るだろう。それを乗り越えれば嫌でも私を信用するさ』
俺の耳は至って正常。
聞き間違えるはずもない。
信用するかはまだ判断しかねる女であるが、ある意味これは犯行予告だ。
1人で抱え込むのはよくないだろう。
これについて皆に打ち明けたのは夕飯の時だった。
できることなら昼のうちに話しておきたかったのだが、トゥピラ達がギルドの仕事に行ってしまったため叶わなかった。
辺りはすっかり暗くなっており、ガジュが弱い光を降らせ始めた。
天井から下がるランプのおかげで、小屋の中は明るかった。
今夜の料理は豚肉のような味がする肉料理で、見た目もほとんど豚肉だった。
「……なあ、聞きたいことがある」
「ん?」
彼女らは、夕食だけ小屋の中で食べる。
俺もこの5日間、夕飯はトゥピラやゾーリンゲンに混ざってテーブルを囲み、異世界の不思議な食べ物を口にしていた。
トゥピラは口をもごもごしながら俺の方を向いた。
「どうしたの?」
「この辺って、衛兵が巡回してたりするのか?」
「ほとんど。王都は人が多いけど、この辺みたいにほとんど人がいない場所もあるわ。この辺の家は全部空き家よ」
何食わぬ顔で言ってのけるトゥピラに、俺は続けて質問を投げつける。
「1番近い警察署……いや、詰所は?」
「結構遠いわね。冒険者ギルドは割と近いけども、夜間は閉まっちゃうし」
公的機関に頼るのは厳しいか。
なら、自衛官らしく自衛するしかないというのか。
ため息をなんとか堪えて、俺は肉料理を口に運んだ。
「急にどうしたの?」
「その理由については今朝まで遡る」
「今朝? ……ああ、あの女の人のこと?」
トゥピラは顔をしかめてため息をつく。
「あの人、ちょっと苦手かも」
「そいつに言われた。今夜、ここに何者かが仕掛けてくるかもしれない」
「信用できる情報なの、それ?」
俺は首を横に振り、続けて何か言おうとするトゥピラを遮って言った。
「信用できない犯行予告だと断じた結果、惨劇を招いた事件を俺は知ってる」
「……まあ、そうだよね」
マーティンが会話に入ってきた。
その表情はやけに暗かった。
「用心した方が何もしないよりかはいい。うん、その通りだよ。うん……」
「どうした?」
「……何でもない」
マーティンは一度も目を合わせてくれなかった。
首を傾げる俺に、今度はゾーリンゲンが話しかけてくる。
「ぺったんこが言った通り、軍団の詰所は結構遠いぜ。あの姉ちゃん、今夜に来るって言ってたんだろ? 多分、今から行っても間に合わねえな」
「ならどうする?」
「俺達で殺る」
ゾーリンゲンはにやりと笑う。
「俺達だって冒険者やってんだ。敵がやってくるってのに怯えるだけってのは我慢ならねえ。ボコボコにして母ちゃんのおっぱいに泣きつかせてやるぜ」
「ゾーリンゲンどんは好戦的でごわすなあ。冒険者に向いてる向いてる」
肉を大量に頬張りながら、ゴアンスは隣の席に座るゾーリンゲンの背中を叩いた。
あまりにも力が強すぎたため、ゾーリンゲンは手前の皿に頭を突っ込んでしまったが。
ウィルだけが何も言わず、黙々と食事をしていた。
「ねえ、ゾーリ。あんた、ほんとに私達だけで何とかするつもりなの?」
「おう。もしかしたら、上から報酬が出るかもしれねえだろ? こんな儲け話、飛びつくしかねえじゃん!」
「まだ儲け話って確定してるわけじゃないのに……」
「うるせえ! 細かいことは後から考えりゃいーの!」
今すぐにでも"敵"を探しに飛び出していきそうなゾーリンゲンに対し、トゥピラやマーティンは不安げな様子である。
ゴアンスやウィルに至っては興味を示そうとしない。
なんというか、まとまりがないのだ。
今度こそ、俺はため息を堪えられなかった。
異変が起きたのは、食事の片付けを始めた時だった。
「……ん?」
急にトゥピラが片付けの手を止めて、玄関の方を振り向いたのである。
「こんな夜遅くに馬車なんて、珍しいわね」
「ほんとだ。蹄と車輪の音」
マーティンとウィルのエルフ2人組も気づいたようだ。
たしかに、遠くから馬の蹄の音がする。
静かだからか、馬鹿にはっきり聞こえてきた。
石の道路の上を回転する車輪の音も風に乗って流れてきた。
それらの音は、確実にこっちに向かってきていた。
「……まさかとは思うが」
俺は銃を手に取り、丸いテーブルに素早く近づいた。
そして、まだ大量の食器が乗っかるテーブルを玄関に向かって倒す。
食器が割れる音と、トゥピラの悲鳴が響き渡ったが、俺は構わずに横向きになったテーブルの背後に回り込んだ。
「な、なんでこんな……! 高かったのに!」
「そいつは命よりもいい値がつくのか? 死にたくなかったらテーブルの背後に隠れろ!」
俺の突然の行動に、冒険者達は困惑しているようだ。
ただ1人、ウィルだけは俺と同じようにテーブルの後ろに隠れた。
彼が手にする弓矢をちらと見、俺は思わず唸ってしまった。
俺の危惧通り、馬車の音は小屋に近づいてきている。
どんどん音は大きくなり、同時に俺の心臓も早鐘を打つ。
流石にトゥピラやゾーリンゲンも気づいたのか、壁に立てかけてあった自分の武器を手に取った。
トゥピラはいかにも魔法使いが使っていそうな飾り気のない長い杖、ゾーリンゲンは若干のサビがついた斧である。
俺達が息を呑んで待ち構える中、音は止まった。
小屋の前で。
かと思えば、馬車の音は幾人かの足音に変わり、速かった鼓動をさらに加速させた。
いわゆる爆速だ。
あの女の言っていたことは正しかった。
何者かはわからないが、敵が来た。
ドアがノックされる。
いや、ノックというより殴っていると表現するのが適切か。
しかも、手ではなく何か硬いものを使っている。
何度も何度も、ドアをぶち破るために何かをぶつけている。
「……どうするの?」
トゥピラの声は、震えていた。
「どうするっつったって、歓迎しかねえだろ」
ゾーリンゲンの表情は険しく、斧の柄を握る手には汗が滲んでいた。
「しかも熱烈なやつ」
「負傷者が出るくらいに派手にな」
俺の言葉が終わらぬうちに、ドアが破られた。
「突入せよ!」
闇の中で、男が指示を出しているのが見えた。
その声に従って、何人かが小屋の中に踏み込んできた。
明かりの中に入ってきた奴らを見、俺は驚愕した。
向こうも銃を持っていたのだ。
形状はポンプアクションの散弾銃に近く、銃口はこっちに向けられていた。
しかも、その格好はどこかで見た軍服とヘルメット。
それがますます俺を驚愕させた。
「こんな夜遅くに何様だ! えぇ⁉︎ 真夜中には大きな音をたてながら家に入りましょうとでも教わってんのかスットコが!」
ゾーリンゲンの怒声が奴らの物音を駆逐する。
向こうは足を止め、銃を構えたまま俺達と睨み合う。
やがて、指揮官と見られる男が入ってきた。
やはり見覚えのあるデザインの軍服を着込み、ブーツの音を堂々と鳴らしながら踏み込んできた。
「こんな夜分にすまんなあ、だがこれが吾輩らのお仕事であって、何よりも優先するべきことなのでね。大事なのは吾輩の属する集団の利益だ。これは利益に繋がる行為なのだよ」
あれは将校が着用する夜戦服だ。
そう、フィールドグレー。
ミリタリーマニアの中では、そのスマートさからかなりの人気を誇る軍服。
徽章と腕章については説明するまでもないだろう。
口にするのも憚られる。
あれは世界のタブーだ。
人類史のタブーだ。
今もなお許されない巨悪。
そう、奴らは……。
「ナチス=ドイツ……!」
「Guten Abend! うすのろ共! 人生最後の晩餐は楽しめたかなァ? まあまあまあ、食った料理はもうちょいで全てぶちまけられるから、意味なんてないがなァァ!」
俺の舌打ちは、将校の盛大な笑い声にかき消された。
須郷と入れ替わるようにしてトゥピラ達が帰ってきたが、彼女達が須郷について尋ねてくることはなかった。
ただ、俺には言わずにはいられないことがあった。
須郷という女は確かに言った。
『今夜にでも、敵が来るだろう。それを乗り越えれば嫌でも私を信用するさ』
俺の耳は至って正常。
聞き間違えるはずもない。
信用するかはまだ判断しかねる女であるが、ある意味これは犯行予告だ。
1人で抱え込むのはよくないだろう。
これについて皆に打ち明けたのは夕飯の時だった。
できることなら昼のうちに話しておきたかったのだが、トゥピラ達がギルドの仕事に行ってしまったため叶わなかった。
辺りはすっかり暗くなっており、ガジュが弱い光を降らせ始めた。
天井から下がるランプのおかげで、小屋の中は明るかった。
今夜の料理は豚肉のような味がする肉料理で、見た目もほとんど豚肉だった。
「……なあ、聞きたいことがある」
「ん?」
彼女らは、夕食だけ小屋の中で食べる。
俺もこの5日間、夕飯はトゥピラやゾーリンゲンに混ざってテーブルを囲み、異世界の不思議な食べ物を口にしていた。
トゥピラは口をもごもごしながら俺の方を向いた。
「どうしたの?」
「この辺って、衛兵が巡回してたりするのか?」
「ほとんど。王都は人が多いけど、この辺みたいにほとんど人がいない場所もあるわ。この辺の家は全部空き家よ」
何食わぬ顔で言ってのけるトゥピラに、俺は続けて質問を投げつける。
「1番近い警察署……いや、詰所は?」
「結構遠いわね。冒険者ギルドは割と近いけども、夜間は閉まっちゃうし」
公的機関に頼るのは厳しいか。
なら、自衛官らしく自衛するしかないというのか。
ため息をなんとか堪えて、俺は肉料理を口に運んだ。
「急にどうしたの?」
「その理由については今朝まで遡る」
「今朝? ……ああ、あの女の人のこと?」
トゥピラは顔をしかめてため息をつく。
「あの人、ちょっと苦手かも」
「そいつに言われた。今夜、ここに何者かが仕掛けてくるかもしれない」
「信用できる情報なの、それ?」
俺は首を横に振り、続けて何か言おうとするトゥピラを遮って言った。
「信用できない犯行予告だと断じた結果、惨劇を招いた事件を俺は知ってる」
「……まあ、そうだよね」
マーティンが会話に入ってきた。
その表情はやけに暗かった。
「用心した方が何もしないよりかはいい。うん、その通りだよ。うん……」
「どうした?」
「……何でもない」
マーティンは一度も目を合わせてくれなかった。
首を傾げる俺に、今度はゾーリンゲンが話しかけてくる。
「ぺったんこが言った通り、軍団の詰所は結構遠いぜ。あの姉ちゃん、今夜に来るって言ってたんだろ? 多分、今から行っても間に合わねえな」
「ならどうする?」
「俺達で殺る」
ゾーリンゲンはにやりと笑う。
「俺達だって冒険者やってんだ。敵がやってくるってのに怯えるだけってのは我慢ならねえ。ボコボコにして母ちゃんのおっぱいに泣きつかせてやるぜ」
「ゾーリンゲンどんは好戦的でごわすなあ。冒険者に向いてる向いてる」
肉を大量に頬張りながら、ゴアンスは隣の席に座るゾーリンゲンの背中を叩いた。
あまりにも力が強すぎたため、ゾーリンゲンは手前の皿に頭を突っ込んでしまったが。
ウィルだけが何も言わず、黙々と食事をしていた。
「ねえ、ゾーリ。あんた、ほんとに私達だけで何とかするつもりなの?」
「おう。もしかしたら、上から報酬が出るかもしれねえだろ? こんな儲け話、飛びつくしかねえじゃん!」
「まだ儲け話って確定してるわけじゃないのに……」
「うるせえ! 細かいことは後から考えりゃいーの!」
今すぐにでも"敵"を探しに飛び出していきそうなゾーリンゲンに対し、トゥピラやマーティンは不安げな様子である。
ゴアンスやウィルに至っては興味を示そうとしない。
なんというか、まとまりがないのだ。
今度こそ、俺はため息を堪えられなかった。
異変が起きたのは、食事の片付けを始めた時だった。
「……ん?」
急にトゥピラが片付けの手を止めて、玄関の方を振り向いたのである。
「こんな夜遅くに馬車なんて、珍しいわね」
「ほんとだ。蹄と車輪の音」
マーティンとウィルのエルフ2人組も気づいたようだ。
たしかに、遠くから馬の蹄の音がする。
静かだからか、馬鹿にはっきり聞こえてきた。
石の道路の上を回転する車輪の音も風に乗って流れてきた。
それらの音は、確実にこっちに向かってきていた。
「……まさかとは思うが」
俺は銃を手に取り、丸いテーブルに素早く近づいた。
そして、まだ大量の食器が乗っかるテーブルを玄関に向かって倒す。
食器が割れる音と、トゥピラの悲鳴が響き渡ったが、俺は構わずに横向きになったテーブルの背後に回り込んだ。
「な、なんでこんな……! 高かったのに!」
「そいつは命よりもいい値がつくのか? 死にたくなかったらテーブルの背後に隠れろ!」
俺の突然の行動に、冒険者達は困惑しているようだ。
ただ1人、ウィルだけは俺と同じようにテーブルの後ろに隠れた。
彼が手にする弓矢をちらと見、俺は思わず唸ってしまった。
俺の危惧通り、馬車の音は小屋に近づいてきている。
どんどん音は大きくなり、同時に俺の心臓も早鐘を打つ。
流石にトゥピラやゾーリンゲンも気づいたのか、壁に立てかけてあった自分の武器を手に取った。
トゥピラはいかにも魔法使いが使っていそうな飾り気のない長い杖、ゾーリンゲンは若干のサビがついた斧である。
俺達が息を呑んで待ち構える中、音は止まった。
小屋の前で。
かと思えば、馬車の音は幾人かの足音に変わり、速かった鼓動をさらに加速させた。
いわゆる爆速だ。
あの女の言っていたことは正しかった。
何者かはわからないが、敵が来た。
ドアがノックされる。
いや、ノックというより殴っていると表現するのが適切か。
しかも、手ではなく何か硬いものを使っている。
何度も何度も、ドアをぶち破るために何かをぶつけている。
「……どうするの?」
トゥピラの声は、震えていた。
「どうするっつったって、歓迎しかねえだろ」
ゾーリンゲンの表情は険しく、斧の柄を握る手には汗が滲んでいた。
「しかも熱烈なやつ」
「負傷者が出るくらいに派手にな」
俺の言葉が終わらぬうちに、ドアが破られた。
「突入せよ!」
闇の中で、男が指示を出しているのが見えた。
その声に従って、何人かが小屋の中に踏み込んできた。
明かりの中に入ってきた奴らを見、俺は驚愕した。
向こうも銃を持っていたのだ。
形状はポンプアクションの散弾銃に近く、銃口はこっちに向けられていた。
しかも、その格好はどこかで見た軍服とヘルメット。
それがますます俺を驚愕させた。
「こんな夜遅くに何様だ! えぇ⁉︎ 真夜中には大きな音をたてながら家に入りましょうとでも教わってんのかスットコが!」
ゾーリンゲンの怒声が奴らの物音を駆逐する。
向こうは足を止め、銃を構えたまま俺達と睨み合う。
やがて、指揮官と見られる男が入ってきた。
やはり見覚えのあるデザインの軍服を着込み、ブーツの音を堂々と鳴らしながら踏み込んできた。
「こんな夜分にすまんなあ、だがこれが吾輩らのお仕事であって、何よりも優先するべきことなのでね。大事なのは吾輩の属する集団の利益だ。これは利益に繋がる行為なのだよ」
あれは将校が着用する夜戦服だ。
そう、フィールドグレー。
ミリタリーマニアの中では、そのスマートさからかなりの人気を誇る軍服。
徽章と腕章については説明するまでもないだろう。
口にするのも憚られる。
あれは世界のタブーだ。
人類史のタブーだ。
今もなお許されない巨悪。
そう、奴らは……。
「ナチス=ドイツ……!」
「Guten Abend! うすのろ共! 人生最後の晩餐は楽しめたかなァ? まあまあまあ、食った料理はもうちょいで全てぶちまけられるから、意味なんてないがなァァ!」
俺の舌打ちは、将校の盛大な笑い声にかき消された。
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