ホムンクルス

ふみ

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「どうしたのちーちゃん?」
 ――ごめん。帰れなくなっちゃった。
 脳内のお花畑が消え去った。バレンタインデーなのに帰れない? たくさんの疑問符が浮かぶ前に声をひねり出した。
「どうして?」
 ――入院してる友だちのお見舞いで、横浜まで来たんだけどさ。
「それは今朝、聞いたけど」
 ――ついさっき電車に乗ろうとしたんだけど、人身事故で遅れているみたいなの。動くまでに時間がかかるみたい。
「そう、なのね」
 ――うん。
 返事の後で流れた沈黙。相当落ち込んでいるのか、いくら待てども何も聞こえなかった。
「何時くらいに帰れそうなの?」
 ――わからない。
「タクシーに乗ったら?」
 ――いくらかかると思ってるの。今日中には帰れるだろうし、心配しないで。
「……夕ご飯を作って待っておくから、早めに帰ってきてね」
 ――いつになるかわからないから先に食べていいよ。あたしもコンビニで適当に済ませるから、それじゃあ。
 引き留めようとして返ってきたのは、冷たい電子音だけ。まるで千夏に突っぱねられたみたい。そう感じるのは、勝手に期待したからなのだろう。
 チョコレートを渡したいから早めに帰ってきてとも、バレンタインを一緒に祝おうとも伝えていない。ただ勝手に期待しただけ。だから千夏が帰ってこなくても、仕方がない。
「……割り切れないよ」
 ペンダントを握って呟いた。そして胸に浮かび始める小さな不平不満。愛しているとはいえ千夏に思うことはたくさんある。指を折って数えれば何往復することやら。
 だけど今日はなるべく考えたくない。バレンタインくらい、愛だけを抱いていたい。
「ご飯、食べてこよう」
 これ以上ネガティブにならないよう支度を始めた。千夏に内緒で買った厚手のパーカーとスキニーパンツ、防寒対策をばっちりして後は髪を結えば……いや、ヘアピンにしておこう。
 遥として生きると決めた以上は、遥になり切らないと。服装は許容範囲ってことで。
 千夏が隠していた部屋の鍵とスマホを持ってアパートを出た。夕焼けに映える寂しげな住宅街を見ていると、こっちまで気が滅入りそう。
 明るく千夏を出迎えるために、値の張る物でも食べよう。そうなると近くの商店街では物足りない。足を伸ばして駅前に行ってみよう。あそこなら流行のものもあるだろうし。
 そう決めた後の行動は驚くほど早かった。足早に駅へと向かい、飲食店をしらみつぶしに見て回った。
 しかし、腕を組んで歩くカップルを目にして歩幅が減っていく。千夏がいなければ何を食べても同じ。無駄にお金を払うくらいなら、うちで適当に作った方がいいのかもしれない。
 深いため息を合図に踵を返した。冷蔵庫の中身が記憶どおりなら、野菜炒めくらいはできるはず。それでお腹を満たして時間を潰し、千夏が帰ってきたらチョコを渡す。その時にお返しがあるといいけれど。
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