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おわりとはじまり
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二話
自身の宮殿に戻って、鏡台に立つ。
指に嵌めていた指輪を取って、手袋を外す。
皇子の頃も勲章や装飾品を身に付けていたが、皇宮監督官になってから何倍にも増えた。
このシルバードラゴンの姿が刻まれた指輪は皇印と呼ばれるもので、皇帝の名のもと書類を決裁する上で必要なものだ。
国政に関わる全ての書類は、皇印が押されていなければ受理されない。
建国当初から継承されているこの皇印は、皇帝と皇帝に認められた者の神聖力を必要とする。
インクなどは必要がなく、神聖力が書類に残るため不正が起こることも無い。
神聖力を流しながら印を押せば、皇室を象徴するシルバードラゴンの紋章が刻まれる聖物だ。
カシウスが皇太子に任命されたのは四年前のことだが、未だに陛下の命によって俺が預かっている。
「いつになったら混乱の時代が終わるのか・・・・・・」
ここ数年は陛下の体調も優れず、隣国との戦争や魔物の侵略など問題が多い。
その上、国内では大事件ばかりが起き、その原因も手掛かりも掴めない状況だ。
本来であれば、皇太子であるカシウスが指揮を執り事件の解決を図るのが望ましい。
しかし、カシウスは戦争にばかり興味を持ち、内政に関しては全て俺に任せている。
執務が嫌な訳では無いが、国民と貴族からの支持を得るためにも、戦争以外でも功績を挙げて欲しい、というのが正直なところだ。
「失礼します。アルシアン殿下より謁見の申し出があります。いかが致しましょうか?」
「アルシアン・・・? 直ぐに通せ」
「かしこまりました」
使用人に紅茶と菓子を用意するよう指示する。
ちょうど入れ違うように、扉の向こうから輝く金髪と銀色の瞳を持った長身の男が現れた。
アルシアン・ローウェル。
皇族は皆銀色の瞳を持ち、瞳孔が縦長だ。
俺とカシウスの髪は銀色だが、皇妃の特徴を受け継いだアルシアンは金色の髪を持って生まれた。
社交界でも人気らしく、よく大臣から娘を結婚相手にどうかと提案されることがあるほどだ。
アルシアンは目の前に跪くと、頬を少し赤らめ微笑みながら俺の手を取った。
「ミハエル閣下に拝謁致します。夜分遅くに謁見を承諾してくださりありがとうございます」
「気にすることは無い。用件はなんだ?」
アルシアンに立ち上がるよう促して、ソファーに座るように目配せする。
すぐに使用人が数人やって来て、机の上に紅茶と菓子を二つずつ置いた。
「紅茶に花か。珍しいな」
机に置かれたカップを摘んで紅茶を一口含む。
カップの中には紅茶と一輪の花が浮いていた。
いつもと作り方が違うのか? 口の中に広がる苦味に違和感を覚える。
アルシアンは俺の指を見ると、一瞬だけ表情を曇らせ口を開いた。
「今日は皇印を外されているのですね」
「常に身に付けるものでも無いからな」
俺の言葉に、アルシアンが深い笑みを浮かべる。
「五年前に陛下と謁見された時は、お兄様が皇太子に任命されるものだと思っていました」
「あれからもう五年か・・・。俺も自ら継承権を手放すことになるとは想像だにしていなかった」
アルシアンが五年前の話を始めた。
社交辞令のような会話を続けていると、次第に話題が国内情勢に関するものに変わる。
「北部の支援を断ったそうですね」
「ああ・・・大公より提出された魔法使いとの協定案が、元老院で否決されたからな」
「お兄様の意見よりも、元老達の意見が優先されたんですか・・・・・・? 無能な老いぼれの分際で、皇族の決定に逆らうとは・・・」
現在、帝国の北部では魔物による被害が多数確認されている。
帝国を魔物から守る最前線要塞である北部が堕ちれば、帝国が滅びるのも時間の問題だ。
あの土地の統治者である彼が対応しているとはいえ、いずれ限界が来るだろう。
「ところで、世間話をしに来た訳では無いのだろう? 用件を聞かせてくれ」
「・・・・・・時間稼ぎはこの辺りで良いか。そろそろ効果が出てくるはずだ」
「効果・・・? なんのこと――ッ・・・!!」
言葉を発しかけたその時、笑みを浮かべるアルシアンの姿にかすみがかかった。
まるで世界が回っているかのような感覚を覚え、思わず口元を抑える。
「ゴホッ・・・これは・・・まさか魔石を入れたのか?」
「ご明察です」
口から溢れる赤黒い液体。
ただの血液ではなく、不純物を排除しようと身体が毒物を排出している証拠だ。
皇族はシルバードラゴンの子孫であり、純粋な神聖力を持っているため大抵の毒物は浄化される。
しかし、魔力は神聖力と相性が悪く、本能的に身体が魔力を排除しようと機能する。
伴う痛みと負担は尋常では無い。
「目的は、なんだ・・・?」
口元を手の甲で拭って、机を支えに立ち上がる。
皇族に魔石を盛るなど、お前を殺すと言っているようなものだ。
アルシアンはポケットから小瓶を取り出すと、指で摘みながら足を組んだ。
「覚えていますか? 昔お兄様と庭園を散歩した際、キョウチクトウという花を見ましたよね」
質問の意味が分からずに、眉を顰める。
意識がおかしいせいか、それとも元から覚えていないのか、アルシアンと庭園を歩いた記憶が――
いや、一度だけあった。
「お前が、・・・蘇らせた花だな・・・・・・」
「覚えていたんですね」
アルシアンは微笑んで、立ち上がった。
昔に一度だけ、一緒に庭園を歩いたことがある。
その時に"完全に枯れて原型を失った花"をアルシアンが蘇らせ、驚いたことがあった。
「魔石を使い育てることで、皇族を死に至らしめるほどの強力な毒を持つ花に改良したんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「龍人とて所詮は人間だったようですね。まさか下賎な魔法使い共が役に立つ日が来ようとは」
魔法使いが集まる魔塔は北部に位置してはずだ。
魔石も彼らが管理している。
アルシアンが北部に行ったことはないはずだが、北部に知り合いが居たのか・・・?
そもそも、俺に毒を盛った理由はなんだ?
「なぜ俺を狙う・・・・・・。それに――陛下とカシウスはどうした・・・・・・?」
「お兄様が知る必要のない事です」
今、この国で実権を握っているのは俺だ。
皇帝陛下の代理人である俺を狙ったということは、反逆が目的か?
自身の宮殿に戻って、鏡台に立つ。
指に嵌めていた指輪を取って、手袋を外す。
皇子の頃も勲章や装飾品を身に付けていたが、皇宮監督官になってから何倍にも増えた。
このシルバードラゴンの姿が刻まれた指輪は皇印と呼ばれるもので、皇帝の名のもと書類を決裁する上で必要なものだ。
国政に関わる全ての書類は、皇印が押されていなければ受理されない。
建国当初から継承されているこの皇印は、皇帝と皇帝に認められた者の神聖力を必要とする。
インクなどは必要がなく、神聖力が書類に残るため不正が起こることも無い。
神聖力を流しながら印を押せば、皇室を象徴するシルバードラゴンの紋章が刻まれる聖物だ。
カシウスが皇太子に任命されたのは四年前のことだが、未だに陛下の命によって俺が預かっている。
「いつになったら混乱の時代が終わるのか・・・・・・」
ここ数年は陛下の体調も優れず、隣国との戦争や魔物の侵略など問題が多い。
その上、国内では大事件ばかりが起き、その原因も手掛かりも掴めない状況だ。
本来であれば、皇太子であるカシウスが指揮を執り事件の解決を図るのが望ましい。
しかし、カシウスは戦争にばかり興味を持ち、内政に関しては全て俺に任せている。
執務が嫌な訳では無いが、国民と貴族からの支持を得るためにも、戦争以外でも功績を挙げて欲しい、というのが正直なところだ。
「失礼します。アルシアン殿下より謁見の申し出があります。いかが致しましょうか?」
「アルシアン・・・? 直ぐに通せ」
「かしこまりました」
使用人に紅茶と菓子を用意するよう指示する。
ちょうど入れ違うように、扉の向こうから輝く金髪と銀色の瞳を持った長身の男が現れた。
アルシアン・ローウェル。
皇族は皆銀色の瞳を持ち、瞳孔が縦長だ。
俺とカシウスの髪は銀色だが、皇妃の特徴を受け継いだアルシアンは金色の髪を持って生まれた。
社交界でも人気らしく、よく大臣から娘を結婚相手にどうかと提案されることがあるほどだ。
アルシアンは目の前に跪くと、頬を少し赤らめ微笑みながら俺の手を取った。
「ミハエル閣下に拝謁致します。夜分遅くに謁見を承諾してくださりありがとうございます」
「気にすることは無い。用件はなんだ?」
アルシアンに立ち上がるよう促して、ソファーに座るように目配せする。
すぐに使用人が数人やって来て、机の上に紅茶と菓子を二つずつ置いた。
「紅茶に花か。珍しいな」
机に置かれたカップを摘んで紅茶を一口含む。
カップの中には紅茶と一輪の花が浮いていた。
いつもと作り方が違うのか? 口の中に広がる苦味に違和感を覚える。
アルシアンは俺の指を見ると、一瞬だけ表情を曇らせ口を開いた。
「今日は皇印を外されているのですね」
「常に身に付けるものでも無いからな」
俺の言葉に、アルシアンが深い笑みを浮かべる。
「五年前に陛下と謁見された時は、お兄様が皇太子に任命されるものだと思っていました」
「あれからもう五年か・・・。俺も自ら継承権を手放すことになるとは想像だにしていなかった」
アルシアンが五年前の話を始めた。
社交辞令のような会話を続けていると、次第に話題が国内情勢に関するものに変わる。
「北部の支援を断ったそうですね」
「ああ・・・大公より提出された魔法使いとの協定案が、元老院で否決されたからな」
「お兄様の意見よりも、元老達の意見が優先されたんですか・・・・・・? 無能な老いぼれの分際で、皇族の決定に逆らうとは・・・」
現在、帝国の北部では魔物による被害が多数確認されている。
帝国を魔物から守る最前線要塞である北部が堕ちれば、帝国が滅びるのも時間の問題だ。
あの土地の統治者である彼が対応しているとはいえ、いずれ限界が来るだろう。
「ところで、世間話をしに来た訳では無いのだろう? 用件を聞かせてくれ」
「・・・・・・時間稼ぎはこの辺りで良いか。そろそろ効果が出てくるはずだ」
「効果・・・? なんのこと――ッ・・・!!」
言葉を発しかけたその時、笑みを浮かべるアルシアンの姿にかすみがかかった。
まるで世界が回っているかのような感覚を覚え、思わず口元を抑える。
「ゴホッ・・・これは・・・まさか魔石を入れたのか?」
「ご明察です」
口から溢れる赤黒い液体。
ただの血液ではなく、不純物を排除しようと身体が毒物を排出している証拠だ。
皇族はシルバードラゴンの子孫であり、純粋な神聖力を持っているため大抵の毒物は浄化される。
しかし、魔力は神聖力と相性が悪く、本能的に身体が魔力を排除しようと機能する。
伴う痛みと負担は尋常では無い。
「目的は、なんだ・・・?」
口元を手の甲で拭って、机を支えに立ち上がる。
皇族に魔石を盛るなど、お前を殺すと言っているようなものだ。
アルシアンはポケットから小瓶を取り出すと、指で摘みながら足を組んだ。
「覚えていますか? 昔お兄様と庭園を散歩した際、キョウチクトウという花を見ましたよね」
質問の意味が分からずに、眉を顰める。
意識がおかしいせいか、それとも元から覚えていないのか、アルシアンと庭園を歩いた記憶が――
いや、一度だけあった。
「お前が、・・・蘇らせた花だな・・・・・・」
「覚えていたんですね」
アルシアンは微笑んで、立ち上がった。
昔に一度だけ、一緒に庭園を歩いたことがある。
その時に"完全に枯れて原型を失った花"をアルシアンが蘇らせ、驚いたことがあった。
「魔石を使い育てることで、皇族を死に至らしめるほどの強力な毒を持つ花に改良したんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「龍人とて所詮は人間だったようですね。まさか下賎な魔法使い共が役に立つ日が来ようとは」
魔法使いが集まる魔塔は北部に位置してはずだ。
魔石も彼らが管理している。
アルシアンが北部に行ったことはないはずだが、北部に知り合いが居たのか・・・?
そもそも、俺に毒を盛った理由はなんだ?
「なぜ俺を狙う・・・・・・。それに――陛下とカシウスはどうした・・・・・・?」
「お兄様が知る必要のない事です」
今、この国で実権を握っているのは俺だ。
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