皇帝の立役者

白鳩 唯斗

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序幕

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四話
「何が起きたんだ・・・?」

 眩ばゆい光を感じ目を開けると、窓際で外を眺めている状況だった。

 自ら剣を突き刺した腹部を触る。

 服を捲って確認すれば、そこには傷どころか傷跡さえ残っていなかった。

 周囲を見渡しても、大公とアルシアンの姿が見えない。床に血痕は無かった。

「ここは・・・・・・」

 天井を見上げれば、俺の宮殿を象徴する六天使の紋章が目に入った。

 ここは間違いなく俺の宮殿だ。

 しかし、部屋の家具の配置が違い、身につけていたはずの勲章の数が足りない。

 鏡の前に立つと、更に驚いた。

 自分の姿が、いくつか若返って見えた。

 いつも左肩にかけていた皇宮監督官を象徴するマントも、皇室を象徴するシルバードラゴンの紋章に変わっている。

 呆然としていると、扉がノックされた。

「ミハエル殿下、陛下がお呼びです」

「侍従長・・・・・・」

 扉の向こうから現れた人物は、侍従長だった。

 記憶にある侍従長よりも明らかに若い。

 真っ白に染まっていた髪も、今は少しだけ黒髪が残っている。

 それに――俺をミハエル殿下と呼んだ。

 皇宮監督官となってからは、殿下という敬称は使われなくなり、閣下と呼ばれるようになった。

 これは皇子としての立場ではなく、"皇宮監督官としての立場を優先するように"という意味を込め、陛下がそう呼ぶよう命じたからだ。

 侍従長が陛下の命令を無視するような、初歩的なミスをするはずが無い。

「聞きたいことがある。今は帝国歴何年だ?」

「1856年でございます」

「・・・っ!!」

 帝国歴1856年だと・・・?

 それは俺が皇太子の任命を断った年であり、皇宮監督官に任命された年だ。

「ミハエル殿下、ご体調が優れませんか?」

「いや・・・すぐに陛下の元へ向かう」

 まだ把握しきれていないことも多いが、陛下がお呼びである以上他のことなど後回しだ。

 侍従長の案内に従って、陛下の部屋へ向かう。

 ・・・・・・・・時空に干渉したのか・・・?

 皇族の権能は世の法則に匹敵し得る力を持つとされている。

 龍人であることも踏まえれば、このような奇跡が起きてもおかしくは無い。

 しかし、一人の皇族が持つ権能は、必ずひとつのみだとされていたはずだ。

 俺の権能は天候を操るものであり、時間を操作するような権能では無い。

 時に関する権能の前例はあるが、現存の皇族にそのような力を持つ者は存在しないのだ。

 廊下を歩きながら、外を眺める。

 膨大な神聖力を持っているからか、皇族は生命に対して敏感だ。

 たまたま肩に止まった鳥を見れば、この世界が夢でも幻でもないことが分かる。

 どうやら俺は、五年前に回帰したようだ。

「陛下・・・・・・ご命令通り、ミハエル殿下をお連れいたしました」

「入れ」

 他の部屋と異なり、大きなシルバードラゴンが彫られた荘厳な扉。

 陛下の寝室だ。

 侍従長が扉を開け、中へ入るよう促される。

「皇帝陛下に拝謁いたします。ミハエル・ローウェル、参りました」

「・・・・・・・」

 ベッドの上で半身を起こす陛下。

 その横に跪けば、手が差し出される。

 そっと陛下の手を右手で掴み、自身の額に当て、ご尊顔を拝見しないよう頭を下げ床を見る。

「偉大なる帝国の月――バルムン・ド・ローウェル皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「・・・・・・表を上げよ」

 陛下の許しを得たので立ち上がる。

 同時に、右手を背中に回す。

 利き手で陛下の手を握り、その後手を背後に回し前に出さないのが謁見の際の礼儀だ。

 帯剣している者が、陛下に刃を向けるつもりが無いことを示すために行う。

「見違えたな。しばらく見ないうちに、皇族としての品格を身につけたようだ」

「ありがとうございます。偉大なる陛下に少しでも近づけるよう、日々精進しております」

「お前なら良い君主になれるかもしれんな」

 初めてお褒めの言葉をいただいた。

 陛下は万人に厳しく、家族であろうと世辞を言うようなお方ではない。

 陛下の代理人として働いた五年間の努力を、認めていただけたような気分になった。

「余がお前を呼んだ理由は分かっているか?」

「はい、存じております」

 侍従長が直接俺を呼びに来たこと、そして五年前だということを考えれば――すぐに分かった。

「第一皇子ミハエル・ローウェル。皇帝になるつもりはあるか?」

「・・・・・・・・・・・」

 五年前に戻る前、正しい表現かは分からないが前世ではすぐにお断りした。

 カシウスがその座を欲していたというのも理由だが、一番は俺の権能にある。

 俺の権能は首都全体の天候を操れるほど、広範囲に影響を及ぼすことが出来る。

 しかし、逆に言えばそれまでということだ。

 皇帝になれば自由に行動が出来なくなる。

 それなれば、俺の権能を必要としている地方地域へ行くことが難しくなってしまう。

 周囲からの反発を押し退けてまで、皇太子の任命を断ったのはそのためだった。
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