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肩を落としつつも、つい先ほど渡った交差点にたどり着いた。青信号というちょっとした幸運をかみしめ歩みを進める。すると見覚えのある背丈に目がいった。
遠ざかっていく背丈の小ささと髪型は千夏そっくり。どう考えても他人の空似。だけどあり余る時間が好奇心を刺激し、興味本位で後を追ってしまった。
交差点を渡り切り、飲食店がひしめくエリアへ進む小さなそっくりさん。あの人も誰かと待ち合わせだろうか。千夏の面影を重ねて、急激に寂しさが加速する。もう一度連絡したらわがままを聞いてくれるだろうか。かすかな期待が胸に広がり、歩道の端で足を止めた。
電話を掛けると、いつもより長い呼出音の後で千夏は応えてくれた。
――はる姉、どうしたの。
「どうしているかなと思って。電車の方はどう?」
――まだ動かないね。
どこかぶっきら棒な受け答え。待ちくたびれてうんざりしているのだろう。自分の身勝手さを省みたものの、もう止められなかった。
「今日の夕ご飯だけど、良かったら一緒に食べない? ちーちゃんが帰ってくるまで待てるから」
――それは嬉しいけど、ものすごく遅くなるよ?
「ちーちゃんと一緒に食べたいの」
――。
千夏の声を待っていたのに、それをかき消す大きな雑音が耳に刺さった。思わずスマホから耳を離す。千夏がいるホームに電車が入ってきたのだろうか。
いや、一瞬だけ聞こえたメロディには聞き覚えがある。これは駅前をよく走っている宣伝カーから流れていた歌だ。千夏のいる駅の近くで宣伝カーが通ったんだ。
そう自分を納得させた直後だった。目の前を同じ宣伝カーが通り過ぎた。稀な偶然に驚き、派手な装飾をした宣伝カーが来た方へ何となく目を向けた。
「ち、なつ?」
ついさっきまで追っていた小さな子が、十メートルほど先でスマホを耳に当てている。横浜にいるはずの、千夏と同じ横顔をして。
――え? 何か言った?
「え、あ、ねえ、今はまだ横浜にいるのよね?」
――うん。
「本当に?」
――どうしたの急に? とりあえず今日は一人で食べるから。はる姉も早めに食べて、先に休んでていいからね。それじゃあ。
一方的に切られたことなんか気にならない。この道の延長線上にある寂しそうな横顔しか映らなかった。どうしてそんな顔をするの。どうして悲しそうに俯くの。それは誰に向けた表情なの。
真っ白になった頭を必死に動かしても、何もわからない。だけど、千夏が歩きだした瞬間にすべきことはわかった。
人の群れに押し返されないように千夏を追う。尾行の心得はないものの、今日という日が味方してくれた。普段なら閑散としている商店街の裏通りですらカップルで賑わい、こじゃれたカフェに列を成していた。どこを歩いても誰かが隠してくれる。
そんな幸運を手に追い始めて十分程度。とある建物の前で千夏が立ち止まった。そのまま入り込むかと思いきや、建物に背を向けて左右を見渡し始めた。
慌てて細い路地に身を隠す。そっと覗き込むと、千夏がそわそわと忙しなく辺りを見回し続けている。
遠ざかっていく背丈の小ささと髪型は千夏そっくり。どう考えても他人の空似。だけどあり余る時間が好奇心を刺激し、興味本位で後を追ってしまった。
交差点を渡り切り、飲食店がひしめくエリアへ進む小さなそっくりさん。あの人も誰かと待ち合わせだろうか。千夏の面影を重ねて、急激に寂しさが加速する。もう一度連絡したらわがままを聞いてくれるだろうか。かすかな期待が胸に広がり、歩道の端で足を止めた。
電話を掛けると、いつもより長い呼出音の後で千夏は応えてくれた。
――はる姉、どうしたの。
「どうしているかなと思って。電車の方はどう?」
――まだ動かないね。
どこかぶっきら棒な受け答え。待ちくたびれてうんざりしているのだろう。自分の身勝手さを省みたものの、もう止められなかった。
「今日の夕ご飯だけど、良かったら一緒に食べない? ちーちゃんが帰ってくるまで待てるから」
――それは嬉しいけど、ものすごく遅くなるよ?
「ちーちゃんと一緒に食べたいの」
――。
千夏の声を待っていたのに、それをかき消す大きな雑音が耳に刺さった。思わずスマホから耳を離す。千夏がいるホームに電車が入ってきたのだろうか。
いや、一瞬だけ聞こえたメロディには聞き覚えがある。これは駅前をよく走っている宣伝カーから流れていた歌だ。千夏のいる駅の近くで宣伝カーが通ったんだ。
そう自分を納得させた直後だった。目の前を同じ宣伝カーが通り過ぎた。稀な偶然に驚き、派手な装飾をした宣伝カーが来た方へ何となく目を向けた。
「ち、なつ?」
ついさっきまで追っていた小さな子が、十メートルほど先でスマホを耳に当てている。横浜にいるはずの、千夏と同じ横顔をして。
――え? 何か言った?
「え、あ、ねえ、今はまだ横浜にいるのよね?」
――うん。
「本当に?」
――どうしたの急に? とりあえず今日は一人で食べるから。はる姉も早めに食べて、先に休んでていいからね。それじゃあ。
一方的に切られたことなんか気にならない。この道の延長線上にある寂しそうな横顔しか映らなかった。どうしてそんな顔をするの。どうして悲しそうに俯くの。それは誰に向けた表情なの。
真っ白になった頭を必死に動かしても、何もわからない。だけど、千夏が歩きだした瞬間にすべきことはわかった。
人の群れに押し返されないように千夏を追う。尾行の心得はないものの、今日という日が味方してくれた。普段なら閑散としている商店街の裏通りですらカップルで賑わい、こじゃれたカフェに列を成していた。どこを歩いても誰かが隠してくれる。
そんな幸運を手に追い始めて十分程度。とある建物の前で千夏が立ち止まった。そのまま入り込むかと思いきや、建物に背を向けて左右を見渡し始めた。
慌てて細い路地に身を隠す。そっと覗き込むと、千夏がそわそわと忙しなく辺りを見回し続けている。
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