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ちーちゃんが指さしながら跳ねている。
「海はさすがに覚えているわ」
「そうじゃなくてっ。海、すごくきれい。泳いだらきっと気持ちいいよ。早く着替えよう」
返事をする前に小柄な体は遠ざかる。リュックとテントを持っているのになんて元気なのだろう。
「ん?」
通知音を響かせたスマホを覗けば『遅い』だの『早くしないと海が逃げちゃう』だの、挙句の果てには『浮き輪膨らませるの大変』と謎の催促。どうして着替える前に、浮き輪を膨らませているのよ。
「若いなあ」
ちーちゃんよろしくため息をこぼし、バッグの持ち手を強く握って駆けだした。
更衣室から出て、すぐにビーチへと急行した。ちーちゃんを追うように慌てて着替えたおかげか、ビーチで陣取るパラソルやレジャーシートは両手で数えられるほど。
適当にスぺ―スを確保して砂を軽くならし、持参したポップアップテントを広げた。ビーチパラソルより便利と聞いて持ってきたけれど、確かにこれはいい。
軽くて持ち運べる上に一人で設置できる。何より夏らしいボーダーが涼しげでかわいい。これは一番大切なことだとちーちゃんが豪語していた。当の本人はいまだに影も形も見当たらないけれど。
「はる姉、みっけ」
テント内で荷物の整理中、開けっ放しの入り口からちーちゃんが顔を覗かせた。
「はる姉ってばこんな所にいたんだ」
ついこの間も見たけれど、ちーちゃんの水着姿はやっぱり眩しい。
黒を基調としたリーフ柄のワンピースタイプで、露出は抑えているものの、眩い太ももに目がいってしまう。右顎の傷も目立っているけれど、見慣れているせいかあまり気にはならなかった。
「人に荷物を丸投げして、勝手にいなくなったくせに……それで、浮き輪は膨らませたの?」
眉をひそめるとちーちゃんがにやりと笑った。
「向こうの海の家で空気入れを借りて膨らませたんだ。ほら、パンパンでしょ?」
渡された浮き輪は空気が充満して、今にも破裂しそうなほど。放り投げればバウンドしてどこかへ跳んでいってしまいそう。
「それよりさ、何か言うことない?」
浮き輪から視線を戻した。ちーちゃんが何やらポーズを決めている。言いたいことはわかるとしても、その姿は大人びた中学生にしか見えない。少しからかってみよう。
「浮き輪、膨らませてくれてありがとう」
「そうじゃなくて。ほら」
ちーちゃんがポーズを変え、仁王立ちして水着を強調している。
「胸、少し大きくなった?」
「もしかしてわざと言ってる?」
「ごめん――じゃなくてごめんなさい。水着、よく似合っているわ」
「でしょ? はる姉もすごく似合ってるよ。買う時も思ったんだけどさ、見る人皆振り返ってなかった?」
「そんなことない……と思う」
胸元のフリルに触れつつ視線を下へ向けた。花柄のフレアタイプを選んだけど、大和撫子には少し派手だったかもしれない。
「そういえばヘアピンは? ここに来るまではユリ柄のを着けてたよね?」
「なくしたら嫌だからロッカーに置いてきたわ」
「ヘアピンもあったらもっとかわいかったのに。怒られなきゃいいけど」
ヘアピンを忘れて誰に怒られるのだろう。そんな疑問はテントから出てすぐに消えた。
熱を帯びた砂を踏む心地良さ。別世界のように冷えた波打ち際。底まで見える海に飛び込んでわかる塩辛さも新鮮で、記憶を失うことも少しは悪くない。そう胸の中で呟いた。
「海はさすがに覚えているわ」
「そうじゃなくてっ。海、すごくきれい。泳いだらきっと気持ちいいよ。早く着替えよう」
返事をする前に小柄な体は遠ざかる。リュックとテントを持っているのになんて元気なのだろう。
「ん?」
通知音を響かせたスマホを覗けば『遅い』だの『早くしないと海が逃げちゃう』だの、挙句の果てには『浮き輪膨らませるの大変』と謎の催促。どうして着替える前に、浮き輪を膨らませているのよ。
「若いなあ」
ちーちゃんよろしくため息をこぼし、バッグの持ち手を強く握って駆けだした。
更衣室から出て、すぐにビーチへと急行した。ちーちゃんを追うように慌てて着替えたおかげか、ビーチで陣取るパラソルやレジャーシートは両手で数えられるほど。
適当にスぺ―スを確保して砂を軽くならし、持参したポップアップテントを広げた。ビーチパラソルより便利と聞いて持ってきたけれど、確かにこれはいい。
軽くて持ち運べる上に一人で設置できる。何より夏らしいボーダーが涼しげでかわいい。これは一番大切なことだとちーちゃんが豪語していた。当の本人はいまだに影も形も見当たらないけれど。
「はる姉、みっけ」
テント内で荷物の整理中、開けっ放しの入り口からちーちゃんが顔を覗かせた。
「はる姉ってばこんな所にいたんだ」
ついこの間も見たけれど、ちーちゃんの水着姿はやっぱり眩しい。
黒を基調としたリーフ柄のワンピースタイプで、露出は抑えているものの、眩い太ももに目がいってしまう。右顎の傷も目立っているけれど、見慣れているせいかあまり気にはならなかった。
「人に荷物を丸投げして、勝手にいなくなったくせに……それで、浮き輪は膨らませたの?」
眉をひそめるとちーちゃんがにやりと笑った。
「向こうの海の家で空気入れを借りて膨らませたんだ。ほら、パンパンでしょ?」
渡された浮き輪は空気が充満して、今にも破裂しそうなほど。放り投げればバウンドしてどこかへ跳んでいってしまいそう。
「それよりさ、何か言うことない?」
浮き輪から視線を戻した。ちーちゃんが何やらポーズを決めている。言いたいことはわかるとしても、その姿は大人びた中学生にしか見えない。少しからかってみよう。
「浮き輪、膨らませてくれてありがとう」
「そうじゃなくて。ほら」
ちーちゃんがポーズを変え、仁王立ちして水着を強調している。
「胸、少し大きくなった?」
「もしかしてわざと言ってる?」
「ごめん――じゃなくてごめんなさい。水着、よく似合っているわ」
「でしょ? はる姉もすごく似合ってるよ。買う時も思ったんだけどさ、見る人皆振り返ってなかった?」
「そんなことない……と思う」
胸元のフリルに触れつつ視線を下へ向けた。花柄のフレアタイプを選んだけど、大和撫子には少し派手だったかもしれない。
「そういえばヘアピンは? ここに来るまではユリ柄のを着けてたよね?」
「なくしたら嫌だからロッカーに置いてきたわ」
「ヘアピンもあったらもっとかわいかったのに。怒られなきゃいいけど」
ヘアピンを忘れて誰に怒られるのだろう。そんな疑問はテントから出てすぐに消えた。
熱を帯びた砂を踏む心地良さ。別世界のように冷えた波打ち際。底まで見える海に飛び込んでわかる塩辛さも新鮮で、記憶を失うことも少しは悪くない。そう胸の中で呟いた。
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