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第一章

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九話
 いつもツンとしていらっしゃるカーマイン様が、僕に甘えた態度を取られた。
 
 こんなにカーマイン様を追いつめるなんて、イグニス侯爵は一体どんな親なんだッ!
 あの師範の人、絶対にゆるさないからな!

 僕の腕の中で眠るカーマイン様を横抱きにして、庭園の方へ移動する。
 ちょうど授業を終えられたのか、そこには殿下のお姿があった。

「庭園にいらっしゃるなんて珍しいですね!」
「どうしたの? それ・・・・・・」

 苦笑いを浮かべた殿下は、カーマイン様のお顔を覗き込んだ。
 メンタルが大変みたいです、簡潔に説明すると、あちゃ~と殿下が額を抑える。
 
 芝生の上に布を敷いて、その上にカーマイン様を寝かせる。
 結んだ襟足が解けていることに気がついて、髪を結び直した。

「今日のカーマイン様は甘えん坊さんみたいです」
「ついにフィンの前でボロ出ちゃったかあ~。カインも大変だね・・・・・・」

 天を仰いだ殿下が、しみじみとつぶやく。
 おふたりは幼い頃から交流があるので、お互いの苦労を理解しているのだろう。
 
「お休みになられなくても大丈夫ですか?」
「皇族が昼間から寝ていたら、国が回らないよ」
「殿下が仰られると言葉の重みが違いますね・・・」
 
 カーマイン様といい、殿下といい、子供に厳しいこの世界はどうなっているんだ・・・・・・?
 
 一緒にいることが多いので忘れがちだが、おふたりの一日のスケジュールの九割は仕事が占めている。
 ご公務または授業を受けていらっしゃるのだ。
 
 殿下が将来闇落ちするのも、当然の結果なように思えてきた・・・・・・。

「陛下は、殿下がご無理をなさることは望んでいないと思います」
「えー、そうかな? 僕無理してる? 無理ってなんだっけ・・・・・・?」
「ああっ! 殿下が壊れかけてるっ・・・! ゆっくり休んでくださいっ・・・!」

 様子がおかしい殿下の肩を掴んで、カーマイン様の隣に横になってもらう。
 闇落ちの前兆ですか!? やめてください!

 あはは、呑気に笑みを浮かべている殿下の目元を手のひらで覆って、魔法をかける。
 非常事態なのでお許しください・・・・・・。
 
「フィンのこういう所、好きだよ」
「ありがとうございます。僕も殿下が好きですよ。おやすみなさい」
「うん、おやすみぃ・・・」

 寝息が聞こえてきて、胸を撫で下ろす。
 
 僕の魔法は寝落ちした時の感覚に似ていて、スーッと自然と眠りに就けるらしい。

 闇魔法と水魔法はサポート性能に優れていて、皆さんのお役に立てる。
 転生したのがフィンレーで本当に良かった。



 ゲームについて考えてみた。
 殿下の闇落ちの原因は、周囲から与えられるプレッシャーにある。

 ゲームの中のレインハルトは完璧主義者で、なんでも完璧にこなさないと気が済まない性格だった。
 生まれてから一度もミスをしたことが無い、超人的なキャラクター。

 皇子という立場上、幼い頃から期待され、完璧であることに疲れを感じて壊れてしまう。
 それが僕の知るレインハルトだ。

 彼はいつも笑みを浮かべていて、誰にでも分け隔てなく優しかった。
 そんな彼が"自分にだけ特別に"接してくれるのが、一番人気になった理由なのだろう。

 10歳の殿下でもこの様子なのに、ゲームスタート時は16歳だ。
 あと六年間も殿下は正気を保てるのだろうか。

 11歳のお誕生日を迎えられる頃には、悪役令嬢がストーカーとなって殿下を襲撃する。
 一目惚れをして、毎日皇城へ足を運ばれるのだ。
 
 僕は殿下の将来が不安で仕方がありません・・・。
 カーマイン様の将来も心配です。

 無防備な寝顔を見られる機会も、これからは訪れないのかもしれない。
 おふたりのお傍にしゃがみこんで、脳裏にこの光景を焼きつける。

「・・・・・・・ッ!」

 背後に人の気配を感じた。
 僕の後ろ首に、何かが迫ってきている。
 
 咄嗟に地面に触れて、闇魔法で周辺を真っ黒に染める。同時に殿下とカーマイン様を結界で囲む。
 チッ、舌打ちを鳴らし、気配が離れた。

「ガキでも宮廷魔法使いか・・・・・・」
 
 僕を中心に、真っ黒に染まった地面が波のように揺れる。
 もしも侵入者がこの闇に触れていたら、足を取られて逃げ出すことは出来なかったはずだ。

 瞬時に状況を判断して引いたのを見るに、手練の暗殺者の可能性が高いだろう。

 地面に魔力を送り込んで、闇を操作する。
 侵入者に向かって複数の黒い触手が伸びた。
 
 侵入者はスレスレのところで触手を避け、追撃するもまた避けられる。
 このままだと不利な消耗戦になりそうだ。
 
 相手を無傷で拘束することは諦める。
 獣のように地面に両手を着き、意識を研ぎ澄ませ臨戦態勢に入る。
 姿を猫に変え、侵入者の元へ駆ける。
 顔目掛けて飛びかかると、侵入者は腕を大きく振り上げた。
 
 僕を一直線に捉えた短剣をくるりと空中で避け、人の姿に戻る。
 頭を掴んで地面に叩きつけると、くぐもった声を漏らし短剣を手放した。

「何が目的ですか? 殿下とカーマイン様を狙ったのならば、相応の処罰を受けていただきます」
「クソッ・・・・・・!!」

 背中から触手を出して、全身を拘束する。
 侵入者はおかしな格好をしていた。
 
 僕の後ろ首を狙ったということは、確実に殺すつもりだったはずだ。
 それなのに、顔を隠していない・・・・・・。
 
 まるで自分の正体がバレようが、殺されようが、目的を達成出来るなら関係ないとでも言うかのように、なんの変装もしていないのだ。

 侵入者は僕の問いに応えない。

 再び地面を真っ黒に染めて、絶対に逃げられないよう厳重に拘束する。
 侵入者はグルリと首を180度回すと、僕の瞳を見て狂ったように笑った。
 
「二属性魔法使い・・・お前が最初だ・・・・・・! 絶対に殺してやるからなッ!」
「ッ・・・・・・!」

 侵入者が放った言葉に、僕は凍りついた。
 まさかこの人の狙いは、僕だったのか?
 僕のせいで殿下とカーマイン様に危険が・・・。
 
「フィンレー! 無事か!」
「っ、陛下!!」
 
 僕の魔力の気配を察知したのか、陛下が騎士を連れてこちらへ向かって来ていた。
 ハッと我に返って、声の方を見る。
 
 その時、僕は完全に油断していた。
 侵入者は僕が顔を逸らすと同時に拘束を解き、短剣を手にしていた。

「先に行ってるぜ」
 
 ニヤリと、口元に弧を描いた侵入者が囁く。
 短剣の刀身が、侵入者の首へ向けられた。

「待っ――」

 止める暇もなく、真っ赤な液体が噴き出した。
 目の前でぼとりと頭が落ちる。
 返り血が全身に掛かって、僕の視界は真っ赤に染まった。
 
「あっ・・・ち、がっ・・・・・・ぼく、は・・・・・・」
「フィンレー!」
「ゔっ・・・・・・」

 胃酸が込み上げてきて、口元を抑える。
 僕が油断したせいで、自害してしまった・・・・・・。
 もっとしっかり拘束しておけば、こんなことにはならなかったはずだ。

 目の前がぐるぐると回って、吐き気が止まらない。
 全身が生暖かい・・・・・・。

「ち、が・・・・・・ぼく、の・・・せいで・・・・・・・・」
「相手は皇城を襲撃した大罪人だ。生きていたとしても、極刑は免れなかった」
「ぼく、の・・・せい、で・・・・・・また、・・・・・・・」
「大丈夫だ。落ち着け」

 陛下が僕を抱きしめて、背中を撫でてくださる。
 僕は陛下の服をギュッと握って、深呼吸をした。
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