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フォークは武器になる

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「グゥオオォ!」

 ドアを叩く音が激しさを増した頃、低い唸り声が辺り一帯に響いた。
 これは間違い無く魔物の唸り声ね。

「女将さん、本当にこの人を追って魔物が来てるかも」

「だとしたら拙いね。私はもう腹は決めたよ。さぁ早く中に入れるよ!」

「判ったわ!」

 はっきり言えば、ほろ酔い状態でも私の方が女将さんよりも早く動ける。なので私がドアを開ける。

「はぁっ!」

 そこには2人連れの冒険者が血塗れで立っている。
 立っていると言っても片方はもう片方に背負われて意識が無いみたい。
 血塗れで必死な形相の冒険者はハッキリ言って不気味以外の感想が出て来ないわ。
 こんな状況じゃなきゃ思わずドアをそのまま閉めたくなる衝動を抑え込んでその2人に声を掛ける。

「大丈夫ですか?」

「魔物に追われている! 助けてくれ!」

 追って来る魔物なら私が軽く結界を張れば退けられるわ。

「早く中に!」

 結界を張るべく唸り声の方を注視していると女将さんが冒険者に声を掛け急かした。
 こうなったらやるしか無いわね。

「魔物は私達に任せて!」

 魔物なら聖女の結界を張れば瞬殺出来ると思うけど、ヒュンダルン王国で処刑された筈の聖女がここに健在だと誰にも知られる訳にはいかない。
 もしも誰かが知ったとしたら、その瞬間にナンシーの標的となる。
 だから私達は館の外に出てドアをピシッと閉めた。

「お嬢様」

 まだ魔物は見えない。2人して唸り声のする暗闇に向かっているとナンシーが話し掛けてきたわ。

「お嬢様のお手を煩わせるまでもございましぇん。魔物如き私が片付けましゅ」

 低い声で言われても呂律が回らないからイマイチ緊張感に欠けるわ。その手に持ったままのナイフとフォークもいけないのよ!

「聖女の能力を使う時だけ身体が光るから、その一瞬を誰にも見られない様に周囲を見渡して」

「いえ、へふから私が殺りましゅ」

 ですからって言いたいのね。そんな酔っ払いには任せられないわ。

「ナンシーは酔っ払っているじゃない」

「酔ってまへんよぉ」

 急に動いたから更に呂律が回らないようになったわね。酔っ払いは皆、「酔ってない」って言うのよ。元居酒屋の娘としての経験から断言出来るわ。

「グゥオオ!」

 ナンシーと言い合っていると現れたのは巨大な熊の魔物だったわ。

「お嬢様、お任せを!」

 ナンシーはフラフラっと千鳥足で魔物の前に躍り出ると、ナイフとフォークを構えたわ。

「グゥァァァ」

 ナンシーの気迫に圧されたのか、ナイフとフォークを構えたナンシーの前で魔物は唸ったまま身動き一つ取れなくなった。
 でも食事に使うナイフとフォークに武器としての能力は有るのかしら?

「お嬢様のおくつろぎの時間を邪魔する不粋な魔物、その命で償いなさい!」

 魔物の間合いに入ったナンシー目掛けて太くて大きい魔物の腕が振り下ろされる。その先には大きくて鋭い爪が有るけど大丈夫。

「遅い」

 ナンシーは左手のフォークで魔物の腕を止めたわ。正確には振り下ろされる事を待っていたのね。魔物の手の肉球に待ち構えていたフォークを突き刺したの。狙い通りです
 魔物が腕を振り下ろす力を利用した訳ね。力強さが仇になかとるなんて魔物に取っては皮肉な話ね。

「グゥオオ!」

 魔物が悲鳴を上げようと関係無くナンシーは流れる様に次の行動に移ったわ。
 それは魔物と戦っているって言うより、まるで魔物と踊っているみたい。

「お嬢様に不快な声をお聞かせる資格は有りません。お黙りなさい、永遠に」

 ナンシーは右手のナイフを構え、体格に勝る魔物の首を捕えると、そのまま迷う事無く振り抜く。それと同時に魔物の胸を力強く蹴る。
 すると魔物は後ろに倒れながら首が跳ねる様に飛んだ。
 ナンシーが魔物を蹴った理由は返り血を浴びない為ね。
 それにしてもあのナイフ、調理された肉を切るにも苦労していたわよね?
 どうしてそんなナイフで魔物の首を切れたのかは判らないけど、実力差が有り過ぎるとナイフとフォークも立派な武器なのね。
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