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1巻
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「なるほど……」
それならば、あの驚きようも納得だ。少しばかり迂闊だったと反省しつつ、この世界の食事情について考える。
地球とは違うわけだから、砂糖以外の調味料も貴重な可能性は低くない。俺の知らない調味料類がたくさんあっても変ではないし、予想もつかぬような食文化が浸透しているかもしれないわけだ。
「……メグルさん?」
「ああ、すみません! ぼーっとしてまして。グラノールさん達にはお世話になったので、この砂糖はぜひ受け取ってください」
「いいんですか?」
「もちろんです」
そう頷くと、喜色をあらわにするグラノールさん。
「ありがとうございます!! そうだ、こんなに良い物をいただいたのですから……」
彼は隣のフレジェさんに目配せし、カバンから何かを取り出させる。何だろうと思っていると、重そうな見た目の布袋を渡された。
「貴重な砂糖をいただいたお礼です。一日分くらいの食費にはなると思いますので、好きなように使ってください」
袋の口からは、たくさんの貨幣が覗いている。
「そんな……砂糖はお礼の品なのに、悪いですよ」
一日分の食費とは言われたが、どう考えても貰いすぎだ。この国の貨幣価値はわからないが、布袋にはかなりの重さがあるように見える。
「砂糖をお礼に貰っては、こちらのほうが貰いすぎですよ。それにメグルさんは、お金を持っていないでしょう?」
「お金は……ないですけど」
笑いながら言うグラノールさんに図星をつかれ、一瞬言葉を失う。
結局は押し切られる形で、お金を受け取ることになった。
「メグルさん、今日は楽しい時間をありがとうございました。私達は明日の午前までこの街に滞在するので、何かあれば訪ねてください」
グラノールさんにそう言われた後、フレジェさんから小さな紙切れを渡される。それは彼らの泊まる宿の名前と住所が書き込まれたものだった。
この世界の言語のようだが、普通に読めるのは神様のサポートのおかげだろうか?
ふとそんなことを考えつつ、俺は馬車から降りる。
「ありがとうございました! 王都に行ったら絶対店に行きますから!」
「ええ、お待ちしております。その際はまた、エッセンの話をしましょう」
グラノールさんの言葉と共に、ゆっくり馬車が動き出す。
俺は深く頭を下げ、彼らの馬車が角を曲がるまで見送った。馬車の姿が見えなくなると、少しだけ寂しい気持ちになる。
王都には絶対行こう――そう決意し、拳を握る俺。
周りを見回せば、活気にあふれる街の様子が目に入った。
この世界に来て初めての街。俺にとって本当の意味で、新たなスタートとなる場所だ。
静かに深呼吸をした俺は、人生を紡ぐ大きな一歩を踏み出した。
第三話 恩人と異世界料理
異世界初めての街、フォレット。
街に入る前に聞いた説明によると、王国北部にある中規模の街ということだ。人口に対して小さめな街なので賑わいがあり、良質な飲食店が比較的多いと言っていた。
軽く見た感じ、中世ヨーロッパの街に似ている印象だ。以前ヨーロッパ遠征に行った際、どこかの旧市街で似たような街並みを見たことがある。
そして異世界ならではの光景が、通りを歩く人々の姿。
獣耳が生えた人や腕を鱗に覆われた人、身長の低いドワーフのような人等がいて、街娘風や鎧姿等、その格好も様々だ。空想世界の住人達が歩く光景に、この場所がもう地球ではないのだと実感する。
「さてと……」
そんな様子を眺めながら俺が目指すのは、グラノールさんにおすすめされたレストラン。
街を説明するついでと言って、知人の店を教えてくれたのだ。かつては王都で店を構えていた実力者が開いた店で、料理の味は間違いないらしい。
馬車を降りた場所から、大通りを歩くこと数分。教えられた裏路地を曲がると、壁全体が赤い小洒落た店が目に入る。
看板に書かれた店名は『フォレットの森』。グラノールさんにすすめられた店で間違いない。
赤い壁に映える水色の扉から中に入ると、こちらに気付いた給仕の女性が席まで案内してくれた。席に着いた俺は、さきほど貰った布袋の中身を女性に見せる。
「すみません……この国のお金に詳しくないのですが、これで足りるでしょうか?」
「えーと……」
袋を覗き込んだ女性の目が見開かれる。
「十分ですよ! これだけあれば十皿……二十皿食べても平気な額がありますね!」
念のため確認した結果、やはり結構な額だったらしい。
グラノールさんはたいした額じゃないと言ったが、追加のお礼をしなければいけないな。
俺はそう思いつつ、おすすめのメニューを尋ねる。初めて訪れるレストラン、それも異世界のレストランとなれば、自分で選ぶより店のおすすめを出してもらうのが安心だろう。
「当店のおすすめは『タウルスの塩煮込み』です。フォレットの郷土料理でして、当店が王都にあった時から人気のメニューだったんですよ!」
「では、それを一皿お願いします」
厨房に向かう彼女を見送った俺は、店内の様子を観察する。
外観と同じく洒落た内装で、ヨーロッパ風のカフェといった趣だ。客層も落ち着いた感じで、居心地の良い静かな空気が流れている。
「タウルスの塩煮込み……どんな料理なんだろう?」
タウルスと聞くとケンタウロスやミノタウロス等が思い浮かぶが、牛系の動物か何かだろうか? その肉を塩で煮込んだ料理なのだろうが、味は全くの未知数。まずタウルスの味を知らないし、この世界の調味料事情もわからない。
王都で活躍するグラノールさんのお墨付きなので期待はできるが、これほど情報のない中で食べる料理は初めてだ。果たしてどのような味がするのか……あれこれ想像を膨らませていると、深皿を手にした給仕の女性がやってきた。
「タウルスの塩煮込みです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
女性に礼を言い、置かれた深皿に視線を落とす。
スープ系の料理で、淡い茶色のスープにブロック状の肉が沈んでいる。
タウルスのものと思われる肉は牛肉に似ていて、スプーンで掬うといくつか筋のようなものが見える。
他にもニンジンのような野菜、ブロッコリーのような野菜等、俺の知るものとは少しずつ違う野菜類が入っていて、スープの表面には刻みハーブが散らされていた。そのためなのか、顔を近づけるとバジルのような匂いがする。
「……いただきます」
周りに聞こえない音量で呟き、静かに手を合わせる。まずはベースのスープから飲んでみよう。
「……!!」
口にした瞬間、予想外の味に驚く。
塩ベースのあっさりスープと思っていたが、想像以上に味が深い。タウルスの骨か何かで出汁を取ったのか、塩味に加えて独特な風味を感じる。初めての味だが嫌な感じは全然なく、爽やかなハーブの香りもあって飲みやすい味だ。
何度かスープを味わった後、メインの肉を口に運ぶ。見た目通り牛肉のような食感と味だが、スープにも感じた独特の風味が含まれている。やはりスープにはタウルスの出汁が使われていたのだろう。肉とスープの風味が綺麗に調和していて普通に美味い。
野菜もしっかり煮込まれていて、スープの味がよく染みている。肉に負けない確かな存在感があり、味のバランスに貢献していた。
「うん、美味いな」
たしかにこれは、王都で人気だったのも頷ける一杯だ。
濃厚なわけではないのだが不思議と満足感があり、食べ終える頃には心地よい満腹感があった。
これまでに食べてきたトップレベルの料理には及ばないが、文化の異なる地球の料理と比べるのはフェアではない。いずれにしても完成度の高い料理であることは確実で、俺はその味に満足した。
「ごちそうさまでした」
胸の前で手を合わせた俺は、給仕の女性に会計をお願いする。
お金の価値がわからないため、計算は全て彼女任せ。銀貨二枚を渡して銅貨三枚のお釣りを貰った。ずっとこうするわけにもいかないので、後ほど貨幣の価値を調べる必要がある。
「ふぅ……食った食った」
店をあとにした俺は、息を吐きながら呟く。
初めての異世界料理は独特の魅力があり、興味深い経験になった。
フォレットの森を出た俺は、近くにある雑貨屋を探す。砂糖を売る準備のためだ。
グラノールさんによれば、料理人ギルドと呼ばれる場所で食材を買い取ってもらえるらしい。
砂糖は貴重みたいだし、高値で売れる可能性が高い。そう考えた俺は、砂糖を詰める用の袋を買うことにしたのだ。
「おっ、あそこはどうかな」
大通りに良さげな雑貨屋があったので、とりあえず入店してみる。
店主のおばちゃんに布袋が欲しいと言うと、銅貨二枚で五つの袋を購入できた。本来は四つ分の値段ということだが、この街が初めてと伝えた俺におまけしてくれたのだ。
「あの、ついでに少し訊きたいことがあるんですが」
人の良さそうな店主だったので、思い切って貨幣のことを尋ねてみる。追加で二枚の布袋を買うと伝えたところ、快く教えてくれた。
曰く、アピシウス王国の通貨単位は『パスト』と呼ばれ、最小単位の貨幣は鉄貨。
鉄貨一枚が一パスト、小銅貨一枚が十パスト、銅貨一枚が百パスト、銀貨一枚が千パスト、金貨一枚が一万パスト……という風に、各桁に対応した硬貨があるらしい。
金貨のさらに上の大金貨、そのさらに上の白金貨もあるようだが、あまり使われないとのこと。大金貨以上を使うのは貴族等の上流階級がメインだそうだ。
「銅貨一枚で、安いパンが一、二個買えるくらいだよ」
店主はそう言っていたので、日本の感覚で言うと銅貨一枚が百円程度。銅貨一枚は百パストに相当するため、大まかな計算だが一パスト=一円と考えて問題ない。
グラノールさんから受け取った袋には金貨も数枚入っていたので、少なく見積もって数万円はある計算だ。改めて、とんでもなく親切な人だと思う。
また、お金の話を聞きがてら、この世界の暦についても聞いておいた。
空や太陽の感じから地球と似ているとは思っていたが、一年の長さはほとんど同じ三百六十日らしい。一週間の長さは六日で、一カ月が五週間。全ての月が三十日なので、地球よりも単純な形だ。スキルの使用時もSFっぽいウィンドウが表示されるし、ゲームのようにシステマチックな世界なのだろうと思った。
実際、お金の計算もかなり日本と近いから、ゲームを参考に作られた世界だとしてもおかしくない。
「ありがとうございました」
約束通り布袋二枚を購入し、俺は雑貨屋をあとにした。
頭上の空が少しだけ赤みがかっている。暗くなってしまう前に、今夜の宿を探したほうがいいだろう。
雑貨屋からしばらく歩いたところで、宿街のような場所に出た。至る所にベッドマークの看板があり、二階建ての建物が連なっている。
「お兄さーん! 宿をお探しですか?」
左右を見ながら歩いていると、犬耳の少女に話しかけられた。
ホテルの従業員のようだが、今日は客が少ないのだろうか。
尻尾を振りながら必死に呼び止める様子が微笑ましく、聞いてみたところ角部屋も空いていると言うので、泊まらせてもらうことにした。
宿の料金は、一泊あたり千五百パスト。銀貨一枚と銅貨五枚を支払い、二階の角部屋に通される。
五畳ほどの簡素な部屋だが、ベッドとテーブルは清潔で、泊まるだけなら十分だった。
「【味覚創造】」
テーブル前の椅子に座った俺は、【味覚創造】を発動する。
【味覚創造】→タップで創造開始
【作成済みリスト】3件→タップで表示
【残存魔力】348/391
「魔力が結構増えてるな……」
キュウリの漬物や砂糖を作ったことで、魔力量の最大値が当初から百以上増えている。残っている魔力量も思ったより多い。自然回復のペースからすると数値が大きい気がするし、食事の栄養で回復した可能性があるな。
「なんにせよ好都合だ」
俺がスキルを発動したのは、グラノールさん達へのお礼のため。
数万円分のお金まで貰っているのだから、貴重とはいえ砂糖だけでは忍びない。三百五十ほど魔力があれば、ちょっとした食事を作成することができるはずだ。
「んー、何を作ろうか……」
食事と言っても、何でも渡せるわけではない。お礼として渡す以上は、保存が利いて袋に入る物が前提になる。生物や湿り気を帯びた食べ物は全てNGだ。
「保存が利いて乾燥した物……クッキーなんかはどうだろう?」
お菓子なら手軽に食べられるし、砂糖が貴重な世界では甘味が喜ばれるのではないか。
我ながら名案だと思いながら、【味覚創造】のボタンをタップする。
頭の中にイメージするのは、かつて焼き菓子の名店で買った絶品クッキー。シンプルな味でありながらバターの香りが上品で、そのクオリティに感動したのを覚えている。
味覚名:バタークッキー
要素1【生地】→タップで調整
要素2【バター】→タップで調整
要素3【砂糖】→タップで調整
要素4【塩】→タップで調整
消費魔力:121
→タップで【味覚チェック】
→タップで【味覚の実体化】
切り替わった画面に表示されたのは、【生地】【バター】【砂糖】【塩】の四要素。
小麦粉ではなく【生地】となり、お茶の時のような【甘味】ではなく【砂糖】となってしまうあたりが、スキルの素晴らしい柔軟性を示している。
俺はさらに【牛乳】をイメージして付け足すと、各要素の調整に入った。
いろいろと細かく弄ってみるが、元の繊細なテイストを再現するのは難しい。パティシエの方が試行錯誤して作り上げた味なのだから、そう簡単に再現できないのは当たり前だ。
パティシエの方に敬意を表しつつ、俺は俺なりに最高の味を探っていく。
スキル特性からして多層的な味作りに向いているため、一要素の調整にとらわれすぎないことが大切だ。
【香ばしさ】や【牛乳のコク】等、徐々に要素を重ねていき、【味覚チェック】で適宜その味を確認する。
「お、かなりいい感じなのでは?」
味覚チェックを行うこと数十回、ついに納得の味が出来上がった。
当初のシンプルなイメージとはだいぶ異なるが、バターと牛乳のコクが際立ち、これはこれで最高の味だ。消費魔力は三百三十とギリギリになってしまったが、それに見合うだけのクオリティに仕上がっている。
実体化ボタンを押すと全身からごっそり魔力が抜け、バタークッキーの小山が生まれた。
「ふぅ、さすがにかなり疲れるな」
魔力不足の倦怠感を我慢しながら、クッキーを袋詰めしていく。
ポケットに入れるのもどうかと思ったので、詰め終えた袋を手にしたまま部屋を出た。
受付の犬耳少女に懐のメモを見せ、グラノールさん達が泊まるアピトという宿の場所を尋ねてみる。有名な高級宿だったらしく、少女はすぐに教えてくれた。
それから走ること十分ほどでアピトに着いたが、グラノールさん達は出かけている最中だった。フロント係に布袋を渡した俺は、言伝を頼んでアピトを出る。
自分の宿に戻ってきたのは、すっかり辺りが暗くなった時のことだった。
第四話 料理人ギルド
その翌朝、俺はベッドに伏せた状態で目を覚ました。
アピトからの帰着後、倒れ込むように寝落ちしてしまったらしい。異世界生活初日で単純に疲れていたのと、大部分の魔力を消費したのが原因だろう。
ベッドの縁に腰かけた俺は、まどろみの中で今日の予定を考える。
「まずはお金だよな……」
この世界に来て間もないこともあり、王都を目指す以外の目標は特にない。
当然今日の予定もないが、ひとまずは〝自分のお金〟を用意したいという気持ちがある。
現在手元にあるお金はあくまで貰い物のため、使わずに済むならそのほうがいい。
そうなるとまずは、買取をしている料理人ギルドに行くべきか。すっかり目が覚めた俺は机に移動し、砂糖の生成を始める。
「いやあ、楽だなぁ」
生成と言っても調整する必要はなく、【作成済みリスト】から砂糖を選択するだけだ。
睡眠で魔力が回復したので五回分の砂糖を生成し、まとめて一つの袋に詰める。リュック等はないためポケットに突っ込み、チェックアウトを済ませてから街に出た。
料理人ギルドは、フォレットのメインストリートにあったはずだ。馬車を降りた大通りの先に、コック帽の描かれた巨大看板が覗いていたのを覚えている。さきほど受付で聞いたギルドマークと一致するため、あれが料理人ギルドで間違いない。記憶を頼りにそちらを目指す。
「そういえば……」
マークと言えば、王国貨幣にもナイフとフォークが描かれていたことを思い出す。砂糖の生成後に袋の残金を確認し、その際に初めて気付いたことだ。
料理特化のギルドといい、貨幣の紋章といい、この国が料理に注ぐ情熱は本物である。今歩いている大通りにもたくさんの飲食店が並んでいて、早い時間帯にもかかわらず賑わっている。
それから十分ほど歩いたところで、例の巨大看板に辿り着いた。
コック帽の下に『料理人ギルド』と書かれている。周囲より一回り大きい二階建ての建物が、この国におけるギルドの地位を表しているようだ。
「これが料理人ギルドか……」
唾を呑み込み、恐る恐る扉を開ける。
天井が吹き抜けになっており、外からの見た目以上に広く感じる。
入り口付近は飲食スペースらしく、長テーブルで食事する人々の姿があった。正面奥にはカウンターが設けられており、壁際には二階へ続く階段がある。
俺は砂糖を売るべく、奥のスペースへと向かう。近くに行くと、端のほうに『買取』のカウンターを見つけた。他のカウンターと違って、今は誰も並んでいない。
「こんにちは」
カウンターにいたギルド嬢が、俺を見てにこやかに挨拶する。
「こんにちは。買取をお願いしたいのですが」
「ギルドカードはお持ちですか?」
「いえ、持っていません」
「買取の前にカードの発行をお願いしています。発行手数料として二百パストいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
銅貨二枚を支払いながら理由を尋ねると、セキュリティのためだと答えてくれた。買取でトラブルを起こした人間を、カードで把握しているらしい。
さすがは美食の都を抱える国。食に関しての安全対策に抜かりがない。
「料理人として働きたいなら、その時にもギルドカードが使えますよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
どうやら辺境の村など一部の例外を除き、王国内で料理人になるにはギルドへの加入が必須らしい。
買取の時と同じく、料理人の情報を把握しておくためだろうか。
そう思っていると、ギルド嬢は続けて説明する。
「ただ、街によっては追加で審査が必要になることもあります。特に王都では、審査に合格して星を貰った人しか料理人と認められません」
「厳しい世界なんですね……」
苦笑いを浮かべて答えながら、砂糖の袋を取り出す俺。
「ところで、買取のほうなんですが」
「ああ! すみません! すぐにカードを作りますね」
渡されたカードに名前を記入した後、魔力登録のための装置に手を置かされる。
元地球人なのでエラーが出ないか不安だったが、何事もなく登録は終わり、ギルドカードが発行された。
「お待たせいたしました。それで、本日お持ちいただいた食材は?」
「この袋の中に入っている砂糖です」
ポケットにしまい直していた袋をカウンターに載せながら言う。
「はい、砂糖ですね――砂糖!?」
大きな声を出し、はっと口を塞ぐギルド嬢。
「本当に砂糖ですか?」と詰め寄られたので、気圧されるように首肯する。
「まさか本当に砂糖だなんて……でも、ここで味見するわけにはいかないし――」
ぶつぶつと呟く彼女を見ながら、予想以上の反応に困ってしまった。
驚かれるかもしれないとは思っていたが、まさかここまで驚くとは。お金のためとはいえ砂糖を出したのはまずかったか?
「しょ、少々お待ちください……!」
慌てた様子のギルド嬢は、袋を持ってカウンターを出ていく。二階へ上がる姿を見て不安になったが、数分もせずに戻ってきた。
それならば、あの驚きようも納得だ。少しばかり迂闊だったと反省しつつ、この世界の食事情について考える。
地球とは違うわけだから、砂糖以外の調味料も貴重な可能性は低くない。俺の知らない調味料類がたくさんあっても変ではないし、予想もつかぬような食文化が浸透しているかもしれないわけだ。
「……メグルさん?」
「ああ、すみません! ぼーっとしてまして。グラノールさん達にはお世話になったので、この砂糖はぜひ受け取ってください」
「いいんですか?」
「もちろんです」
そう頷くと、喜色をあらわにするグラノールさん。
「ありがとうございます!! そうだ、こんなに良い物をいただいたのですから……」
彼は隣のフレジェさんに目配せし、カバンから何かを取り出させる。何だろうと思っていると、重そうな見た目の布袋を渡された。
「貴重な砂糖をいただいたお礼です。一日分くらいの食費にはなると思いますので、好きなように使ってください」
袋の口からは、たくさんの貨幣が覗いている。
「そんな……砂糖はお礼の品なのに、悪いですよ」
一日分の食費とは言われたが、どう考えても貰いすぎだ。この国の貨幣価値はわからないが、布袋にはかなりの重さがあるように見える。
「砂糖をお礼に貰っては、こちらのほうが貰いすぎですよ。それにメグルさんは、お金を持っていないでしょう?」
「お金は……ないですけど」
笑いながら言うグラノールさんに図星をつかれ、一瞬言葉を失う。
結局は押し切られる形で、お金を受け取ることになった。
「メグルさん、今日は楽しい時間をありがとうございました。私達は明日の午前までこの街に滞在するので、何かあれば訪ねてください」
グラノールさんにそう言われた後、フレジェさんから小さな紙切れを渡される。それは彼らの泊まる宿の名前と住所が書き込まれたものだった。
この世界の言語のようだが、普通に読めるのは神様のサポートのおかげだろうか?
ふとそんなことを考えつつ、俺は馬車から降りる。
「ありがとうございました! 王都に行ったら絶対店に行きますから!」
「ええ、お待ちしております。その際はまた、エッセンの話をしましょう」
グラノールさんの言葉と共に、ゆっくり馬車が動き出す。
俺は深く頭を下げ、彼らの馬車が角を曲がるまで見送った。馬車の姿が見えなくなると、少しだけ寂しい気持ちになる。
王都には絶対行こう――そう決意し、拳を握る俺。
周りを見回せば、活気にあふれる街の様子が目に入った。
この世界に来て初めての街。俺にとって本当の意味で、新たなスタートとなる場所だ。
静かに深呼吸をした俺は、人生を紡ぐ大きな一歩を踏み出した。
第三話 恩人と異世界料理
異世界初めての街、フォレット。
街に入る前に聞いた説明によると、王国北部にある中規模の街ということだ。人口に対して小さめな街なので賑わいがあり、良質な飲食店が比較的多いと言っていた。
軽く見た感じ、中世ヨーロッパの街に似ている印象だ。以前ヨーロッパ遠征に行った際、どこかの旧市街で似たような街並みを見たことがある。
そして異世界ならではの光景が、通りを歩く人々の姿。
獣耳が生えた人や腕を鱗に覆われた人、身長の低いドワーフのような人等がいて、街娘風や鎧姿等、その格好も様々だ。空想世界の住人達が歩く光景に、この場所がもう地球ではないのだと実感する。
「さてと……」
そんな様子を眺めながら俺が目指すのは、グラノールさんにおすすめされたレストラン。
街を説明するついでと言って、知人の店を教えてくれたのだ。かつては王都で店を構えていた実力者が開いた店で、料理の味は間違いないらしい。
馬車を降りた場所から、大通りを歩くこと数分。教えられた裏路地を曲がると、壁全体が赤い小洒落た店が目に入る。
看板に書かれた店名は『フォレットの森』。グラノールさんにすすめられた店で間違いない。
赤い壁に映える水色の扉から中に入ると、こちらに気付いた給仕の女性が席まで案内してくれた。席に着いた俺は、さきほど貰った布袋の中身を女性に見せる。
「すみません……この国のお金に詳しくないのですが、これで足りるでしょうか?」
「えーと……」
袋を覗き込んだ女性の目が見開かれる。
「十分ですよ! これだけあれば十皿……二十皿食べても平気な額がありますね!」
念のため確認した結果、やはり結構な額だったらしい。
グラノールさんはたいした額じゃないと言ったが、追加のお礼をしなければいけないな。
俺はそう思いつつ、おすすめのメニューを尋ねる。初めて訪れるレストラン、それも異世界のレストランとなれば、自分で選ぶより店のおすすめを出してもらうのが安心だろう。
「当店のおすすめは『タウルスの塩煮込み』です。フォレットの郷土料理でして、当店が王都にあった時から人気のメニューだったんですよ!」
「では、それを一皿お願いします」
厨房に向かう彼女を見送った俺は、店内の様子を観察する。
外観と同じく洒落た内装で、ヨーロッパ風のカフェといった趣だ。客層も落ち着いた感じで、居心地の良い静かな空気が流れている。
「タウルスの塩煮込み……どんな料理なんだろう?」
タウルスと聞くとケンタウロスやミノタウロス等が思い浮かぶが、牛系の動物か何かだろうか? その肉を塩で煮込んだ料理なのだろうが、味は全くの未知数。まずタウルスの味を知らないし、この世界の調味料事情もわからない。
王都で活躍するグラノールさんのお墨付きなので期待はできるが、これほど情報のない中で食べる料理は初めてだ。果たしてどのような味がするのか……あれこれ想像を膨らませていると、深皿を手にした給仕の女性がやってきた。
「タウルスの塩煮込みです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
女性に礼を言い、置かれた深皿に視線を落とす。
スープ系の料理で、淡い茶色のスープにブロック状の肉が沈んでいる。
タウルスのものと思われる肉は牛肉に似ていて、スプーンで掬うといくつか筋のようなものが見える。
他にもニンジンのような野菜、ブロッコリーのような野菜等、俺の知るものとは少しずつ違う野菜類が入っていて、スープの表面には刻みハーブが散らされていた。そのためなのか、顔を近づけるとバジルのような匂いがする。
「……いただきます」
周りに聞こえない音量で呟き、静かに手を合わせる。まずはベースのスープから飲んでみよう。
「……!!」
口にした瞬間、予想外の味に驚く。
塩ベースのあっさりスープと思っていたが、想像以上に味が深い。タウルスの骨か何かで出汁を取ったのか、塩味に加えて独特な風味を感じる。初めての味だが嫌な感じは全然なく、爽やかなハーブの香りもあって飲みやすい味だ。
何度かスープを味わった後、メインの肉を口に運ぶ。見た目通り牛肉のような食感と味だが、スープにも感じた独特の風味が含まれている。やはりスープにはタウルスの出汁が使われていたのだろう。肉とスープの風味が綺麗に調和していて普通に美味い。
野菜もしっかり煮込まれていて、スープの味がよく染みている。肉に負けない確かな存在感があり、味のバランスに貢献していた。
「うん、美味いな」
たしかにこれは、王都で人気だったのも頷ける一杯だ。
濃厚なわけではないのだが不思議と満足感があり、食べ終える頃には心地よい満腹感があった。
これまでに食べてきたトップレベルの料理には及ばないが、文化の異なる地球の料理と比べるのはフェアではない。いずれにしても完成度の高い料理であることは確実で、俺はその味に満足した。
「ごちそうさまでした」
胸の前で手を合わせた俺は、給仕の女性に会計をお願いする。
お金の価値がわからないため、計算は全て彼女任せ。銀貨二枚を渡して銅貨三枚のお釣りを貰った。ずっとこうするわけにもいかないので、後ほど貨幣の価値を調べる必要がある。
「ふぅ……食った食った」
店をあとにした俺は、息を吐きながら呟く。
初めての異世界料理は独特の魅力があり、興味深い経験になった。
フォレットの森を出た俺は、近くにある雑貨屋を探す。砂糖を売る準備のためだ。
グラノールさんによれば、料理人ギルドと呼ばれる場所で食材を買い取ってもらえるらしい。
砂糖は貴重みたいだし、高値で売れる可能性が高い。そう考えた俺は、砂糖を詰める用の袋を買うことにしたのだ。
「おっ、あそこはどうかな」
大通りに良さげな雑貨屋があったので、とりあえず入店してみる。
店主のおばちゃんに布袋が欲しいと言うと、銅貨二枚で五つの袋を購入できた。本来は四つ分の値段ということだが、この街が初めてと伝えた俺におまけしてくれたのだ。
「あの、ついでに少し訊きたいことがあるんですが」
人の良さそうな店主だったので、思い切って貨幣のことを尋ねてみる。追加で二枚の布袋を買うと伝えたところ、快く教えてくれた。
曰く、アピシウス王国の通貨単位は『パスト』と呼ばれ、最小単位の貨幣は鉄貨。
鉄貨一枚が一パスト、小銅貨一枚が十パスト、銅貨一枚が百パスト、銀貨一枚が千パスト、金貨一枚が一万パスト……という風に、各桁に対応した硬貨があるらしい。
金貨のさらに上の大金貨、そのさらに上の白金貨もあるようだが、あまり使われないとのこと。大金貨以上を使うのは貴族等の上流階級がメインだそうだ。
「銅貨一枚で、安いパンが一、二個買えるくらいだよ」
店主はそう言っていたので、日本の感覚で言うと銅貨一枚が百円程度。銅貨一枚は百パストに相当するため、大まかな計算だが一パスト=一円と考えて問題ない。
グラノールさんから受け取った袋には金貨も数枚入っていたので、少なく見積もって数万円はある計算だ。改めて、とんでもなく親切な人だと思う。
また、お金の話を聞きがてら、この世界の暦についても聞いておいた。
空や太陽の感じから地球と似ているとは思っていたが、一年の長さはほとんど同じ三百六十日らしい。一週間の長さは六日で、一カ月が五週間。全ての月が三十日なので、地球よりも単純な形だ。スキルの使用時もSFっぽいウィンドウが表示されるし、ゲームのようにシステマチックな世界なのだろうと思った。
実際、お金の計算もかなり日本と近いから、ゲームを参考に作られた世界だとしてもおかしくない。
「ありがとうございました」
約束通り布袋二枚を購入し、俺は雑貨屋をあとにした。
頭上の空が少しだけ赤みがかっている。暗くなってしまう前に、今夜の宿を探したほうがいいだろう。
雑貨屋からしばらく歩いたところで、宿街のような場所に出た。至る所にベッドマークの看板があり、二階建ての建物が連なっている。
「お兄さーん! 宿をお探しですか?」
左右を見ながら歩いていると、犬耳の少女に話しかけられた。
ホテルの従業員のようだが、今日は客が少ないのだろうか。
尻尾を振りながら必死に呼び止める様子が微笑ましく、聞いてみたところ角部屋も空いていると言うので、泊まらせてもらうことにした。
宿の料金は、一泊あたり千五百パスト。銀貨一枚と銅貨五枚を支払い、二階の角部屋に通される。
五畳ほどの簡素な部屋だが、ベッドとテーブルは清潔で、泊まるだけなら十分だった。
「【味覚創造】」
テーブル前の椅子に座った俺は、【味覚創造】を発動する。
【味覚創造】→タップで創造開始
【作成済みリスト】3件→タップで表示
【残存魔力】348/391
「魔力が結構増えてるな……」
キュウリの漬物や砂糖を作ったことで、魔力量の最大値が当初から百以上増えている。残っている魔力量も思ったより多い。自然回復のペースからすると数値が大きい気がするし、食事の栄養で回復した可能性があるな。
「なんにせよ好都合だ」
俺がスキルを発動したのは、グラノールさん達へのお礼のため。
数万円分のお金まで貰っているのだから、貴重とはいえ砂糖だけでは忍びない。三百五十ほど魔力があれば、ちょっとした食事を作成することができるはずだ。
「んー、何を作ろうか……」
食事と言っても、何でも渡せるわけではない。お礼として渡す以上は、保存が利いて袋に入る物が前提になる。生物や湿り気を帯びた食べ物は全てNGだ。
「保存が利いて乾燥した物……クッキーなんかはどうだろう?」
お菓子なら手軽に食べられるし、砂糖が貴重な世界では甘味が喜ばれるのではないか。
我ながら名案だと思いながら、【味覚創造】のボタンをタップする。
頭の中にイメージするのは、かつて焼き菓子の名店で買った絶品クッキー。シンプルな味でありながらバターの香りが上品で、そのクオリティに感動したのを覚えている。
味覚名:バタークッキー
要素1【生地】→タップで調整
要素2【バター】→タップで調整
要素3【砂糖】→タップで調整
要素4【塩】→タップで調整
消費魔力:121
→タップで【味覚チェック】
→タップで【味覚の実体化】
切り替わった画面に表示されたのは、【生地】【バター】【砂糖】【塩】の四要素。
小麦粉ではなく【生地】となり、お茶の時のような【甘味】ではなく【砂糖】となってしまうあたりが、スキルの素晴らしい柔軟性を示している。
俺はさらに【牛乳】をイメージして付け足すと、各要素の調整に入った。
いろいろと細かく弄ってみるが、元の繊細なテイストを再現するのは難しい。パティシエの方が試行錯誤して作り上げた味なのだから、そう簡単に再現できないのは当たり前だ。
パティシエの方に敬意を表しつつ、俺は俺なりに最高の味を探っていく。
スキル特性からして多層的な味作りに向いているため、一要素の調整にとらわれすぎないことが大切だ。
【香ばしさ】や【牛乳のコク】等、徐々に要素を重ねていき、【味覚チェック】で適宜その味を確認する。
「お、かなりいい感じなのでは?」
味覚チェックを行うこと数十回、ついに納得の味が出来上がった。
当初のシンプルなイメージとはだいぶ異なるが、バターと牛乳のコクが際立ち、これはこれで最高の味だ。消費魔力は三百三十とギリギリになってしまったが、それに見合うだけのクオリティに仕上がっている。
実体化ボタンを押すと全身からごっそり魔力が抜け、バタークッキーの小山が生まれた。
「ふぅ、さすがにかなり疲れるな」
魔力不足の倦怠感を我慢しながら、クッキーを袋詰めしていく。
ポケットに入れるのもどうかと思ったので、詰め終えた袋を手にしたまま部屋を出た。
受付の犬耳少女に懐のメモを見せ、グラノールさん達が泊まるアピトという宿の場所を尋ねてみる。有名な高級宿だったらしく、少女はすぐに教えてくれた。
それから走ること十分ほどでアピトに着いたが、グラノールさん達は出かけている最中だった。フロント係に布袋を渡した俺は、言伝を頼んでアピトを出る。
自分の宿に戻ってきたのは、すっかり辺りが暗くなった時のことだった。
第四話 料理人ギルド
その翌朝、俺はベッドに伏せた状態で目を覚ました。
アピトからの帰着後、倒れ込むように寝落ちしてしまったらしい。異世界生活初日で単純に疲れていたのと、大部分の魔力を消費したのが原因だろう。
ベッドの縁に腰かけた俺は、まどろみの中で今日の予定を考える。
「まずはお金だよな……」
この世界に来て間もないこともあり、王都を目指す以外の目標は特にない。
当然今日の予定もないが、ひとまずは〝自分のお金〟を用意したいという気持ちがある。
現在手元にあるお金はあくまで貰い物のため、使わずに済むならそのほうがいい。
そうなるとまずは、買取をしている料理人ギルドに行くべきか。すっかり目が覚めた俺は机に移動し、砂糖の生成を始める。
「いやあ、楽だなぁ」
生成と言っても調整する必要はなく、【作成済みリスト】から砂糖を選択するだけだ。
睡眠で魔力が回復したので五回分の砂糖を生成し、まとめて一つの袋に詰める。リュック等はないためポケットに突っ込み、チェックアウトを済ませてから街に出た。
料理人ギルドは、フォレットのメインストリートにあったはずだ。馬車を降りた大通りの先に、コック帽の描かれた巨大看板が覗いていたのを覚えている。さきほど受付で聞いたギルドマークと一致するため、あれが料理人ギルドで間違いない。記憶を頼りにそちらを目指す。
「そういえば……」
マークと言えば、王国貨幣にもナイフとフォークが描かれていたことを思い出す。砂糖の生成後に袋の残金を確認し、その際に初めて気付いたことだ。
料理特化のギルドといい、貨幣の紋章といい、この国が料理に注ぐ情熱は本物である。今歩いている大通りにもたくさんの飲食店が並んでいて、早い時間帯にもかかわらず賑わっている。
それから十分ほど歩いたところで、例の巨大看板に辿り着いた。
コック帽の下に『料理人ギルド』と書かれている。周囲より一回り大きい二階建ての建物が、この国におけるギルドの地位を表しているようだ。
「これが料理人ギルドか……」
唾を呑み込み、恐る恐る扉を開ける。
天井が吹き抜けになっており、外からの見た目以上に広く感じる。
入り口付近は飲食スペースらしく、長テーブルで食事する人々の姿があった。正面奥にはカウンターが設けられており、壁際には二階へ続く階段がある。
俺は砂糖を売るべく、奥のスペースへと向かう。近くに行くと、端のほうに『買取』のカウンターを見つけた。他のカウンターと違って、今は誰も並んでいない。
「こんにちは」
カウンターにいたギルド嬢が、俺を見てにこやかに挨拶する。
「こんにちは。買取をお願いしたいのですが」
「ギルドカードはお持ちですか?」
「いえ、持っていません」
「買取の前にカードの発行をお願いしています。発行手数料として二百パストいただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、問題ありません」
銅貨二枚を支払いながら理由を尋ねると、セキュリティのためだと答えてくれた。買取でトラブルを起こした人間を、カードで把握しているらしい。
さすがは美食の都を抱える国。食に関しての安全対策に抜かりがない。
「料理人として働きたいなら、その時にもギルドカードが使えますよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
どうやら辺境の村など一部の例外を除き、王国内で料理人になるにはギルドへの加入が必須らしい。
買取の時と同じく、料理人の情報を把握しておくためだろうか。
そう思っていると、ギルド嬢は続けて説明する。
「ただ、街によっては追加で審査が必要になることもあります。特に王都では、審査に合格して星を貰った人しか料理人と認められません」
「厳しい世界なんですね……」
苦笑いを浮かべて答えながら、砂糖の袋を取り出す俺。
「ところで、買取のほうなんですが」
「ああ! すみません! すぐにカードを作りますね」
渡されたカードに名前を記入した後、魔力登録のための装置に手を置かされる。
元地球人なのでエラーが出ないか不安だったが、何事もなく登録は終わり、ギルドカードが発行された。
「お待たせいたしました。それで、本日お持ちいただいた食材は?」
「この袋の中に入っている砂糖です」
ポケットにしまい直していた袋をカウンターに載せながら言う。
「はい、砂糖ですね――砂糖!?」
大きな声を出し、はっと口を塞ぐギルド嬢。
「本当に砂糖ですか?」と詰め寄られたので、気圧されるように首肯する。
「まさか本当に砂糖だなんて……でも、ここで味見するわけにはいかないし――」
ぶつぶつと呟く彼女を見ながら、予想以上の反応に困ってしまった。
驚かれるかもしれないとは思っていたが、まさかここまで驚くとは。お金のためとはいえ砂糖を出したのはまずかったか?
「しょ、少々お待ちください……!」
慌てた様子のギルド嬢は、袋を持ってカウンターを出ていく。二階へ上がる姿を見て不安になったが、数分もせずに戻ってきた。
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