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第一部 <リデンプション・ビギニング>
ボロ小屋
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運命の悪戯というやつがどのように俺に作用したのかは不明であるが、俺が法執行機関に引き渡されることはなかった。
これは移動中にトゥピラに聞いたのだが、この国には国家神聖法という憲法のようなものがあり、銃火器やその他機械類の使用や開発が全面的に禁じられているらしい。
魔法による国の発展を狙って制定された項であるそうなのだが、最近は返って発展を阻害しているという声も上がっているのだとか。
これを破った者は無期限投獄の刑もしくは死罪になると彼女は言った。
それなのに、彼女は俺を売らなかった。
後に判明したその理由も奇妙なもので……。
「到着よ。ここが私達の家」
「ほ、ほう……」
背の高い建物に挟まれるようにして、一軒の小屋がそこに佇んでいた。
周囲に人気はなく、もの寂しい雰囲気である。
ただの小屋ならいいのだが、問題はその有り様だ。壁は一面中に落書きされ、窓ガラスは全て割られている。
ゴミが小屋の周りにばら撒かれ、嫌な匂いを発している。屋根の板が所々剥がれ落ち、雨でも降ろうものなら家中水浸しだ。
華やかな王都のイメージから一転、ここはまるで別世界だ。
「すごいでしょ?」
自嘲的に笑う少女。
「マックスという男はここまでやるか……」
「トシヤも気をつけてね。相手するだけ無駄だから」
トゥピラはそう言って、ドアを開けた。
「ただいまー」
外見に反して、中身は意外と整っていた。
狭いところだったが、家具は規則的に並び、中央にはテーブルが設置されていた。
小屋には3人の人物がおり、その中でも一際大柄な男がのっそりとした動きで応じた。
坊主頭で、力士のような体格の男だった。
「おう、遅かったなぁ。ん?」
男と目が合う。
細い目であったため、開いているかぱっと見わからない。
「知らん顔でごわすな。イリエスどんの知り合いかぁ?」
「そのようなものだ」
「キサオカ・トシヤさんよ。ほら、マーティンが……」
「あー、あれか。よう見つけたなぁ」
ゆっくり立ち上がると、ゾウのような動きで男は近づいてきた。
2メートルはあるだろうか。
顔を上げていないと相手の顔が見えない。
「おいのことはゴアンスとでも呼んでくれ。何かを食ってる時が1番幸せな男でごわす」
「はじめまして。木佐岡利也です」
俺達は固い握手を交わした。
ゴアンスの手は大きく、そして柔らかかった。
「おいは格闘家ってことでやってるが、実力はまだまだでなぁ。穀潰しもいいところでごわすよ」
「ゴアンスさんったら……。誰も穀潰しなんて思ってないわよ」
トゥピラは苦笑し、ゴアンスは豪快に笑った。
仲の良さを感じるには十分なやりとりであった。
「しばらくお世話になります」
「そうかしこまらんでくれ。みんな楽にしてた方がおいも楽だからなぁ」
ゴアンスは後ろを振り返り、俺のことを注意深げに見ている2人の男を指し示した。
「あいつはゾーリンゲン。戦士をやってる」
ゾーリンゲンという男は、ぴくりと右の眉を動かした。
ゴアンスほどのガタイはないが、だらんとしたタンクトップ風の服から伸びた腕は鍛え上げられた証がついている。
若い男だった。
20代くらいだろうか。
「てめえ、この家に泊まろうってのか?」
ゾーリンゲンが尋ねてくる。
その声は歓迎の色をしていなかった。
「だったらよお、俺の質問に答えてみやがれ」
「……何だ?」
「そこに女がいんだろ?」
「ああ、いるな」
横目でトゥピラをちらっと見て、ゾーリンゲンに視線を戻す。
「そいつのパンツの色、当ててみろ」
「「……は?」」
トゥピラと俺の声が揃った。
ゾーリンゲンはにやりと笑って続ける。
「こいつは試練だぜ。これを乗り越えたら、ここを宿として解放してやらあ」
「そ、そんなこと言われてもだな……」
ニヤニヤ笑いのゾーリンゲンと怒りだか恥ずかしさだかでトマトみたいになっているトゥピラを交互に見ながら、俺は考える。
当てに行くか?
いや、それでは変態だと思われてしまう。
ドン引きされてしまう!
しかし、当てに行かなければあいつに追い出される気がする。
どうする。
どうする木佐岡利也!
「真面目に悩まないでくれる⁉︎」
「あいつの言うことを間に受けちゃいかんでごわすよ」
トゥピラとゴアンスの声で我に返った。
ゾーリンゲンは舌打ちし、こっちを睨んできた。
「ンだよ、期待してたのに」
「あんたの同類はこの世にいないってことねー」
そう容赦なく言うのはトゥピラである。
「そうだ、変態。あんたの服貸して」
「はぁ? 何でだよ? まさか、男装趣味に目覚めたか?」
「馬鹿」
クローゼットに歩み寄り、トゥピラは乱暴に戸を開けた。
中にあるのは大量の服である。
「トシヤの普段着にするの。あんた、買うだけ買って着てない服あるでしょ?」
「おいコラぁ!」
突然、ゾーリンゲンがトゥピラに飛びかかった。
「ふざけんじゃねえぞぺったんこ! 俺の大事な服を!」
「ぺったんこって言うな!」
ウン、確かにない。
膨らみが全くない。
…………ハッ。
「あの2人は幼馴染でなぁ」
ゴアンスが耳打ちしてきた。
「ああやって毎日、遠慮なく言い合っては喧嘩してるんでごわすよ。おいの友達は死んじまったからなぁ、羨ましい羨ましい」
「え?」
「ああ、いや、気にせんでくれ」
思わず返答に詰まる。
急に重い話をされて、人が困らないはずもなく。
助け舟を出してくれたのは意外にも、トゥピラから逃げるようにやってきたゾーリンゲンだった。
「ちぇー。おい、緑。あの女にゃ気ィつけろよ? 特にコンプレックスのおっぱいについては触れるんじゃねえ。ひっかかれるぜ」
引っ掻き傷だらけの顔でそんなことを言ってきたので、俺は思わず吹き出してしまった。
もちろん、「何笑ってんだオマエ。気持ち悪い」と引かれてしまった。
と、ここで俺は、さっきから壁に寄りかかり、黙ってこっちを見てくる者の存在に気がついた。
ハンサムな青年で、メガネの奥の瞳が真っ直ぐこっちを見ている。
腰には髑髏の装飾が施された弓を下げていた。
何より特徴的なのは、胸の辺りまで伸びた金髪からはみ出る耳。
そう、尖っていた。
耳が尖っている種族はアレくらいのものだ。
「エルフか?」
「クソメガネが気になんのか?」
ゾーリンゲンが言った。
「あいつとは極力距離保っといた方がいいぜ? 話しかけても返事しねえし、向こうから話しかけてくることも滅多にねえ。一緒にいると気まずいんだよなぁ。それによ、あの目つき。おっかねえったらありゃしねえ」
散々な言われようだが、挨拶くらいはしておいた方がいいと思ったので、俺はエルフに声をかけてみた。
「ど、どうも」
「……」
応答なし。
気まずい沈黙が続く。
エルフはこっちを見据えたまま、口を閉ざして開こうとしなかった。
どうしたものかと迷っていたところで、クローゼットの前に立つトゥピラが口を開いた。
「あ、あのね。ウィルは元からこんな感じだから、気にしないで」
「ほら、言った通りだろ」
ゾーリンゲンがあそこまで言うのも納得できる。
たしかに、あのエルフと2人きりで1日を過ごせる自信はまるで湧いてこない。
再び気まずい沈黙が訪れようとした時、唐突に大きな物音がした。
小屋の左奥の角からだ。
見れば、床が動いていた。
ゆっくりと、俺から見て右に向かってスライドし、穴が出現した。
そして、その穴からまたしてもエルフがひょっこり顔を出した。
ウィルとは違い、こっちは子供だ。
長い茶髪と尖った耳、絵の具のように美しい白い肌。
歳は小学生か中学生くらいだろうか。
「地下室があるのか」
「彼はマーティン。ウィルの知り合いで、11歳」
トゥピラが言った。
「女の子みたいだけど、男の子よ」
「おかえり、トゥピラ。随分と遅かったけど、何してたの?」
と、エルフの少年。
少女のような高く澄んだ声だ。
問いを投げられたトゥピラは、気まずそうに頬をかく。
「えっと…………それより!」
逃げた。
まあ、ゴロツキに絡まれてたなんて言えんわな。
「マーティンが探してた人、見つけたわよ!」
「え? 王都に銃を持ってる人がいたの⁉︎」
「そう! キサオカ・トシヤさんよ!」
その瞬間、マーティンは穴から勢いよく飛び出し、テーブルをひょいと飛び越えて俺の足元まで駆け寄ってきた。
そのつぶらな瞳は、俺の小銃にキラキラした視線を送っていた。
「うわぁ……。すごいや、こんな銃は初めて見るよ」
「こらこら、子供には危ない代物だぞ」
手が届かないよう、俺は銃を高く持ち上げた。
マーティンはぷうと頬を膨らませる。
「銃に興味があるのか? でも、国家神聖法とやらで禁じられてるんじゃないのか?」
「確かにそうだね。でも、僕は近々変えるするべきだと思うんだ」
「ほう?」
「魔法はたしかに素晴らしいよ。剣や弓も魅力的だしね。でも、機械を排除するのはダメだと思うんだよね。いずれ、機械が魔法を凌駕する日が来る。ここまで国が魔法にこだわる意味って何なんだろうね。魔法だけじゃ、発展は望めないのに」
「……」
少年の目はいつの間にか、どこか遠くを見るような寂しげなものに変わっていた。
だが、それも一瞬のことで、
「……あ、ごめん。つい変なこと言っちゃった……」
「何で銃や機械に興味を?」
「さっき言った通りだよ」
エルフは恥ずかしそうに笑った。
「僕は国の発展に、機械や銃が必要だと思う。だから、地下室で機械について研究してるんだ」
なるほど、俺を売らなかったのはこのためか。
トゥピラを睨むと、彼女は気まずそうに目を逸らした。
ゾーリンゲンが馬鹿馬鹿しそうにため息をつく。
「こいつの好奇心にはひやひやさせられるぜ。おかげでよ、俺はいつ兵隊に摘発されねえか心配で仕方ねえぜ」
「うう、ごめんよ……」
申し訳なさそうに頭を下げるマーティン。
これから、俺はこいつの研究に付き合わされるのだろうか。
守秘義務とかは大丈夫だろうか。
「それで、キサオカさん!」
「お?」
「その銃、貸してください!」
「断固としてノー。銃の仕組みなんて教えられん」
「そんなぁ……」
項垂れて、ゴアンスに慰められるマーティンを見ながら、俺は思った。
とんでもないところに転がり込んでしまった。
これは移動中にトゥピラに聞いたのだが、この国には国家神聖法という憲法のようなものがあり、銃火器やその他機械類の使用や開発が全面的に禁じられているらしい。
魔法による国の発展を狙って制定された項であるそうなのだが、最近は返って発展を阻害しているという声も上がっているのだとか。
これを破った者は無期限投獄の刑もしくは死罪になると彼女は言った。
それなのに、彼女は俺を売らなかった。
後に判明したその理由も奇妙なもので……。
「到着よ。ここが私達の家」
「ほ、ほう……」
背の高い建物に挟まれるようにして、一軒の小屋がそこに佇んでいた。
周囲に人気はなく、もの寂しい雰囲気である。
ただの小屋ならいいのだが、問題はその有り様だ。壁は一面中に落書きされ、窓ガラスは全て割られている。
ゴミが小屋の周りにばら撒かれ、嫌な匂いを発している。屋根の板が所々剥がれ落ち、雨でも降ろうものなら家中水浸しだ。
華やかな王都のイメージから一転、ここはまるで別世界だ。
「すごいでしょ?」
自嘲的に笑う少女。
「マックスという男はここまでやるか……」
「トシヤも気をつけてね。相手するだけ無駄だから」
トゥピラはそう言って、ドアを開けた。
「ただいまー」
外見に反して、中身は意外と整っていた。
狭いところだったが、家具は規則的に並び、中央にはテーブルが設置されていた。
小屋には3人の人物がおり、その中でも一際大柄な男がのっそりとした動きで応じた。
坊主頭で、力士のような体格の男だった。
「おう、遅かったなぁ。ん?」
男と目が合う。
細い目であったため、開いているかぱっと見わからない。
「知らん顔でごわすな。イリエスどんの知り合いかぁ?」
「そのようなものだ」
「キサオカ・トシヤさんよ。ほら、マーティンが……」
「あー、あれか。よう見つけたなぁ」
ゆっくり立ち上がると、ゾウのような動きで男は近づいてきた。
2メートルはあるだろうか。
顔を上げていないと相手の顔が見えない。
「おいのことはゴアンスとでも呼んでくれ。何かを食ってる時が1番幸せな男でごわす」
「はじめまして。木佐岡利也です」
俺達は固い握手を交わした。
ゴアンスの手は大きく、そして柔らかかった。
「おいは格闘家ってことでやってるが、実力はまだまだでなぁ。穀潰しもいいところでごわすよ」
「ゴアンスさんったら……。誰も穀潰しなんて思ってないわよ」
トゥピラは苦笑し、ゴアンスは豪快に笑った。
仲の良さを感じるには十分なやりとりであった。
「しばらくお世話になります」
「そうかしこまらんでくれ。みんな楽にしてた方がおいも楽だからなぁ」
ゴアンスは後ろを振り返り、俺のことを注意深げに見ている2人の男を指し示した。
「あいつはゾーリンゲン。戦士をやってる」
ゾーリンゲンという男は、ぴくりと右の眉を動かした。
ゴアンスほどのガタイはないが、だらんとしたタンクトップ風の服から伸びた腕は鍛え上げられた証がついている。
若い男だった。
20代くらいだろうか。
「てめえ、この家に泊まろうってのか?」
ゾーリンゲンが尋ねてくる。
その声は歓迎の色をしていなかった。
「だったらよお、俺の質問に答えてみやがれ」
「……何だ?」
「そこに女がいんだろ?」
「ああ、いるな」
横目でトゥピラをちらっと見て、ゾーリンゲンに視線を戻す。
「そいつのパンツの色、当ててみろ」
「「……は?」」
トゥピラと俺の声が揃った。
ゾーリンゲンはにやりと笑って続ける。
「こいつは試練だぜ。これを乗り越えたら、ここを宿として解放してやらあ」
「そ、そんなこと言われてもだな……」
ニヤニヤ笑いのゾーリンゲンと怒りだか恥ずかしさだかでトマトみたいになっているトゥピラを交互に見ながら、俺は考える。
当てに行くか?
いや、それでは変態だと思われてしまう。
ドン引きされてしまう!
しかし、当てに行かなければあいつに追い出される気がする。
どうする。
どうする木佐岡利也!
「真面目に悩まないでくれる⁉︎」
「あいつの言うことを間に受けちゃいかんでごわすよ」
トゥピラとゴアンスの声で我に返った。
ゾーリンゲンは舌打ちし、こっちを睨んできた。
「ンだよ、期待してたのに」
「あんたの同類はこの世にいないってことねー」
そう容赦なく言うのはトゥピラである。
「そうだ、変態。あんたの服貸して」
「はぁ? 何でだよ? まさか、男装趣味に目覚めたか?」
「馬鹿」
クローゼットに歩み寄り、トゥピラは乱暴に戸を開けた。
中にあるのは大量の服である。
「トシヤの普段着にするの。あんた、買うだけ買って着てない服あるでしょ?」
「おいコラぁ!」
突然、ゾーリンゲンがトゥピラに飛びかかった。
「ふざけんじゃねえぞぺったんこ! 俺の大事な服を!」
「ぺったんこって言うな!」
ウン、確かにない。
膨らみが全くない。
…………ハッ。
「あの2人は幼馴染でなぁ」
ゴアンスが耳打ちしてきた。
「ああやって毎日、遠慮なく言い合っては喧嘩してるんでごわすよ。おいの友達は死んじまったからなぁ、羨ましい羨ましい」
「え?」
「ああ、いや、気にせんでくれ」
思わず返答に詰まる。
急に重い話をされて、人が困らないはずもなく。
助け舟を出してくれたのは意外にも、トゥピラから逃げるようにやってきたゾーリンゲンだった。
「ちぇー。おい、緑。あの女にゃ気ィつけろよ? 特にコンプレックスのおっぱいについては触れるんじゃねえ。ひっかかれるぜ」
引っ掻き傷だらけの顔でそんなことを言ってきたので、俺は思わず吹き出してしまった。
もちろん、「何笑ってんだオマエ。気持ち悪い」と引かれてしまった。
と、ここで俺は、さっきから壁に寄りかかり、黙ってこっちを見てくる者の存在に気がついた。
ハンサムな青年で、メガネの奥の瞳が真っ直ぐこっちを見ている。
腰には髑髏の装飾が施された弓を下げていた。
何より特徴的なのは、胸の辺りまで伸びた金髪からはみ出る耳。
そう、尖っていた。
耳が尖っている種族はアレくらいのものだ。
「エルフか?」
「クソメガネが気になんのか?」
ゾーリンゲンが言った。
「あいつとは極力距離保っといた方がいいぜ? 話しかけても返事しねえし、向こうから話しかけてくることも滅多にねえ。一緒にいると気まずいんだよなぁ。それによ、あの目つき。おっかねえったらありゃしねえ」
散々な言われようだが、挨拶くらいはしておいた方がいいと思ったので、俺はエルフに声をかけてみた。
「ど、どうも」
「……」
応答なし。
気まずい沈黙が続く。
エルフはこっちを見据えたまま、口を閉ざして開こうとしなかった。
どうしたものかと迷っていたところで、クローゼットの前に立つトゥピラが口を開いた。
「あ、あのね。ウィルは元からこんな感じだから、気にしないで」
「ほら、言った通りだろ」
ゾーリンゲンがあそこまで言うのも納得できる。
たしかに、あのエルフと2人きりで1日を過ごせる自信はまるで湧いてこない。
再び気まずい沈黙が訪れようとした時、唐突に大きな物音がした。
小屋の左奥の角からだ。
見れば、床が動いていた。
ゆっくりと、俺から見て右に向かってスライドし、穴が出現した。
そして、その穴からまたしてもエルフがひょっこり顔を出した。
ウィルとは違い、こっちは子供だ。
長い茶髪と尖った耳、絵の具のように美しい白い肌。
歳は小学生か中学生くらいだろうか。
「地下室があるのか」
「彼はマーティン。ウィルの知り合いで、11歳」
トゥピラが言った。
「女の子みたいだけど、男の子よ」
「おかえり、トゥピラ。随分と遅かったけど、何してたの?」
と、エルフの少年。
少女のような高く澄んだ声だ。
問いを投げられたトゥピラは、気まずそうに頬をかく。
「えっと…………それより!」
逃げた。
まあ、ゴロツキに絡まれてたなんて言えんわな。
「マーティンが探してた人、見つけたわよ!」
「え? 王都に銃を持ってる人がいたの⁉︎」
「そう! キサオカ・トシヤさんよ!」
その瞬間、マーティンは穴から勢いよく飛び出し、テーブルをひょいと飛び越えて俺の足元まで駆け寄ってきた。
そのつぶらな瞳は、俺の小銃にキラキラした視線を送っていた。
「うわぁ……。すごいや、こんな銃は初めて見るよ」
「こらこら、子供には危ない代物だぞ」
手が届かないよう、俺は銃を高く持ち上げた。
マーティンはぷうと頬を膨らませる。
「銃に興味があるのか? でも、国家神聖法とやらで禁じられてるんじゃないのか?」
「確かにそうだね。でも、僕は近々変えるするべきだと思うんだ」
「ほう?」
「魔法はたしかに素晴らしいよ。剣や弓も魅力的だしね。でも、機械を排除するのはダメだと思うんだよね。いずれ、機械が魔法を凌駕する日が来る。ここまで国が魔法にこだわる意味って何なんだろうね。魔法だけじゃ、発展は望めないのに」
「……」
少年の目はいつの間にか、どこか遠くを見るような寂しげなものに変わっていた。
だが、それも一瞬のことで、
「……あ、ごめん。つい変なこと言っちゃった……」
「何で銃や機械に興味を?」
「さっき言った通りだよ」
エルフは恥ずかしそうに笑った。
「僕は国の発展に、機械や銃が必要だと思う。だから、地下室で機械について研究してるんだ」
なるほど、俺を売らなかったのはこのためか。
トゥピラを睨むと、彼女は気まずそうに目を逸らした。
ゾーリンゲンが馬鹿馬鹿しそうにため息をつく。
「こいつの好奇心にはひやひやさせられるぜ。おかげでよ、俺はいつ兵隊に摘発されねえか心配で仕方ねえぜ」
「うう、ごめんよ……」
申し訳なさそうに頭を下げるマーティン。
これから、俺はこいつの研究に付き合わされるのだろうか。
守秘義務とかは大丈夫だろうか。
「それで、キサオカさん!」
「お?」
「その銃、貸してください!」
「断固としてノー。銃の仕組みなんて教えられん」
「そんなぁ……」
項垂れて、ゴアンスに慰められるマーティンを見ながら、俺は思った。
とんでもないところに転がり込んでしまった。
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