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養子縁組

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「サラちゃんは聖女様なのでは?」

 噂が広まるのは時間の問題で、数日の内には街中の話題になったわ。
 噂を耳にした町の人達が怪我や病気を診てもらいに来たわね。皆、貧しさ故に医者とは無縁な人達だ。
 早めに医者に受診すれば軽症で済んだ者でも、貧しさ故にそんな機会は無くて症状が重くなっている。
 尤も医者に診てもらっても、微妙に効く薬を高値で売り付けられるだけだけどね。
 これを私が手を翳すだけで治してしまった。医者よりも早く確実に。
 
 噂が飛躍的に広まる事は必然だったわ。
 更に暫く経つと王都から役人と貴族の使者が大挙押し掛けて来て本当に困ったわね。噂って広まるの早いわ!

「我が国は新たな聖女を欲しております。王都にて聖女になるべく修行に勤しんで頂きたく存じます」

 それなりの役職に就いているであろう中年男性は、11歳の居酒屋の娘でしかない私に頭を垂れる。
 その一方で酒場の外では貴族の使者同士が睨み合い、一触即発の様相だ。
 うっかり養父母が店外に出よう物なら、あっという間に取り囲まれて困っていたわ。

 歴史上、聖女は世界に数人だけ出現しているけど、その全員が漏れ無くそれぞれの国の王族と結ばれている。
 王家の権威を高める為みたい。
 でもその一方で多くの国が、王家に嫁げる者は貴族の令嬢のみと定められている。
 そこで私の様な貴族以外の者が聖女になった場合は、貴族の養女となり王家に嫁ぐ事が他国では有ったみたいなの。
 つまり酒場の外では王家に嫁ぐ事が確実な平民の娘サラ、つまり私の争奪戦が貴族間で行われているのだ。

「サラはウチの娘だ!」

 こんな風に最初は拒絶していた養父母も聖女の必要性と将来性を説かれると態度が軟化していったわ。
 国中で多くの人が病気や怪我に悩まされているのだ。
 それに何より私自身が、自分が原因で養父母が困る姿を見たくはなかった。もう何日も店を開けられていない。
 こうして引く手数多の中からビュイック侯爵の養女となり、名前も『スカーレット=ビュイック』と改める事になった。
 これは私自身も『サラ』の名前を聖女に使いたくなかったからすんなりと決まった。
 見た事は無いけど両親が付けてくれた名前だから、何となく使いたくなかった。
 ご丁寧にビュイック家は、今後は実家であるオサリバン夫妻とは関わりを持たない旨の念書まで用意していた。これにサインをする事で退路を断つ事になる。
 こうして酒場の看板娘のサラ=オサリバンは、聖女スカーレット=ビュイックとなった。


○▲△


 聖女になる前の事を思い出していた。あの頃は、まさかこんな事になるなんて想像も付かなかったわ。

「もうすぐ着くぞ。あんたも哀れだな」

 護送中ずっと、監視役として馬車に同乗していた初老の役人が突然、話し掛け始めた。
 多分だけど身分って言うか役職はそんなに高くなさそう。

「俺は聖女なんて嫌いだった」

 馬車の中にはこの初老の監視と私の2人しか居ない。だから間違いなく私に話し掛けているのだろう。監視は私の顔を見ないまま続ける。

「昔の話だ。俺の幼かった娘が貴族の馬車に轢かれたんだ。娘は意識が無くなり俺は絶望していた所で、その馬車の中から出て来たのが当時の聖女だ」

 それが私と何の関係が?

「俺は当然、聖女に救いを求めた。ところがどうだ、「聖女の能力ちからは王侯貴族の為に有る!」なんて言い残してそのまま行っちまった」

「その聖女は私では…」

「そんな事は判っている。その聖女は今の王妃だ!」

 この監視役も役人である事には変わりない。それでも彼は王妃に対して何の敬称も付けない。敬ってなんかいないに違いない。でもそれは私も同じ。
 その王妃とはかつての婚約者の母親だ。死刑囚となった今となっては敬称など付ける義理も無い。

「尤も、本当に聖女なのか怪しいがな。誰も治癒を受けた事が無いし、魔物が減る事も無かったしな」

 確かにその話は聞いていた。
 だからこそ自分が聖女として求められたとも。公にはされていないけど。

「だが俺は、あんたは本物だと知っている」

「えっ?」

 ニカッとした役人から出て来た意外な言葉だった。
 自分は国中の人々から偽聖女として憎まれていると思っていたから。
 人に認められる事がこんなに嬉しいなんて。

 でも喜んでばかりもいられない。
 貧しい人々を癒やす為によく回った王都だ。窓から見える景色で馬車が王都の何処を走っているのかは判る。私の首を落とす断頭台が待つ中央広場はすぐそこに迫っている事も。
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