キラーズ・リデンプション 〜剣と魔法の世界に、アイアンサイトは似合わない〜

エンタープライズ窪

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第一部 <リデンプション・ビギニング>

嫌われ者

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 男3人、ガジュの光の下に出る。
 酒臭い方が俺を羽交い締めにし、別の奴が俺の前で指をポキポキと鳴らした。

「じゃあ、どっから……?」

「ほう、殴られる箇所を選ばせてくれるのか?」

「俺だってよ、悪魔じゃねえェ。悪い悪い天使なんだよォん」

 光の下に出た事で、男の顔がはっきり見えるようになった。
 悪い悪い天使は痩せこけており、骸骨のようだった。

 悪意を存分に塗りたくった笑みを貼り付けている。

「さー、選べェ」

「ヘェ……?」

 俺は、笑った。
 挑発の笑み。
 敵対者への笑み。

 そう、実力行使を宣言する笑みだ。

 相手が動揺するのがよく見える。
 愉快だ。

 俺は万歳して素早くしゃがみ込み、羽交い締めから逃れる。
 目にも止まらぬ速さであると自覚している。

 その証拠に、酒臭い男は羽交い締めの態勢のまま突っ立っている。

 俺はまたしても素早く立ち上がると、今度は酒臭いゴロツキの背後に回り込んでヘッドロックを仕掛けた。

 苦しそうにうめきながら、ゴロツキが俺の腕を掴む。
 驚くほどに力が弱かった。

「じゃあよお、このお方の鼻をぶん殴ってくんねーかな?」

 俺は悪い悪い天使に言ってやった。
 向こうは呆然と眺めていたが、やがて正気に戻ったのか、威勢のいい声で喚き出した。

「て、てんめぇ! ニックを解放しやがれェ! でねぇとその目ん玉を……!」

「豚のモンに取り替えるんだろ?」

「うぅ……」

 首を絞められた男は懸命に抵抗するが、俺は決して離さなかった。

 次第に力が弱まり、顔色がおかしくなっていく。

「窒息しちゃうぞ? ホラ、殴りなよ。そしたら放してやるから」

「お、おい! やめてくれェ! ニックが死んじまうゥ!」

「じゃあニック君を殴るんだ」

「許してくれェ!」

「ノー。早く殴れ。君の言う通り殴る箇所を指定したんだ。それに応えるべきじゃないのかな?」

「な…………殴れ……」

 辛うじて声を絞り出す酒臭い男。
 痩せた男はあたふたしていたが、やがて意を決したのか、こっちに近づいてきた。

「殴られるのはてめえだァ!」

 そう言うが早いか、男は俺の顔面にストレートを繰り出してきた。

 俺は咄嗟にニックを盾にし、難を逃れる。

 悪い悪い天使の拳はニックの鼻をへし折っていた。

「よし、殴ったみたいだな。お約束通り解放してやる」

 俺はニックを解放してやる。
 奴は地面に蹲って、ハアハア言っていた。

「な、なんてヤローだァ!」

 痩せた男はニックに駆け寄り、彼を引きずるようにして退散していった。

「言っとくが、俺はお前らを殴っちゃあいないからな」

 去り行く背中に、俺はひと言付け加えてやった。



「あ、あの……」

 ゴロツキが去っていった後、襲われていた少女は暗闇の中から躊躇いがちに声をかけてきた。

 俺は彼女の言葉を遮り、手招きで光の下に出てくるよう促す。

「暴漢はもういない。出てきても大丈夫だ」

 躊躇っているのだろうか。
 なかなか彼女は出てこなかった。

 だが、やがて観念したのかガジュの光の下に姿を見せた。

 日の光ほどの強さを持たない光であったが、幼い少女の背格好をはっきり視認するには十分であった。

 現れたのは魔法少女だった。
 紫のつばの広い帽子を被り、同じく紫のローブを羽織っている。

 ショートカットの金髪はガジュの明かりによって輝きを帯び、さらさら揺れる。

 歳は17か18くらいだろうか。
 まだまだ青い。

 顔は可愛らしく整っていたが、その顔の緑の瞳が恐怖だか困惑だかの色を浮かべて俺を見つめていた。

 目が合った。
 しばしの間、彼女と視線を絡め合う。

 先に口を開いたのは、少女の方だった。

「あ、ありがとうございます……。私なんかを助けてくれて」

「怪我はないか?」

「は、はい、何ともないです……。えっと……」

「要救助者はみんな平等だ。どんなクズだろうが助けないという選択肢は削除するようにしている」

「クズ、ね……」

「ご、誤解はしないでくれ。君のことをクズって言ったわけじゃない」

 慌てて訂正した。
 正しい意味が伝わらないのは両者にとって不都合であるし不愉快でもある。

「でも、よかったん……ですか?」

「ん、敬語じゃなくてもいいよ」

 どこか硬かった少女の表情が、少し柔らかくなった気がした。

「そ、それじゃあ……。本当に、本当にこれでよかったの?」

「……と、いうと?」

「だってほら、私なんかを助けたところでメリットないっていうか……」

「自衛官は要救助者に対価を求めない。というか、何でそんなそう思うんだ? 自己肯定感が低すぎやしないか?」

 俺の言葉を、少女はぽかんとした顔つきで聞いていた。

「え? 冗談で言ってる……? あのマックスに目をつけらることになりかねないのよ? そしたら、いくらあなたでも……」

「すまないが、そのマックス氏が誰かわからないし、攻撃を加えてくるとしてもそうやすやすと負けはしない」

 終始、彼女はぽかんとしたままであった。
 俺が話し終わるのと同時におずおずと尋ねてくる。

「も、もしかして、何も知らないの?」

「知らん。3日前にここに来たばかりでな」

 嘘は言っていない。
 俺は3日前にこの世界に来た。

 だが、彼女は3日前に来たと解釈したようで、

「他の街の人? だったらしょうがないか。それにしても、変わった服装が流行ってる街なのね」

「優秀な装備だ」と俺は言った。

「それで、俺の知らない事情とは何だ」

「……私達は嫌われてるの」

 少女は俯く。
 俺は黙って彼女の話に耳を傾けた。

「私は何人かでパーティを組んで冒険者をやってるんだけど、全員がこの王都では厄介者。嫌われて当然、いじめられて当たり前。みんなそう思ってる」

「……何故? 何故そう思われ、そう思っている?」

「今のパーティメンバーは私を含めて5人だけど、ちょっと前は6人だったの。今はもういないんだけどね。あいつはみんなの人気者で、なんでわざわざ私達と組んだのかわかんないくらいの実力者だった」

「ふむ……」

「でも、あいつは死んじゃった。病死じゃない。殺されたのよ。任務中にね。ギルドの殉職者リストに名前を連ねてしまった……。彼を慕っていた人達は、寄ってたかって私達を責めた。『お前のせいだ』『お前のせいで死んだ』『お前が殺したようなものだ』ってね」

「……そいつは酷い話だな」

 これは本心だ。
 俺は何度も、いじめというフラスコ3つ分以上のゲロを吐けるくらいおぞましい行為を目にしてきた。

 彼女もまた被害者なのだ。

「それから、毎日のように嫌がらせされるようになったわ。嫌がらせグループのリーダーが、マックス・ワイケー。この街の冒険者の中でも上位に入る男」

「一筋縄ではいかんか……」

 俺は言った。
 頷きが返ってくる。

「うん。だから……」

「心配は無用だ。それに関しちゃこっちで何とかする。俺だってただ隊でしごかれてきたわけじゃあないんだ。俺に手を出せば少なからず痛い目に遭うってわからせてやるさ」

「で、でも……」

 俺は彼女の言葉を遮り、彼女のいる方──路地裏に向かって歩き出した。

「とにかく、余計な心配はするな。老ける」

「し、失礼なこと言わないでっ!」

「今夜はもう遅い。ゆっくり休め。もう絡まれるんじゃないぞ」

 少女の肩を軽く叩き、俺は路地裏の暗闇の中に消え──。

「ねえ、どこ行くの?」

 また声をかけられた。

 俺は振り返り、少女と再度目を合わせる。

「そっちはひたすらに路地だけど」

「……ごたごたがあってな。帰るすべがないんだ。事情は君には話せないし、話したところで混乱と誤解を与えてしまうだろう」

「……」

「1人はもう慣れた。おやすみ」

 これ以上、話す気はなかった。
 だが、彼女はそうはいかなかったようである。

「さっき」

「ん?」

「対価はいらないって言ったわよね?」

「言った」

「貴方がいらなくても、私は対価を支払いたいの」

「……と、いうと?」

「私の家に来ない? しばらく泊めてあげるわ」

 ……阿呆なのか、というのが俺のど直球の感想であった。

 さっき、彼女は自分で、マックス・ワイケーに狙われるから気をつけろと言った。
 それなのに、標的にされるはずの俺に「泊まっていけ」と言うのだ。

 そのマックスとかいう男が俺の居場所をつきとめて襲ってくるかもしれないというのに……。

 いや、阿呆なのではない。
 これは単純に、彼女が──。

「……いいのか? こんな浮浪者同然の俺を助けたところでメリットがあるかどうかわからんぞ?」

「それでも構わない。これは、私が支払いたくて支払う対価なの。義務なんかじゃないし、メリットだってどうでもいい。目の前に行き場所を無くしている人がいたら、助けてあげるのが正解でしょ?」

 ぐうの音も出ないな。
 俺は降伏するように両手を挙げ、小さく笑った。

「その優しさに甘えるとしよう。礼を言うよ…………えっと……」

「トゥピラよ。トゥピラ・イリエス」

 少女──トゥピラは微笑みと共に名乗った。

「貴方は?」

「木佐岡利也だ」

 手を下ろして俺も名乗る。

 それに応える少女の微笑みは、ガジュの光の下で美しく映えていた。

「それじゃあついてきて、トシヤさん」

「下の名前で呼ぶなら利也で構わない」

「え? 下の名前だったんだ……」

 文化の違いか。
 へっ……。

「ちょっと待ってろ。大事なものを置いていくのはまずい」

 俺は小走りに路地裏へ駆け込んでいく。
 銃を取りに行くためだ。

 銃を覆っていた布を取っ払うと、89式小銃の飾り気のないボディがあらわになった。
 日本人の体格に合わせて設計された高価な小銃である。

 俺はハチキュウを持ち上げようと手を伸ばす。

 と、ここで唐突に昼間に果物を恵んでくれた女のセリフが脳内に蘇ってきた。

『最近は物騒だしな、あんたも気をつけなよ? 特に銃を持ったヤツにはな』

 あの時も思ったことなのだが、銃を持っていたらどうなるのだろうか。

 捕まるのか?
 処刑されるのか?

 というか、見るからに剣と魔法の世界っぽいのに銃という概念が存在するのか。

 そんなことを考えていると、目の前にある相棒を手にするのを躊躇ってしまう。

 でも、こんなところに放置していくわけにもいかないし……。

「えっと……」

 背後からの声に、俺の体はビクッと震えて凍結した。

 恐る恐る振り返ると、案の定トゥピラがそこにいた。
 彼女が見ているのは俺ではなく、手を伸ばしかけた小銃だった。

「それってもしかして、銃…………?」

「待ってろって言ったじゃん……」
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