ホムンクルス

ふみ

文字の大きさ
上 下
87 / 97
-6-

87

しおりを挟む
「――っ」
 味わったことのない痛みに言葉は出ない。脈打つように痛む腰に手を当てると、べちゃりと音を立てた。濡れている。温かい。脳によぎった予想に目をつむりながらさらに触れると、固いものに手が触れた。それと、遥の両手にも。
「何、して、るの」
 息を吸うたびに痛みが走る。言葉を並べるだけで気を失ってしまいそう。呼吸するたびに、手を動かすたびに、霧の夜のような頭の中を手探りするたびに、激痛がずっとそばにいる。
 このまま意識を失えばどうなるか。本能的に察していても、痛みにこらえきれず前のめりに倒れ込んでしまった。
 倒れた衝撃で襲い掛かる、痛みを超えた何か。遥が持っていた包丁から自ら離れて何やってんだろ。
「私は完璧じゃないといけないの。お前みたいな不良品のゴミは生きているだけで面汚しなんだよ。私と似るな。消えろ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
 呪いのような言葉は徐々に大きく、二人の距離も縮んでいく。屈んだ遥の腕が私へと伸び、無理やりに仰向けにさせられる。痛みに悶える間もなく、遥が馬乗りになった。
「違うの、違う、私、遥を」
「もういい黙れ」
 遥が両手を振り上げる。次なる痛みに耐えようと目を閉じると、不思議と痛みは消えていた。遥の重みも感じない。ずっとそこにあった血の匂いも濡れた手も、ぼんやりと見えていた視界さえも無に変わっていた。
 もうすぐ、死ぬんだ。こんな何もない闇の中で一人死ぬ。遥に振り回されて、いいように扱われて死ぬんだ。
 まぶたに力を入れても光は見えない。この暗闇がまぶたの裏なのか、目を開けているのかもわからない。そんな闇の中で意識を失う直前に、一番聞きたかった声が聞こえた気がした。
 千夏が、呼んでくれたような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

二談怪

三塚 章
ホラー
「怖い話を教えてくれませんか」  動画配信者を名乗る青年は、出会う者にネタとなりそうな怖い話をねだる。 ねだられた者は、乞われるままに自身の奇妙な体験を語る。 同世界観の短編連作。

【歌集】棘

松野井奏
現代文学
Twitterで投稿した短歌をこちらにまとめます。 全くの初心者ですが、よろしくお願いします。

ショートショートの海

猫ふくろう
現代文学
ショートショートです

指先だけでも触れたかった─タヌキの片恋─〖完結〗

華周夏
現代文学
今あなたは恋をしている。あの子ばかり見つめている。何故解るのか?私があなたを見つめているから。気づかれないようにそっとみる。あなたには私の視線は騒音でしかないから。 あなたを好きになったのは間違っていた?………たぶん、そうだったんだね。私はあなたに嫌われているから。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

シチュボの台本詰め合わせ(女性用)

勇射 支夢
恋愛
書いた台本を適当に置いておきます。 フリーなので好きにお使いください。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

処理中です...