ホムンクルス

ふみ

文字の大きさ
上 下
47 / 97
-5-

47

しおりを挟む
 肩を落としつつも、つい先ほど渡った交差点にたどり着いた。青信号というちょっとした幸運をかみしめ歩みを進める。すると見覚えのある背丈に目がいった。
 遠ざかっていく背丈の小ささと髪型は千夏そっくり。どう考えても他人の空似。だけどあり余る時間が好奇心を刺激し、興味本位で後を追ってしまった。
 交差点を渡り切り、飲食店がひしめくエリアへ進む小さなそっくりさん。あの人も誰かと待ち合わせだろうか。千夏の面影を重ねて、急激に寂しさが加速する。もう一度連絡したらわがままを聞いてくれるだろうか。かすかな期待が胸に広がり、歩道の端で足を止めた。
 電話を掛けると、いつもより長い呼出音の後で千夏は応えてくれた。
 ――はる姉、どうしたの。
「どうしているかなと思って。電車の方はどう?」
 ――まだ動かないね。
 どこかぶっきら棒な受け答え。待ちくたびれてうんざりしているのだろう。自分の身勝手さを省みたものの、もう止められなかった。
「今日の夕ご飯だけど、良かったら一緒に食べない? ちーちゃんが帰ってくるまで待てるから」
 ――それは嬉しいけど、ものすごく遅くなるよ?
「ちーちゃんと一緒に食べたいの」
 ――。
 千夏の声を待っていたのに、それをかき消す大きな雑音が耳に刺さった。思わずスマホから耳を離す。千夏がいるホームに電車が入ってきたのだろうか。
 いや、一瞬だけ聞こえたメロディには聞き覚えがある。これは駅前をよく走っている宣伝カーから流れていた歌だ。千夏のいる駅の近くで宣伝カーが通ったんだ。
 そう自分を納得させた直後だった。目の前を同じ宣伝カーが通り過ぎた。稀な偶然に驚き、派手な装飾をした宣伝カーが来た方へ何となく目を向けた。
「ち、なつ?」
 ついさっきまで追っていた小さな子が、十メートルほど先でスマホを耳に当てている。横浜にいるはずの、千夏と同じ横顔をして。
 ――え? 何か言った?
「え、あ、ねえ、今はまだ横浜にいるのよね?」
 ――うん。
「本当に?」
 ――どうしたの急に? とりあえず今日は一人で食べるから。はる姉も早めに食べて、先に休んでていいからね。それじゃあ。
 一方的に切られたことなんか気にならない。この道の延長線上にある寂しそうな横顔しか映らなかった。どうしてそんな顔をするの。どうして悲しそうに俯くの。それは誰に向けた表情なの。
 真っ白になった頭を必死に動かしても、何もわからない。だけど、千夏が歩きだした瞬間にすべきことはわかった。
 人の群れに押し返されないように千夏を追う。尾行の心得はないものの、今日という日が味方してくれた。普段なら閑散としている商店街の裏通りですらカップルで賑わい、こじゃれたカフェに列を成していた。どこを歩いても誰かが隠してくれる。
 そんな幸運を手に追い始めて十分程度。とある建物の前で千夏が立ち止まった。そのまま入り込むかと思いきや、建物に背を向けて左右を見渡し始めた。
 慌てて細い路地に身を隠す。そっと覗き込むと、千夏がそわそわと忙しなく辺りを見回し続けている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

140字の想い

須賀マサキ(まー)
現代文学
 診断メーカーでもらったお題をもとにTwitterで呟いた140文字以内の掌小説です。1日2つずつ作り、100日間続けたので、合計200作になりました。SF、ホラー、甘々のものにツンデレ妹など、豊富なテーマで書いているので、変化が楽しめること請け合いです。  どこから読んでも解りますので、隙間時間のお供にぜひお読みください。  ※毎日7:40と19:40に1話ずつ公開します。

ドラゴンさんの現代転生

家具屋ふふみに
ファンタジー
人が栄え、幸福に満ちた世界。それを遠くから見届け続けた始祖龍のレギノルカは、とても満足していた。 時に人に知恵を与え。 時に人と戦い。 時に人と過ごした。 この世に思い残す事などほぼ無く、自らの使命を全うしたと自信を持てる。 故にレギノルカは神界へと渡り……然してそこで新たなる生を受ける。 「……母君よ。妾はこの世界に合わぬと思うのだが」 これはふと人として生きてみたいと願ったドラゴンさんが、現代に転生して何だかんだダンジョンに潜って人を助けたり、幼馴染とイチャイチャしたりする、そんなお話。 ちなみに得意料理はオムライス。嫌いな食べ物はセロリですって。

指先だけでも触れたかった─タヌキの片恋─〖完結〗

華周夏
現代文学
今あなたは恋をしている。あの子ばかり見つめている。何故解るのか?私があなたを見つめているから。気づかれないようにそっとみる。あなたには私の視線は騒音でしかないから。 あなたを好きになったのは間違っていた?………たぶん、そうだったんだね。私はあなたに嫌われているから。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

言の葉でつづるあなたへの想ひ

春秋花壇
現代文学
ねたぎれなんです。書きたいことは、みんな、「小説家になろう」に置いてきてしまいました。わたしに残っているものは、あなたへの思いだけ……。 何で人が涙を流すと思う? それはな悲しみを洗い流してもっと強くなるためだ だからこれからも私の前で泣けつらかったらそして泣き終わったらもっと強くなるよ あなたのやさしい言葉に抱かれて 私は自分を織り成していく

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

処理中です...