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お菓子作りたいだけなのに

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 今日は孤児院に行こうと思っている。側近たちには伝達魔法で召集をかけた。裁判に関する証拠集めに動いてくれている中申し訳ないが、既に父が勝てる程の資料を手にしている。無理をさせたく無いので俺の休息に付き合ってもらうという名目で休ませることにした。

「クロノス、砂糖を少し追加してくれ」
「はいッ! このくらいで良いですか?」
「あぁ、少しココアを入れても良いかもな。お前も好きだっただろ」
「レイン様が作るものならなんでも好きです!」

 白い粉にまみれたクロノスが笑顔で敬礼。その動作だけで更に粉が舞って、思わず目を瞑る。ただでさえ片方しか見えない目が封じられてしまった。もう少し注意して欲しい所だが、興奮気味のクロノスを落ち着かせるのは難しい。闇の魔法適性が高いクロノスは情緒が不安定になりがちだからだ。俺は興奮で幼児化してしまったクロノスを背後に、黙々とクッキーを作り続けた。

「あぁ·······私の厨房が粉まみれに·········」

 離れた位置で様子を伺っていた料理長の嘆きが聞こえてくる。うちの子が本当に申し訳ない。孤児院の子達が好きだから、というのもあるが気分転換に少しお菓子を作りたかった。仕事が無いと余計なことばかり考えて気分が落ち込んで。そんな繰り返しになることは目に見えていたので先に手を打ったのだ。クロノスを連れてくるべきでは無かったのかもしれないが。

 結局我が家に泊まったルイス殿下も一緒に作りたいと言ってきたがもちろん断った。流石に初心者二人を相手にしていたら心臓が持つ気がしない。

 先程からムスッとしたルイス殿下に睨まれている。俺は仕方ないとため息を吐いた。

「そんなに拗ねないでください。少し味見しますか?」
「··············食べます······」

 ボソッと言って口を開けるルイス殿下。俺はその口にひとつのクッキーを放り込んだ。

「ん、美味しいです。もうひとつください」

 そう言って口を開けるのでまた放り込む。こういうことをするのは数年ぶりだ。昔はよく食べさせることもあったが、反抗期に入ったのかある時期から嫌がるようになった。ここ最近は皇太子と不仲だったため全く会って居なかったのだが、先日の件含め成長しているようだ。俺が追い越されるのも時間の問題だな。少し寂しい気持ちになるが婚約破棄された今はただの他人。皇子殿下にこんなことを思うのは不敬だろう。


 完成したクッキーを容器に詰め、クロノスを落ち着かせようと手を伸ばした時だった。ドタドタと大きな音を立て俺の元に何かが飛び込んできた。その感覚に覚えがあり、辛うじて受け止める。手中の彼と目が合うと、瞳を潤ませながら叫んだ。

「うぅっ········ますたぁぁあ! あのクズに婚約破棄されたんですよね?! 浮気されたんですよね?! 大丈夫ですか?! 殺してきますか?!」
「ノア、落ち着け」
「だって! だってぇ·······ッ··!」

 俺の胸で泣きじゃくる青年。ノア・ネレア。俺の側近の一人で情報収集と回復魔法に長けた青い髪が特徴の青年だ。いつも少し暴走しがちなところがあるが、今この状況はまずい。背後には幼児化した粉まみれのクロノス。厨房の惨状にブツブツ独り言をつぶやく料理長。突然の出来事にドン引きするルイス殿下。

 弟の前で兄を、皇太子を殺す宣言は本当にまずい。落ち着いてくれ。この騒ぎでは父まで来かねない。ノアを追いかけて来たのであろう使用人達がこちらを見て目を点にする。俺も目を点にしたい気分だ。しかしこの状況を正確に把握出来ているのは俺だけ。俺が収集させなければならないようだ。

「すまないが人払いをしてくれ。こちらは気にしなくて大丈夫だ」
「しょ、承知致しました!」

 執事長が居て助かった。ハキハキと指示を出し周囲から人が離れていく。ほっと息をついたのも束の間、次はものすごい力で体に抱きついてくる。

「少し痛い。力を緩めてくれないか?」
「あ、ごめんなさい······」

 別に怒ってないんだが。俯いてしまったので頭を撫でる。突然の召集に急いで駆けつけてくれたのだろう。裁判の件で寝不足なのか目の下にクマが出来ていた。その水色の瞳の奥にも疲労が見える。

「気にする必要は無い。それより少し眠った方が良い」
「分かりました········。マスター」

 本当に分かって居るのだろうか。全く離れてくれる気配が無い。横からノアを引っ張るクロノス。巻き込まれまいと隠密魔法で気配を消すルイス殿下。俺は後片付けをしたいんだが。ノアが寝るまで待つしかないようだ。子供をあやす様に背中を叩いていると寝息が聞こえ始める。剥がそうとしても離れないので結局そのまま作業する事にした。良い筋トレになるかもしれない。
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