上 下
52 / 72
ポーション監修編

第115話 好評と告知

しおりを挟む
「――キュキュッ!」
「お、ツキネ」

 翌日の昼間、厨房で注文をさばいていた俺のもとにツキネがやってくる。

 一瞬注文が入ったのかと思ったが、注文票を咥えていない。

「どうした?」
「キュウ! キュキュ!」
「そうか、やっぱり人気だな」

 ツキネが教えてくれたのは、今日からテイクアウトで販売を始めたパン・オ・ショコラの売行きについて。

 バタークッキーに続く甘い系の商品なので売れるとは思っていたが、想像していた通り、いやそれ以上に売れているようだ。

 人気を想定して多めに作ったにもかかわらず、すでに品切れ寸前の勢いらしい。

 それだけテイクアウトに注目が集まっているという証拠だろう。

「しばらくは多めに作っておかなきゃな」

 再びホールに出ていくツキネを見送り、俺は口角を上げる。

 ちなみに以前はクービスを嫌っていたツキネだが、最近は普通に接するようになった。

 嫌われたままでは辛いと嘆いたクービスの献身的な態度が功を奏したようだ。

 ただ、俺の弟子というクービスの立場ゆえか、ツキネと彼の間にもふんわりとした上下関係がある。

 ツキネにとって俺が主人、ビアとフルールが友達だとすれば、クービスは群れの子分といったところか。

 時折肉球のマッサージ等を求めているが、クービスもツキネが可愛いのかまんざらではないようなので、俺とビア達も微笑ましく見守っている。

 もしツキネが今もクービスを嫌っていれば、テイクアウトの様子を自発的に見に行くこともなかったはずだ。

 それから一、二時間後、店の昼休憩に入った俺達は、隣の建物のリビングでテーブルを囲む。

 昼休憩には俺の料理、いわゆるまかないを出すのだが、今日のメニューは『ボロネーゼ』。肉の旨みを最大限に引き出した渾身の一品だ。

「すごく美味しいね! カルボナーラも美味しいけど、ボクはこっちのほうが好きかも」
「ん。正式メニューでもいける」
「キュキュ♪」

 ビア達にも大好評のようで、フルールなんかはあっという間に半分以上食べ進めている。

 ツキネのまかないはパスタではなく特製の『稲荷ボロネーゼ』だが、こちらもかなり気に入ったようだ。

「相変わらず店長の料理は絶品ですね!」
「毎日のように新しい料理が出てくるので驚きです」

 カフェラテ姉弟も笑みを浮かべてくるくるフォークを巻いている。

 幸せそうな顔で食べてくれるので、見ていると俺まで嬉しくなった。

「師匠、これはまた格別の料理ですね」

 そして俺の隣に座るクービスも、ボロネーゼを一口食べて目を瞠る。

 実力派の料理人であり、俺の料理を研究している彼は、どんなまかないでも一度観察してから食べるのだ。

「肉の旨み、トマトの甘味と酸味……それとこれは……何かの酒? 一体どうすればこんなに豊かな風味を……」

 真剣な料理人の顔になりながら、一口一口を大事そうに味わうクービス。

 その対面で爆食いするフルールとの対比が面白い。

 そんな彼らに笑いながらボロネーゼを食べる俺だったが、今回の料理は我ながらいい出来だ。

 メニューの内容的にバランスを取ってカルボナーラのみにしていたが、フルールの言うようにパスタ枠としてボロネーゼを入れるのもありだな。

 いい感じのクオリティだし、 味の分析に長けたクービスの反応もいい。

 昼休憩を取り入れて以降、試作料理の反応を見る機会が増えたのはありがたいことだった。

「そういえば師匠、パン・オ・ショコラなのですが……」
「ああ、もしかしてもう売り切れた?」
「はい、一時間ほど前に。甘い物ということで特に女性人気がすごく、ほとんどの女性客が買われていきました。実際、味も素晴らしいですから、しばらく人気が続きそうですね」

 俺はボロネーゼを食べながら、クービスの言葉に頷く。

 先日出した新メニューの照り焼きバーガーもいまだ早めに売り切れるようだし、パン・オ・ショコラもそれと同じかそれ以上の人気になりそうだ。

「すごいペースで売れてるみたいだけど、負担はかかってないか? 来週からはドリンクも増えるだろうし」
「今はまだ全然余裕ですね。ドリンクもドリンクバー方式なのでそれほど問題にはならないかと」
「そうか。まあ、忙しい時はツキネにでも言ってくれ」
「キュウ?」
「仲も良くなってきたし、言えば手伝ってくれると思うぞ」
「キュ!」
「そうですね、ありがとうございます」

 仕方ないなぁという様子のツキネを横目に、クービスが笑って答える。

 ホール業務も姉弟のおかげで余裕を持って回せているので、ツキネに上手く動いてもらえばパンクすることはないと思う。

「それと、皆。今日の営業終わりだけど、ビラ作成を手伝ってもらえないか?」
「ビラ作成?」
「なんのビラですか?」
「ドリンクの追加についてのビラだよ」

 疑問の声を上げるビアとカフィに目をやり、俺は皆に説明する。

「ドリンクのテイクアウトはコップの返却とか持参とか、初めてだと理解するのに時間がかかるだろ? いきなり始めたら列の進みが止まりそうだし、事前に告知しようと思って」
「なるほど! たしかにスムーズになりそうだね」
「ん。いい考え」
「だろ? 口頭説明だと面倒くさいからな」

 主にテイクアウト窓口に並ぶお客さんに告知する予定だが、一人一人に説明するのは効率が悪い。

 クービスに無駄な負担をかけないためにも、商品と一緒にビラを渡すスタイルを考えたわけだ。

 ビラには蓋付きのコップを用いること、返却による返金あり等というルールについて記載する。

「そんなに手の込んだものじゃなくていいから、皆で協力して作らない?」

 そう言ってテーブルを見回すと、皆「もちろん」と頷いてくれる。

 改めて、素晴らしい従業員に恵まれたと感じるのだった。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

偽神に反逆する者達

猫野 にくきゅう
ファンタジー
 ・渓谷の翼竜  竜に転生した。  最強種に生まれ変わった俺は、他を蹂躙して好きなように生きていく。    ・渡り鳥と竜使い  異世界転生した僕は、凡人だった。  膨大な魔力とか、チートスキルもない──  そんなモブキャラの僕が天才少女に懐かれて、ファンタジー世界を成り上がっていく。  ・一番最初の反逆者  悪徳貴族のおっさんに転生した俺は、スキルを駆使して死を回避する。  前世の記憶を思い出した。  どうやら俺は、異世界に転生していたらしい。  だが、なんということだ。  俺が転生していたのは、デリル・グレイゴールという名の悪徳貴族だった。  しかも年齢は、四十六歳──  才能に恵まれずに、努力もせず、人望もない。    俺には転生特典の、スキルポイント以外何もない。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!

鈴浦春凪
ファンタジー
HOT最高は12位? 以上 ですがお気に入りは付かない作風です ある日突然、異世界の草原で目を覚ました主人公。 記憶無し。食べ物無し。700km圏内に村も無し。 無いもの尽くしの不幸に見舞われた主人公には、名前もまだ無い。 急な災難に巻き込まれた少年が、出会う人々の優しさにより。 少しずつ異世界へと馴染み、やがて、現代日本の農業とグルメ。近代知識を生かして人生を歩む話。 皮肉家だが、根はやさしい少年が、恩人から受けた恩をこの世界へ返してゆく *ステータスは開示されず、向いた職業の啓示を受ける世界です

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。